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昼休みのチャイムが鳴っても、生徒たちは席を立とうとしなかった。
教室の空気は、異様なまでに静かで、重かった。
窓際、日下部の机の上に、弁当の包みが置かれている。だが誰の手によるものか分からない。包みの上に、赤い油性ペンで殴り書きされた文字がある。
「この中身は、お前がいつも食ってた“幸せ”だってよ。食えるもんなら食ってみろ」
誰も笑わない。ただ数人が、目だけで遥を見る。遥は、わずかに肩を揺らした。
日下部は黙って立ち上がり、その包みをそっと手に取る。震えないようにしているのが、遠目にも分かる。
「食えよ」
誰かが言った。
「お前のために、わざわざ作ってやったんだからよ。感謝して食え」
遥は止めようとはしなかった。ただ、日下部の背中を見ていた。彼の手が、包みを解く。
中から出てきたのは、白飯と見せかけた無数の卵の殻、潰されたミミズ、火で炙られた黒ずんだ紙片、それに、茶色の液体がかけられていた。
「…………」
「ほら、“美味しいね”って言ってみろよ」
「“ありがとう、愛を感じます”でもいいぜ?」
笑ってる者はもういない。そこにあるのは、支配の確認だけだった。
そして、次は遥の番だった。
「で、遥」
リーダー格のひとりが、まるで担任教師のように言う。
「お前があいつ(=日下部)をどう教育していくつもりなのか、全員の前で説明しろ」
「ちゃんと“あいつの責任は自分の責任です”って言えるよな?」
遥の口がわずかに開き、声が出る前に、それを遮るように続けられる。
「言えなかったら、“あいつがこうなったのはお前が甘やかしたせい”ってことで、次はお前が“連帯責任”になるから」
「連帯責任、嫌いじゃないだろ? なあ?」
誰かが机を叩く。笑い声ではなく、支配の合図だ。
遥はただ、日下部を見た。
日下部は、無表情だった。まるでその体に、自分自身がいないかのような、空洞のまなざし。
遥の喉が震え、何かを飲み込む音がした。
「……俺が……ちゃんと、責任持ちます」
「お前がやるってことか?」
「……はい。俺が……やります。全部」
黒板の前の空間に、遥のその言葉だけが響いた。
その瞬間、「じゃあ、今からやってもらおうか」という声が重なった。
「“自分が、こいつを壊す役目だ”って、皆に示さなきゃ」
遥の視線が揺れた。
だが、拒否する言葉は出ない。