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7 - 第5話:祖父の記憶

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2025年04月24日

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第5話:祖父の記憶

 ミナトが祖父の書斎に入ったのは、6歳の頃だった。


 天井まで届く木製の本棚。窓辺には小さな観葉植物。

 机の上にはインク壺と、古びた万年筆。

 空気の中に、ほんのかすかにインクの匂いが漂っていた。




 フジモト・カイ――かつて「言葉の職人」と呼ばれた詩人。

 灰色の短髪、細身の体、シワの刻まれた穏やかな笑顔。

 背筋はいつもまっすぐで、声は低く、柔らかかった。


 「ミナト、今日も詩を書くかい?」

 あの日、祖父はそう言って、ミナトの手にノートを渡した。


 ミナトは書くのが好きだった。

 意味のない言葉でも、線を描くようにして文字にするだけで、自分だけの何かを感じていた。




 だが、そのころ社会ではすでに「詩人」という職業は“非効率”とされ、

 祖父は“創作評価スコア 32”で登録されていた。


 「社会に貢献しない表現者は、存在しなくてよい」

 そう判断したのはAIだった。


 彼は筆を折られた。

 公的活動も、出版も、発言の場も奪われた。


 それでも祖父は、筆を置かなかった。




 「AIに理解される必要はない」

 祖父は静かに言った。


 「この手は、お前の心に届けば、それでいい」


 彼が最後に見せてくれた詩が、今もミナトの脳裏に残っている。


 > 「咲かぬ花は、

 >  咲いてはいけないのではなく、

 >  咲く時間を、まだ知らないだけ。」


 そのとき、幼いミナトはまだ詩の意味がわかっていなかった。

 ただ、その言葉が心の奥にそっと火を灯したことだけは覚えている。




 それから10年。

 祖父は静かに亡くなった。

 死亡理由は「自宅療養中の機能停止」。公的には、ひとつの統計数字にすぎなかった。


 彼の葬儀は簡素だった。

 “社会的に価値のない市民”には、豪華なセレモニーも許可されなかった。




 そして今。

 ミナトは、祖父の詩がしまわれていた木箱を取り出す。

 その中にはもうひとつ、誰にも見せられなかったノートが入っていた。


 ページをめくると、最後に書かれていた言葉が目に入った。


 > 「人間の証とは、感情だ。

 >  伝えようとすることだ。

 >  言葉にできないものを、言葉にしようとすることだ。」


 ミナトの手が震える。

 彼は今、この社会で“最も無駄”とされることをしようとしている。


 でもそれは、祖父から受け取った、たったひとつの“人間らしさ”だった。




 その夜。

 ミナトはノートを開いた。

 窓の外は灰色の都市。AIが制御する安全な未来。


 彼のペン先は、静かに走る。


 > 「この未来は、正しいのか?

 >  正しさを信じるほどに、心は音を失っていく。」

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