「がっ……はっあぁぁ……」
全身を襲う物凄い衝撃。身体中の酸素が絞り出されるような感覚に、一瞬意識が遠くなる。
『ジャストミィィィートッ!! 佐野の四次元殺法! 超高々度からの空中殺法が、ジャストミィィィィィーートッ!! そしてそのままフォールの体勢に入るっ!!』
息を飲む観客達とは対象的にテンションの上がった解説の声がこだまする中、わたしの上へ覆い被さるように落下した優人は、そのまま右足を取りエビに固めてフォールの体勢に入った。
「ワンッ!」
静まり返った場内に、智子さんのよく通る声が響く。
「ツーッ!」
ダメだ……身体が動かない……返せない……
「スリィーーッ!! ウィナー! 優月、佐野ーっ!!」
優人の勝利を宣言する智子さん。試合終了のゴングが鳴り響き、場内が大歓声に包まれた。
※※ ※※ ※※
『入ったっ! 入ったーっ! スリーカウントが入りましたーーっ! 勝ったのは佐野っ! 佐野優月っ! 栗原かぐやを破りましたぁーっ! そして絶対王者、栗原の連勝記録がっ! 栗原の不敗神話が終わりを告げましたぁぁぁーっ!!』
か、勝った……
オレはゴロリと転がりながら、覆い被さっていたかぐやの上から降り、その隣に並んで仰向けに横たわった。
「ハハハッ! おにっ、じゃなくて、優月さんっスゴイッ! スゴイですっ!」
「ぐはっ!」
舞華が嬉しそうな声を上げながら駆け寄り、ダイビングボディプレスのような勢いで首に抱き着いて来た――
いや、駆け寄ってきたのは舞華だけではなく、かぐやの方も含めて、セコンド全員が集まって来ている。
「ちょいと舞華さんっ! そんな事より、キズの手当てが先ですわよっ! アナタも手伝いなさいなっ!」
「あっ! そうでした!」
愛理沙のテキパキとした指示で、オレのケガの手当を始める新人たち。かぐやの方も、絢子を筆頭にプロレス同好会の面々が首の応急処置を始めていた。
絢子の呼びかけに、微かながら反応を示すかぐや。どうやら意識はあるようだ、って!?
「あいったぁぁーっ!」
突然キズ口へ走る激痛に視線を戻すと、ちょうど愛理沙がオレのキズ口の消毒していた。
「あ、愛理沙さんや……もう少し優しく出来ませんかね……?」
「こんなムチャをしたバツですわ――それと大の男が、このくらいの事で大騒ぎしないで下さいまし」
ちょっ! 愛理沙、お前っ!? この状態で『男』言うのはマズイだろ!
隣の様子を確認するように、絢子達に方へそっと視線を向けてみる。
「アイシングスプレーが足りないっ! もっと持って来てっ! それと濡れタオルも、もう一枚っ!」
「はいっ!」
ファン達の大歓声もあり、手当に集中している絢子達には愛理沙の問題発言は届かなかったようだ。
ホッと胸を撫で下ろすオレ。
また何か言って、問題発言を誘発させてもマズイ。手当てが終わるまで、ジッとガマンしていよう。
※※ ※※ ※※
「ハハッ、スゲぇ~! あのニィちゃん、かぐやから文句ナシの完全ピンフォールだぜっ!」
まるで自分の事のように喜ぶ絵梨奈へ、詩織は肩をすくめて、ため息を吐いた。
「何を喜んでいるのですか? 栗原が負けたという事は、賭けはわたし達の負けという事ですよ」
「賭け? ……………………あっ」
賭けの事などすっかり忘れ試合観戦を楽しんでいた絵梨奈に、詩織は再びため息を吐いた。
「てぇことはよ……あのニィちゃん、このままレスラーを辞めちまうのかよ……?」
「このままだと、そうなりますね――で、このままでよいのですか?」
試合終了直後から、ずっと難しい表情を浮かべている佳華へと話を振る詩織。
佳華は一度目を伏せ、少し考えるように間を空けてから二人へと話を切り出した。
「二人はどう思う? 男のアイツがウチのリングに立ち続ける事を……?」
「男とか女とか、そんなん関係ねぇよ。リングてぇのは、強い人間が立つ場所だ。そして、あのニィちゃは強い! 何よりアタイが、あのニィちゃんと戦いてぇ!」
「同感です……以前に佳華さんも言っていましたが、あの男の娘をリングに上げないなどというのは、日本プロレス界の損失です。貧乏団体のフロントに座らせて置くなんて事は、とても看過出来ません」
「そっか…………そうだよな」
最後の最後で若干の迷いもあったが、佳華の腹は決まった。
佐野をリングに上げたいと思うのは、自分とかぐやだけではない。絵梨奈も詩織も賛同してくれた。それにきっと新人達も同じ思いだろう。
ならば、やるべき事は一つだ。
「絵梨奈っ! あたしの控え室に行って、机の上にあるダンボールの中身を取って来てくれ」
「はあぁ? なんでアタイがっ?」
「お前、さっきの試合であたしに負けたろ? 敗者は黙って勝者に従うもんだ。ほれっ、ダッシュ!」
「くっ……次はゼッテェー、ブッ潰してやっかんなっ!」
不満を口にしながらも、絵梨奈はダッシュで控室へと向かった。
「詩織はリングに行って、バイトのセコンド達とかぐやの手当を代わってやってくれ」
「え、ええ……それはかまいませんけど……」
佳華の指示の意図が理解出来ずに、詩織は微かに首を傾げた。そんな詩織に、佳華は優しい眼差しでリングを見上げながら穏やかな口調で話を続けた。
「あの二人も、試合が終わって色々と話たい事だって有るだろう……でもそんな話、バイトの子達の前じゃ出来ないだろうからさ」
「なるほど。納得しました――それで、佳華さんはどうするのですか?」
「あたしかぁ?」
さっきまでの優しい眼差しから一転、佳華は口角を吊り上げた。
「放送席でマイクを借りるついでに、エセ評論家さまに礼を言ってくるよ。あのセンセが間の抜けた解説をしてくれたおかげで、予想以上に試合が盛り上がってくれたからな」
「そうですか……では、わたしの分までお礼を言って置いて下さい」
立てた親指を下に向けながらそう告げて、リングへと向かう詩織へ佳華はニッコリと笑顔で応え、放送席へと歩き出した。
※※ ※※ ※※
「かぐや……どうだ? 少しは痛みが引いたか?」
ひと通りの応急処置を終えたオレは、上体を起してかぐやに声を掛けた。
「痛みは引いてきたけど……まだ少し手に痺があるかなぁ」
かぐやの方は、ケガの場所が場所だ。本来なら早く病院に連れて行きたいところだけど……
かぐやの傍らにはタンカも用意してあるのだが、それに乗る事を本人が拒否。こういう特別な興行では、最後に全員でファンに挨拶をするのが通例なのだが、かぐやのヤツはそれに出ると言ってきかないのだ。
とりあえず、今はバイトセコンドの絢子達から引き継いだ木村さんが中心となり、ウチのセコンド総掛かりで、かぐやに応急処置を施している。
ちなみに観客席のファン達は、まだ興奮冷めやらぬといった感じで声援を送り続けてくれている。
そんなファン達を前にして、いつまでもヘバっているワケには行かないよな……
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!