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#ヒューマンドラマ
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#大衆食堂
こうして、決戦の日とも言える、珠子の結納の日がやって来た。
金原の屋敷総出で、作ったおひねりを何個かのザルに入れて、八代と龍が、虎が控えている人力車へ持っていく。
虎は、座席の腰掛け部分を外して待っていた。
人力車は、腰掛け下の部分が、荷物入れになる。さて、五千円分の十銭銅貨を包んだおひねりを、その空間へ入れるとしたら、それなりの重さが加わるが……。
「虎、大丈夫か?」
「大丈夫っす!奥様の一大事!見せ場っすよっ!」
龍の心配に、虎は胸を張る。
「だがな、かなり重量が増えるぞ。社長に櫻子さん、お玉まで乗せるんだ。やはり、分けた方が良いだろう」
「……ですよねぇ、八代の兄貴。重くて、走りが鈍ったら、結納が終わっちまってた。何てことになってもなぁ……」
そんなことは!と、抗う虎を横目に、八代と龍は、後追いする自分達の人力車へ、おひねりを詰め込むかと相談している。
「まったく!虎!皆の言うこと聞きな!」
お浜の渇が飛んで来た。
「櫻子ちゃんの見せ場だなんだと言うなら、慎重におなりよっ!」
おひねりどころか、色々と仕込んでいるのだ。確実に、櫻子達を送り届けろと、お浜は、虎を怒鳴り付けた。
「そ、そうすっね、遅れてしまったらっ!」
お浜の言い分に、顔をひきつらせる虎を見て、
「お浜さん、そんなに虎さんを……責めないでください……」
現れた櫻子が、少し、おどおどしながら言う。
が……。
一同からは、櫻子の姿に、どよめきが起こった。
「櫻子ちゃん!!すげぇ、いいよ!うん!立派な、若奥様だっ!!!」
弾けきる龍の側では、八代まで、目を見開き、頷いていた。
「さ、さぁ、い、行くぞ」
金原が、櫻子へ目を合わせようともせず、そわそわしながら出発を急かした。
「なんだかねぇ、キヨシったら。櫻子ちゃんに、すっかり見惚れちまって、この調子なんだよ!」
あははは、と、笑うお浜に、櫻子は、恥ずかしそうに俯いた。
元は、ドレス生地で仕立てた淡い桜色の着物の前身頃には、ビーズとスパンコール、金モールを使った花の刺繍が施され、日に照らされてキラキラ輝いていた。
ぱっと見は、無地の着物に見えるが、手の込んだ仕事は、櫻子を十二分に飾り立て、そして、大人びて見せている。
龍のいった通り、ういういしく、そして、上品な若奥様に、櫻子の姿は変わっていた。
「これは、また……!ははは、誰の結納か、分からなくなりましたね」
八代のからかいに、金原と櫻子は、更におどおどした。
その頃、往来を人力車の列が走り抜けていた。皆が、何事かと注目する様に、
「珠子の晴れの日ですものね、これぐらい派手にしないと」
人力車に揺られながら、勝代が喜び勇んでいる。
柳原家の面々、そして、大番頭など重鎮の使用人達が、ここぞとばかりに正装し、人力車に乗り込んでいた。
これで、子爵家と繋がれるのだと、皆、心の中で、ほくそ笑みながら結納会場へと向かっている──。