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「――まぁぁた狂座なの?」
昼下がりの小さなオフィス内にて、中年女性のうんざり気味の呆れ声が吐き出された。
「都市伝説――狂座。題材としては悪くないんだけさ水無月? 単なる噂が拡大した作り話を、こうまで長々と掘り下げられてもねぇ……」
此処ティーン向け情報誌『エターナル』編集部のオフィス内では、編集長の坂口 恭子が毎回この題材を取り上げようとする編集者へ、嫌味で責め立てていた。
「御言葉ですが編集長。噂にしては彼等の間で広がり過ぎてます」
当然、編集者の水無月 亜美は反発するように、この必然性を主調。
「殺人を軽く扱うこの噂……。そして増加する凶悪犯罪。それに相反するかのような犯罪者達の突然死。これを単なる都市伝説で片付けて良いんでしょうか? 必然性があるから私は追うだけです」
「そんな事言ってもねぇ……結局は何も分からない、が関の山じゃないの? こんなのを追うより、もっと有意義な題材を見つけなさい。美味しいジェラートの情報とか……」
「いえ、私は何としてもこの件の真相を究明してみせます。狂座が本当に存在するにせよ無いにせよ、罪を犯した者が法以外で裁かれる事は、絶対にあってはいけないんです!」
「アンタねぇ……。もしそれが本当に在るなら、いい加減突っ込み過ぎると消されるわよ?」
“またやってるよあの二人……”
意見の食い違う二人の対立に、外部からも溜め息が漏れる。
編集長と編集者。このような事は此所では日常茶飯事。
根本的に合わないのだ。編集長の坂口 恭子(48)と一介の編集者である水無月 亜美(24)とでは、年齢が倍もかけ離れている上、各々の思惑がかけ違うのも無理はない。
“それにしても水無月さんは、何でこうまで狂座に固執するのか?”
それを差し引いても彼女の執拗な狂座への固執は、皆にとっても怪訝の的だった。
二年程前だろうか。彼女は都市伝説として急速に拡がった、殺人を代行してくれるという噂のウェブサイト『狂座』について調べ始めた。
勿論、当初は何処の関係者もこぞって狂座を取り上げていたが、ウェブ上には一切存在しないし、今尚発覚した形跡もない。
相次ぐ犯罪者達の不審死に、それを良しとする狂信者達がその偶然の現象を、天の裁き――所謂『天誅』と祭りたてたのが事の発端と、関係者達の狂座への見解がそうだ。
以来、本当の意味で都市伝説の域は出ない。存在しないのだから。
――が、以前狂座を追っていたジャーナリスト達が、謎の失踪を告げている事も加えなければならないだろう。
因果関係は定かではないが、偶然の一致が余りに多過ぎた。現実では考えられない、何か得体の知れない力が動いてる――と。
現在では狂座を調べる事は、この業界では禁忌にも近く、これを取り上げる出版社は激減しているのが現状だ。
全ては偶然なのだろうが皆、口には出さないが狂座を畏怖している節があるのもまた事実。
怖いのだ。分からないこそ怖いそれは、呪いと云った類いに近いもの。
誰もが信じてはいない。信じてはいないが――
「この件を深入りするのは、もう止めなさい」
坂口は彼女に止めるよう促す。反りが合わぬ両者だが、きつめに当たるように見えるのは彼女の身を案じての事。
「失礼します」
亜美はその真意を理解していながらも踵を返す。ポニーテールに結んだ長く、艶やかな黒髪がふわりと靡く。
「待ちなさい水無月! はぁ……」
言っても訊かない事は、これまでの付き合いで分かってはいても、遠ざかっていく後ろ姿に溜め息しか出なかった。
“どうしてあの子はそこまで……”
坂口は黒縁眼鏡を整えながら、彼女の行動理念に頭を悩ませる。
“狂座”
その突き動かすもの――
「…………」
皆が唖然としている中、亜美は室内からその場を後にしていた。
ビルの二階に在る編集部から外に出てきた亜美は、ある待ち合わせの場所へと急ぐ。
今日は大事な日になるかもしれない。
究明以来、進展の無い不毛な日々が続いていたが此度、貴重な情報を得る事に成功していた。
実際に狂座へ依頼した事があるという人物より、雑誌の読者経由でアポを取る事が出来たのだ。
今日はその約束の日。
勿論ガセ情報かも知れないし、十代に有りがちな只の目立ちたがりなだけの可能性もある。
情報提供者は――十九歳の女性。
だが進展の無いこれまでに比べれば、狂座に依頼した――これだけでも大きな収穫となるかもしれない。
とにかく狂座に関しては、余りにも不明瞭過ぎるのだ。
存在しないものをどうやって依頼するのか?
その方法とは?
関連サイトによると、悪人は必ず狂座によって裁かれるらしい。これは神の啓示だと。
馬鹿馬鹿しい――。亜美は憤りを感じながら、その身勝手振りに辟易と歩を速めた。
もし本当なら、それは神でも何でもない。
どんな犯罪より卑劣な、悪魔の如き所業だと。
どんな理由であれ、法によって裁かれるべき者達を、法とは無関係な裁定で葬って良い筈がない。
彼女は万感の想いを胸に急ぐ――目的の場所へと。