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第6話:点数の低い友達
午後の実技は「協調判断演習」。
生徒たちはAIの出す仮想トラブルにどう対応するか、チームでの“最適解”を導き出す訓練だ。
AIが観察するのは、声のトーン、話すタイミング、同調性、発言量、表情筋の動き――
すべてが“協調スコア”として数値化される。
その日、ミナトはハヤセ・ジュンという生徒と同じ班に割り振られた。
彼は短く刈られた黒髪に、少し重たいまぶた。制服の襟が少し曲がっている。
表情は乏しく、声は小さい。
机の上の端末には、スコア31/評価対象外予備枠と表示されていた。
ミナトは彼のことを、ほとんど知らない。
“知らない”というより、“話すきっかけが与えられてこなかった”。
演習が始まる。
班の他の生徒たちがテキパキと「最適な提案」を繰り返す中、ハヤセは口を開かない。
一度だけ、「……いや、でもそれって…」と呟いた瞬間、AIが割り込んだ。
「発言意図が不明確。沈黙時間中の発言。-3点。」
その後、誰も彼に話しかけなくなった。
放課後。
ミナトはふとした気まぐれで、校庭の端にある屋上階段へと足を向けた。
人気のない鉄製階段を上がると、そこには誰かが座っていた。
ハヤセだった。制服の上に黒いパーカーを重ね、腕を膝にのせてぼんやりと遠くを見ている。
「……来るとは思わなかったな」
ハヤセの声は、少し掠れていた。
「ここ、スコア低いと誰も来ない。
監視ドローンも反応鈍いし、黙ってるにはちょうどいい場所」
ミナトは黙って隣に座った。風が、音もなく吹き抜ける。
「俺さ」
ハヤセが言った。
「AIに向いてないんだと思う。……言いたいこと、うまくまとめられない。
適切な言葉とか、タイミングとか、そもそも“適切”って何なんだよって思っちゃって…」
ミナトは、そっと言った。
「……君の言葉、俺にはちゃんと届いてる」
ハヤセがミナトを見た。その顔には、ほんのわずかに戸惑いが浮かんでいた。
「……お前さ。あの詩、書いたろ?」
ミナトの手が、ぴくりと動いた。
「……あれ、良かった。泣くとかは無理だったけど。なんか、“音がした”って感じだった。
ずっと無音だったのに。ああ、これって俺の気持ちに近いかもって、思えた」
帰り道。
ミナトは、ポケットに詩の断片を書いた紙を忍ばせたまま歩いた。
「点数がすべて」というこの世界の外で、
ほんの一瞬だけ、人間同士の“感覚の橋”が架かった気がした。
翌日、ハヤセの席に貼られた評価シートにはこう記されていた。
「行動評価:沈黙傾向続行中。社会順応指導予備対象。」
それは、「次に消えるかもしれない者」の前触れだった。
それでも、ミナトのノートには新しい詩が綴られていた。
> 「言葉を持たない君が、
> 何よりも深く、僕をわかってくれた気がした。」