テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
第7話:街の視線
訓練から二日後の夕方。
拓真は蓮と並び、駅前の大型ショッピングモールを歩いていた。
冬のイルミネーションが通路の両脇を彩り、香波の光と混ざり合ってゆらめいている。
甘い菓子香、冷たいミント香、そして人混み特有の雑多な波——香波社会の夕方は、視覚も嗅覚も絶えず揺さぶられる。
拓真は濃緑のダウンジャケットにスキニーパンツ。肩周りが以前よりしっかりし、歩く姿勢も自然に胸を張っていた。
蓮はロングコートにマフラーを巻き、長身の体をゆったりと動かしている。後ろで束ねた黒髪が、歩くたびに揺れた。首元の抑制バンドは目立たぬようコートの襟に隠してある。
「……見られてるな」
蓮が小声で言う。確かに、すれ違う数人が拓真をちらりと見て、ひそひそと何か話していた。
「あの赤香波の子だろ?」
「駅前で暴走止めたってやつ」
耳に届く断片的な会話。訓練だけでなく、先日の路地での出来事がSNSに動画として広まっていたらしい。
モール内のイベントスペースでは、香波者によるデモンストレーションが行われていた。
舞台上では、治癒系の女性が花香を広げ、観客の前で切り傷を瞬時に癒してみせる。拍手が起こり、子どもたちが憧れの目で見上げていた。
香波が社会でどう使われ、どう評価されるか——拓真は改めて感じる。
「お前もやってみるか?」
蓮が冗談めかして言ったが、拓真は真剣にうなずいた。
ステージの端に立ち、深呼吸。緑が黄に、橙へ、そして赤に染まる——
今度は暴走せず、胸の鼓動を一定に保ちながら波を放つ。赤香波は穏やかな拍動で空中に広がり、観客から小さな歓声が上がった。
終わって蓮の元へ戻ると、彼は珍しく笑みを浮かべた。
「人前で赤を安定させるのは簡単じゃない。成長してる証拠だ」
その言葉に、拓真の胸は誇らしさで満たされた。
モールを出ると、夜風が冷たく頬を打つ。
街の明かりと香波の光が重なり、色とりどりの波が空に漂っていた。
——今なら、この色の中で胸を張って歩ける。