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七月九日。
今日は先日行われた期末試験の成績発表の日だ。夏休み直前の。
「も、もし赤点だったら私、どうしよう……」
顔色を青くして怯える葵である。
葵だけではない。普段からあまり成績の良くないクラスメイト達も同じようなものだ。さすがに顔を青くしているのは葵だけだけど。でも、そわそわしているのは確かだ。
教室内の空気もいつもとは違い、少しだけピリピリとした空気が流れ、室内全体の酸素を奪っているように感じる。
(でも、皆んな怖がりすぎでしょ……)
まあ、気持ちは分からないでもない。これから各科目を担当している先生方が順番に、期末テストの結果を渡しに来るのだ。
もし赤点だった場合には補修の勉強のために夏休みの間も学校に行かなくてはならなくなる。一教科くらいならまだ良い。一時間程で終わるのだから。
(それだけで済めばいいけどね)
しかし、もしも。もしもの話。例えば全ての科目において赤点だった場合はどうなるかは想像に難くないだろう。そう。ほとんど毎日学校に通い続け、一日中勉強漬けの日々を強制される。
つまり、せっかくの夏休みが台無しになるということだ。プラス夏休みの宿題もあるし。
――で。『夏休みを奪われる』ことを恐れすぎるとこんなふうになる。
「ああ……こ、怖い……。私にはもう自由がなくなっちゃうんだ。一生、鳥籠の中のスズメみたいに外に出ることを許されない可哀想な女子になっちゃうんだ……」
顔色は真っ青なまま、ついに葵がガタガタと震え出してしまった。
しかし問い詰めたい。
何故、スズメに限定したし。
確かに『鳥籠の中の鳥』という言葉はある。だから鳥全般ってことでいいと思うんだ。
(声をかけて少しでも緊張をほぐしておいてあげようっと)
というわけで、僕は一度席を離れて遠目から様子を見ていた葵に歩み寄る。
また皆んなからの視線を集めそうで教室内ではあまり葵に近付かない方がいいのかな? と、最初は思っていた。
だけど、よくよく考えたら『そんなの別にいいや』という結論に達した。そんなことを意識していたら、葵と過ごす機会が減るだけだ。
時間は無限にあるわけじゃない。有限だ。無駄にはしたくない。それに、『今』のこの時間は二度と戻ってはこない。だからこそ、この瞬間瞬間を大切にして生きて行くと決めたんだ。
陽向葵の恋人として。
「なあ葵? そこまで緊張しなくてもい……え!? ちょ、ちょっと葵!? 落ち着いて!!」
葵の顔が真っ青だった理由、判明。過度の緊張から呼吸を止めていたからだった。
「まず落ち着こうか。はい、大きく息を吸ってー。はい、そしたら吐いてー。また大きく吸ってー」
「ひっひっふー。ひっひっふー」
僕が言うタイミングに全く合わせてくれていないけど、葵は深呼吸、なのかこれ? 呼吸の仕方がラマーズ法なんですけど。一体、ここで何を産もうとしてるのさ。
「あ、危なかった……。憂くんがいなかったら私、今頃窒息死してたかも」
「いや、テストの結果が怖くて命果てるとか、前代未聞だと思うんだけど……。それに、きっと大丈夫だよ。あれだけ頑張ったんだからさ」
僕と葵が重なり合って『ひとつ』になったあの夜以降、葵は本当の本当に勉強に集中した。一握りで小さいかもしれないけど、きっと、少しは心に余裕ができたんだろう。だから怒涛の追い込みをする気になったんだと思う。
で、僕が見た限りだと、葵が赤点を取ることはまずないと思う。テスト範囲をしっかり把握した上で、僕がテストに出るであろう問題をまとめた簡易な問題集も間違うことなくしっかりと回答できていたし。
「よし皆んな席に着けー。この前のテストの結果を配るからな」
まずは僕達のクラスの担任であり、国語の担当でもある勅使河原《てしがわら》先生が、教室の前扉から入ってきた。
自分の席に戻ろうとした時、葵は僕の手をギュッと握り締めた。そして僕も葵の手を強めに握り返す。
言葉にしなくても、気持ちは伝わる。
心を『ひとつ』にすれば。
* * *
「やった!! やったよ憂くーん!!」
「ちょ!! あ、葵!! 今はダメ!! 嬉しいのは分かるけどハグはやめて!! 皆んな見てるから!!」
葵、なんと全科目で赤点回避。その喜びを爆発させるようにして僕に抱き付いてきた。だけど、クラスの男子達からの嫉妬の視線が痛い……。
「よく頑張ったね」
「うん! 頑張った! 全部憂くんのおかげだよ!」
「ちなみにさ。どんな感じだったの? 点数の方は。赤点じゃなかったってことしかまだ聞いてないからさ」
「いいよー! はい、これ!」
葵から手渡されたテスト用紙を見て、絶句。いや、それどころか心臓が止まるかと思った。
「よ、41点。32点。38点。43点。さ、31点!!?」
「いやー、よく頑張った! 私! 自分で自分にご褒美を買ってあげよっと」
「いや……葵さ。チキンレースじゃないんだから……。全部ギリギリじゃん。一緒に勉強してた時はもっとできてたじゃん? なんでこんな点数になっちゃったわけ?」
「うん。テスト当日になったらほとんど忘れちゃった。えへへーっ」
「えへへー、じゃないでしょ……」
しかし、ギリギリとはいえ、なんとか無事(?)に赤点を回避した葵であった。
――そして、ついにやって来た。
待ちに待った、僕達の夏休みが。
『第32話 赤点と葵と』
終わり
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