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聞こえてくる二人の会話に、小さく胸が痛む。
そう、ここ最近の柚にとって航平の存在は大きかったわけだけど。
そんな航平に、常に女性の影があることは何となく、本当に何となくだけど気が付いていて。
(お客さんにも、しょっちゅう声掛けられちゃってさ、モテるんだもんなぁ)
これが、恋だと言い切れない理由だろうか。
そうして、だんまりと俯いてしまっていた柚の耳元に。
「ねえ、天野さん」
突然の、吐息混じりな掠れた声。
「うひゃ……」
変な声とともに思わず身体が強張ってしまう。
これが世間の皆々が騒ぐ甘い声、その囁きバージョンか。
いきなりは心臓に悪いのでやめてほしい。そういうのに免疫がない人間もいるわけで。
「店の裏に車を停めてある」
「はい?」
何の話ですか? そう返すよりも早く優陽は言葉を続ける。
「航平のことで君に伝えたいことがあるから店を出たら来てくれる?」
(――え)
続いた言葉に勢いよく顔を上げるも、優陽は既に柚から離れてしまっている。
テーブル席でエプロンを脱ぎ、いつのまにか座っていた航平の元へ歩き出していたのだ。
「航平、天野さんが仕事片付くまでいるんでしょ? コーヒーでも入れてくれる?」
「ったく。そのつもりできたんだろが、待ってろ」
やれやれと、立ち上がった航平が再びカウンターへ戻る。
柚が立っているのとは逆の、店内奥にある事務所側からだ。
手慣れた様子でサイフォンを扱う、その指に見とれながら。
なんてもったいないかな。ろくに観察もできず意識は別の方向へ飛んで行く。
(……有名人が何の用?)
航平のことだというならば、今ここで話せばいい。
そう思うけれど。
冷蔵庫横に立て掛けてあるモップを手に、柚の頭の中は見事ハテナだらけだ。