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呼ばれた正平《まさひら》は、守孝《もりたか》と常春《つねはる》の様子に驚いた。
酒を飲み過ぎた、どころか、完全に具合が悪い状態に見えたからだ。
「紗奈様、屋敷の者に、薬師《いしゃ》を呼ばせましょう」
「いいえ、正平様、呼んでも無駄なんです。とにかく、広縁へ移さなくては。風に当たれば、じきに良くなります……って、言うか、正平様は、なんともないのですか?」
「はい。別段特には……」
思えば、正平の方が、自分達より先にいた。と、いうことは、唐下がりの香に、触れていた時が長い、ということになるはずなのだが……。なんともない、とは、どういうことだろう。もしや、酒に混じっていた?
守孝は、酒を嗜んでいた。しかし、常春は、紗奈同様、酒は口にしていない。否、あの膳に紛れていたか?
守孝も、常春も、そして、紗奈も、膳の物を、口にしている。
正平はというと、何も口にしていない。そもそも、膳と酒が、用意されたのは、守孝が、命じたからで、正平が来た時は、口にするものは、なかった。
そして……、一の姫猫が、タマに餌として、膳に乗っている物を与えようとした正平へ、過敏に反応した。
タマは、食べ物も口にしないほうが、良いと、一の姫猫が言っていると、言っていた。
では、やはり、食べ物に何かが、混じっていたのか?
紗奈の頭の中は、混乱しきった。
こんな時こそ、兄の出番なのに。その、常春は、ますます、渋い顔をして、汗をにじませている。
「兄様!!外の風に当たれば、正気に戻ります!唐下がりの香です!!」
妹の、焦り具合と、唐下がりの香、と、聞いた常春は、コクンと頷き、這うようにして、立ち上がろうとする。
「あ、兄様!もう、そのまま、縁へ!這って、縁へ!!」
ああ、と、小さな返事をし、常春は、なんとか、進もうとするが、どうも動きが鈍い。
「うむ、こんなことをしていたら、夜が明けてしまいます!御免!」
正平が言うと、常春を、いきなり抱き上げ、スタスタと、縁へ向かった。
「うっそ!凄い力!!」
紗奈は、腰を抜かしそうになったが、それどころではないと、続けて、守孝へ声をかける。
「さあ、守孝様も!お加減がこれ以上悪くならないうちに!!」
「……いや、何のことだ、唐下がりの香りとは、私は、そのようなものは、知らんし、関わってもないぞ」
こちらは、息苦しげに言葉を発しているが、どこか、遠くを見つめ、笑みを浮かべている。
「あーー、これって、幻覚見ちゃうあれ?!」
紗奈は、焦った。
すると、
「えー!なんですか!タマ!!そして、白いものがっ!」
正平が、声を上げながら、こちらへ戻って来た。
「守孝様!!大変ですぞ!!広縁に、タマが、おります!そして、仲間の、あやかし、白い毛がふわふわ、を、連れて参ったようです!!!」
……白い毛がふわふわって……。
呆れ返る紗奈へ、正平が、目配せした。
「さあ!守孝様!参りましょう!!あれは、貴重なあやかし、です!!」
迫る正平に、なぜか、いや、案の定、守孝は食いついた。
「何、正平よ!白い毛がふわふわ、じゃと!!」
肩をかせ、と、言うと、守孝は、よたよたと、正平に、掴まりながら、広縁へ向かった。
「いやはや、タマも、なかなか、役に立つなあー、白い毛がふわふわを、連れてくるとわっ!!」
と、嬉しげに言っている。
「さあ、紗奈様も、お早く!」
振り向き、正平が言う。
「あ、あ、は、はい……」
なぜか、しどろもどろになりながら、紗奈は、正平達のあとを追ったが、すぐ先の広縁が、ことのほか遠く感じられ、そして、なぜか、正平の背中が、頼もしく、眩しく見えた。
「……い、いやだ、わ、私も、なんだか、変になっちゃってる」
この、ざわざわとする感じは、唐下がりの香のせいだと、思いつつも、紗奈の頬は火照り、鼓動は、高鳴っていた。