次の週、仕事を終えた立花栄子は社内で帰り支度をしていた。
(ふぅっ…今週は残業続きで疲れたなぁ。今日はデパ地下で美味しい物でも買って帰ろうかな?)
その時突然デスクの上のスマホが鳴った。
栄子はスマホに表示された名前を見て驚く。
(良?)
先日楓と再会した後、栄子は良にメッセージを入れていた。二人が別れてから初めて入れた連絡だった。
「もしもし、良?」
「栄子? 久しぶり。元気そうだな」
「うん、良も元気そうだね」
「で、話ってなんだ?」
「今日ちょっと話せる? お茶でもしながら」
「一時間くらいなら」
「ありがとう。じゃあ昔よく待ち合わせをしたカフェでいい? そこに30分後でどう?」
「了解」
30分後、二人は昔よく利用した思い出のカフェで向かい合って座っていた。
良はすっかり垢抜けた栄子を見て驚いているようだ。
「お前、なんか綺麗になった?」
「何よそれ! まるで昔は不細工だったみたいな言い方でムカつくんですけどー」
「せっかく俺が素直に褒めてやったのに、そうやって茶化す女は絶対モテない!」
「男なんて邪魔くさいからこっちからゴメンよ。それに今私は仕事に生きてるしー」
「ククッ、強がってら。でもまあ出世したのは凄いよ。頑張ったんだな」
良は栄子の名刺を見ながらしみじみと言った。
その言葉に栄子の胸がズキンと疼く。
(何で私が出世したかわかってんの? あんたの事を忘れる為にがむしゃらに頑張ったからよっ!)
そう思いながら栄子は平静を装って言った。
「フフッ、あんたが浮気したお陰で仕事に打ち込めたのはラッキーだったわ。だから出世も出来たしこうして本社にも戻って来られた。だからあんたに捨てられた事に感謝しないとね」
「なんだそれ……」
良は頬を緩めて笑った。それは久しぶりに見る懐かしい良の笑顔だった。
あの頃と同じように笑う良を見ながら、栄子はあんなひどい事を本当に良がしたのだろうかと信じられない気持ちでいっぱいだった。
「で、話しって何?」
「楓の事よ。あんた一体何やってんの? なんで妹を売るような真似をしたの?」
栄子の言葉に良は衝撃を受ける。
まさか栄子が知っているとは思いもしなかった。
「お前……なんでそれを?」
「この前バッタリ楓に会ったの。で、全部聞いたわ。楓泣いてたわよ。あんた一体なんて事をしたの? お兄ちゃんだったら普通妹を守る立場でしょう? それを何やってんのよっ」
「…………しょうがなかったんだ……それしか方法が……」
「ハァッ? バカじゃないの? どんな理由があるにせよ、妹にあんな事を強要するなんて頭おかしいんじゃない? あんたはやってはいけない事をしたのよ? あーもう本当にバカ! 何やってんのよー」
「…………」
「黙り込まないで理由を言いなさいよ、理由を! どうして楓を売るような真似をしたの?」
「…………借金があったんだ……」
「ハァッ? 何の借金よ?」
「投資で失敗して……」
「ばっかじゃないの? あんたは一流企業に勤めてるんだから投資なんかしなくても充分やっていけたでしょう?」
「後ろ盾が全くない施設上がりの人間が、一流企業でやっていくのはすごく大変なんだよ。だから何としてでも資金を増やしたかった……仕方がなかったんだよ……」
「何が仕方ないのよ? そんなのただの言い訳だわ」
「お前には俺の苦労なんてわからないさ! 入社以降俺がどれだけみじめな思いをしたか……お前にわかる訳がない…」
そこで良は目を真っ赤にして泣き始めた。
「ちょ、ちょっと泣かないでちゃんと説明して。なぜそんなにお金が必要だったの?」
すると良は指で涙を拭ってから話し始めた。
「あの会社にいる人間はみんな実家が太いんだ。だから給料以上の出費があっても全部親が出してくれる。でも俺は自分でなんとかするしかなかった。だから投資で金を増やそうとしたら失敗したんだ」
