その頃一樹はヤスと共に会長室にいた。
会長の雅則と共に三人で深刻な顔をしている。
「という事は『グリシーヌ』にスパイがいるのか?」
「かもしれません。組の内部情報や経営状況、出店予定地の情報まで、とにかく全て漏れているみたいです」
「上層部しか知らない情報をなぜホステスが知ってるんでしょう? それも全て梅島会に筒抜けなんて…一体誰が?」
「うちの幹部とはさっき話をしたが特に問題はなかった。となると本家の方だろうな」
「そんなまさか……」
そこで一樹が言った。
「本家の方で最近ちょっと不穏な動きが……」
「不穏な動きってなんだ?」
「いや、これは本家の人間に聞いたんですが、則之さんが違法賭博場を始めたらしいと」
「違法賭博? 違法賭博なんて組長が許可するはずがないだろう? 何かの間違いじゃないか?」
「俺もそう思ったんですが信頼出来る人間から聞いたので間違いないかと……」
そこで椅子に座っていた雅則が腕を組んで言った。
「その事を組長は知っているのか?」
「則之さんが以前から賭博場をやりたがっていたのは知っているようです。しかし具体的に動いているのは知らないみたいですね」
「そうか……」
「それにもう一つ悪い噂が……」
「なんだ?」
「則之さんが梅島会の人間と会っていたという情報が……」
「何だって?」
雅則は大きな声を上げた。
「これはまだ噂だけなので真偽のほどはわかりません」
「その事を組長は知っているのか?」
「知らないみたいですね。言ったのがバレたら則之さんの逆鱗に触れるので言えないんでしょう」
「まずいな……もしそれが本当だったらかなりヤバいぞ。俺、ちょっと午後から本家に行って来るわ」
「「わかりました」」
「おそらく梅島会は東京での活動拠点を欲しがってるんだろう。特に実入りのいいうちの界隈を狙ってる。うちの組は表向きはおとなしい組だから舐められてるんだろうな。で、則之さんが取り込まれた」
「あり得ますね」
「それにしても梅島会は相当羽振りがいいんだな。関東に出て来て派手に動いてうちに仕掛けてくるんだからな。あそこは何であんなに金を持ってるんだ?」
「梅島は港を持ってますからねぇ、収入源の大部分はおそらく違法薬物でしょう。それとアジアの国と手を組んでかなり手広く商売もしているみたいだし……。それ以外にもオレオレ詐欺やトクリュウ系は組織化して日本全国で大暴れしていますし、違法賭博や闇金、売春でも荒稼ぎし放題。資金力じゃかないませんよ」
「ヤバい事で儲けた金だから相当収益があるんだな。で、則之さんはその羽振りの良さに目がくらんだって訳か」
「則之さんは大事に育てられましたからねぇ。姐さんが甘やかしたせいですっかりボンボン育ちで、この世界の事を全くわかってないんですよ。まあ俺が言うのもなんですが……」
ヤスが呆れたように言った。
「確かに裏社会の本当の怖さを知らないでしょうね。だから梅島は則之さんをターゲットにし、それにホイホイ引っかかった」
「ですね。とりあえず『グリシーヌ』内のスパイを見つけないと。内部に誰か送り込みましょうか?」
一樹の問いに雅則はこう答えた。
「レミにやらせるよ」
「「えっ?」」
雅則の言葉に一樹とヤスが驚く。
「危険ですからやめた方が」
「そうですよ。レミさんは会長の大切な人なんですから」
「いや、レミならまだ入ったばかりだから怪しまれない。今日レミに話してみるよ」
「本当に大丈夫ですか? 危険な目に合うかもしれませんよ?」
一樹が念を押して言った。
「アレは表向きは弱々しそうに見えるが、中身はしっかり芯が通ってる。だから大丈夫だ」
「わかりました。では我々も出来る限りのサポートをさせてもらいますがくれぐれも気を付けて」
「ああ、頼んだよ」
そこで三人は話を終えた。
その頃、麻布のタワマンでは楓の兄・良がイライラしながら電話をしていた。
「もうちょっと待って下さい。必ず払いますからっ、もう少しだけ……」
「ハァッ? ふざけんじゃねーぞ、一体いつまで待たせる気だ? お前が金を払わねーならこっちは会社に乗り込んだっていいんだぞ?」
「そ、それだけは勘弁して下さい」
「じゃあーよぉ、これからお前の自宅へでも乗り込むか? お前は金がねーくせに随分高級なマンションに住んでるんだろう? そうだ、これから子分を連れて遊びに行くから一杯ご馳走してくれよー」
「お願いですからそれだけは勘弁して下さいっ」
「だったらさっさとその義理の父親とやらに金を借りろよっ! 婚約者のオヤジさんは相当金持なんだろう? だったらとっとと借りて早く返せよ、このクソ野郎がっ」
「借金があるのがバレたら婚約破棄ですよっ! そうなると金が返せなくなります。だからもう少し…もう少しだけ待って下さい、お願いしますっ」
「チッ、じゃあなぁ、この前俺が言った取引をしないか? お前の会社の取引先の情報を教えろや。経営状況とか上場予定の会社の情報をな。そうしたら待ってやってもいいぞ?」
「ほ、本当ですか?」
「ああ。ただし確実な情報だぞ。嘘ついたらただじゃおかないからな」
そこで良は考える。
(もし内部の情報が漏れても、まさか俺が漏らしたとは思わないだろう。相手は裏社会の人間だ。俺が裏社会の人間と繋がりがあるなんて、誰も思わないだろうからな)
「俺が漏らした事を誰にも言わないでくれますか?」
「おーもちろんだー、お前さんとは今後も懇意にしてもらわねーとなー」
「わ、わかりました。じゃあ来週まで待って下さい。必ず確実な情報をお伝えしますから」
「おう、わかった。まあせいぜいしっかり情報集めてくれよ」
そこで電話はブツッと切れる。それと同時にインターフォンの音が鳴った。
良は慌てて玄関へ向かった。
「ただいまー、遅くなってごめんなさい。涼子とお茶してたら遅くなっちゃった」
「全然大丈夫だよ。それより疲れているなら僕が夕食を作ろうか?」
「ううん、大丈夫。デパ地下で美味しいフレンチのお惣菜を買ってきたから。今すぐ用意するわね」
(また高級フレンチか……)
良は心の中でうんざりしたように呟く。
一緒に生活をしてみてわかった事だが、婚約者の桜子はお嬢様育ちなので料理が苦手だった。
だから夕食はデパ地下で買ってくる事が多い。
桜子は洒落た洋風の総菜ばかりを好むので、正直良は飽き飽きしていたし胃にもたれる事も多い。
最近特に感じるのは、桜子との価値観の違いだ。
常に流行を追い求めハイセンスな物ばかりを好む桜子と、施設育ちの良とでは噛み合う物が何もない。
それでも今までなんとかうまくやってこれたのは、良がずっと我慢をしているからだった。
(桜子は一人っ子だからいずれ親の莫大な遺産が手に入る。それまでの辛抱だ……)
良は自分にそう言い聞かせると、桜子が持っていたデパートの紙袋を受け取りキッチンへ向かった。
コメント
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悪良は嘘の上に さらに悪事まで重ねてしまい、もう破滅に向かって一直線.... 頼むから 楓ちゃんを巻き込まず、一人で破滅してください💣💣💣 そして、皆様が仰るようにスパイは恐らくあの女ですね....😰 レミさんも、どうか気をつけて!!!
「グリシーヌ」のスパイは美香だよね。 栄子も怪しいかも。 楓ちゃんが栄子に呼び出されないと良いんだけれど。 兄の良は、お金を払わなきゃだから楓ちゃんを探すのかもしれない。
破滅に向かって。おぉ、Xの東京ドーム3Daysやん。(ちゃうちゃう。)まぁ、良が紅に染まっても、慰める奴はもういない。てな。はい。今日も、どうもすみません。