「ハァッ? 私よりも高いお給料をもらっているくせに足りないって……一体どんな生活をしてるのよっ、あんたの会社の人達は?」
「高級外車、ゴルフ、海外旅行、クルーザー、別荘、高級クラブ、ホームパーティー……女が出来ればブランド物を買い与え、誕生日には店を貸し切ってパーティーだ。そんな付き合いばかりが続くんだ。給料だけじゃとても賄えない」
「だったらそんな人達とは付き合わなければいいじゃない」
「付き合わないと出世できないんだ」
「出世なんて諦めればいいでしょう? 真面目に働いて身の丈に合った生活をしていけばいいじゃない」
「そう簡単にはいかないさ。出世欲のない奴はただ奴隷のようにこき使われるだけだからな」
「……でもだからって妹に金を作らせるなんておかしくない? 楓だって親がいないのに一人で頑張ってるんだよ。本当だったら歳の離れた兄貴が庇ってやんなきゃいけないのに! それなのになんであんたはあんなひどい事を……」
良は再び泣きながら言った。
「ああするしかなかったんだ。じゃないと俺の結婚が駄目になりそうだったから……仕方がなかったんだ……」
「あんたは今上司のご令嬢と婚約中なんですって? ああいいご身分だ事。でもあんたの本性がバレたら全て終わりよ」
「だから俺は今必死なんだ。なぁ栄子……少しでいいんだ……金を貸してくれないか? 頼む! 必ず返すから…」
栄子はとっくの昔に別れた恋人にまで金の無心をしてくる良に呆れ果てていた。
「借金はいくら残ってるの?」
「600万。あと600万なんだ……」
その金額を聞き栄子は驚く。
「そんな大金私には無理。ねぇ良……悪い事は言わないわ……この際婚約者にちゃんと話してみたら? 相手も良の事を愛してるんでしょう? だったら許してくれるかもしれないし」
「今更言える訳ないだろう? もう結婚式の日取りも決まってるんだぞ」
「でも嘘をついたまま結婚しても破綻するのは目に見えてるわ。正直にちゃんと話しなさいよ」
「嘘がバレたら俺は会社にもいられなくなるんだぞ? そうなったらお前が責任を取ってくれるのか?」
「ちょっ……何で私に振るのよ」
「だったら無責任な事を言わないでくれ。俺はなんとしてでも彼女と結婚する。結婚したらきっと何とかなる……」
「そう簡単にはいかないと思うけどね……」
そこで栄子は立ち上がった。
「良……あんた変わったね。あの頃の純粋だったあんたはもうどこにもいないんだね……」
栄子は良を見ながら淋しそうに笑った。
その言葉に良の心がズキンと痛む。そして良の脳裏には栄子と付き合っていた頃の笑顔の日々が思い浮かんだ。
「今日は時間を作ってくれてありがとう。じゃあ良、元気でね」
栄子は再び淋しそうな笑顔を良に向けると、テーブルの上にある会計伝票を持って出口へ向かった。
遠ざかっていく栄子の凛とした後ろ姿を、良はただただじっと見つめる事しか出来なかった。
コメント
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楓ちゃんが、栄子さんに新しい住所とかも教えてたから馬鹿良と連絡して会ったとなれば言っちゃうんじゃないか?!ってハラハラドキドキしたけど、大丈夫だったみたいで ちょっと安心しました!
遅かれ早かれもぉ終わりでしょ、悪良‼️ クタバッチマエ〜ア〜メン😎
楓の実兄根は気が弱くて見栄っ張りなんだね。栄子さんが言うように身の丈に合った生活すれば良いのにそれが出来ないんだね。妹にあんな事した事すら反省も無いなんて、もう地獄の果て迄行かないと駄目だわ。栄子さん👌楓ちゃんには、心強い人で良かった🫰🫰🫰