宿のおじさんに教会の場所を聞いた俺たちは、挨拶をして街へと出た。
昨日は夕暮れだったが、朝や昼間はやはり見え方が違う。様々な仕事をする人や子供たちの遊ぶ姿もあり、昨晩でも活気に満ちてた街は、さらに活気づいているように見えた。それはもう思わず、感嘆の声を出してしまうほどの賑わいだ。
「やはり夜と違って日が昇っている内は、また違った活気に満ちてますね」
「そうだな。ほら見てみろヒナ! 人かこんなにも溢れて……は?」
振り返る俺は唖然とした。後ろで服を掴んでいた妹はいつの間にか……どこから取り出したのか、二つの穴を開けた紙袋を頭に被っているではないか。
「お前……紙袋、どうしたんだ?」
「私、考えた! 人見知りを、少しでも改善する方法!」
「あー……うん、へー……それで、なんで紙袋なんだ?」
妹は人差し指を高々と上げると、「ふっふっふっ!」と笑う。
「人見知りは大変です……とにかく大変なのです。それはもう、人見知りをしたことない人には、絶対に分からないほど。そこで賢いヒナちゃんは色々と悩んだ結果、直接人と目を合わせたりしなければ、大丈夫なのではないかと!」
「へぇー……ふーん。で?」
心底どうでもいいが、一応は妹の熱弁に耳を傾ける。
「電話では大丈夫な人もいるって聞くし、『直接顔を合わせなければ、イケるんじゃないかな!』と考えたヒナ氏は、とりあえず昨日セージさんが買ったリンゴもどきが入ってた紙袋を被ってみました!」
なるほど、紙袋の出処は理解した。そしてこれは妹なりに一生懸命考えた、外出時の対処法なのだとも。
「ちなみにリンゴもどきのいい香りがして、結構リラックス効果もあるんじゃないかと思い始めて『ヒナちゃん、超天才じゃん!』と自画自賛して……」
「うんうん、なるほど。よーく、分かった。でもどう見ても不審者だから、やめろ」
周りの目が痛いので、俺は無慈悲に紙袋を取り上げる。
すると、妹はどこから出してるのかよく分からない、汚い高音の奇声を発した。
「うわっ! お前、どっから出してんだその声!?」
「ヤ、ヤヒロさん! とりあえず! 今だけ! 今だけは、被せてあげておきましょう!?」
さらに壊れた機械のように小刻みに震えだし、今にも大声でガチ泣き出しそうなのを見かねた伊織が、慌てて俺から紙袋を取り上げると、直ぐに妹へと被せる。
すると先程の声帯や、身体のバグはどこへ行ったのか……。ピタリと奇声も奇行も止まった。
「……とりあえず紙袋で少しはマシになるなら、被っててもいいが……。目立つから最終的には外せるように頑張れよ?」
妹は無言でコクコクと頷くと、俺の服から手を離して伊織の服を掴んだ。コイツ……伊織のが味方したからって、そっち行ったな!?
「はぁ……ヒナの情緒も落ち着いたことだし、教会へと向かうか……」
「情緒不安定にしたのは、どこかのおじいさんですけどね……」
「ん? なんか言ったかな妹よ? お兄ちゃんど〜も最近、耳が遠くてな。よく聞こえなかったから、その袋を外してもう一回言っておくれ?」
「ナンデモナイデス、オ兄様。ナノデ、手ヲ離シテクダサイ」
妹の紙袋に手を置く。と、妹はどこに隠してたのか。さっきのアンクロを外そうとした時よりもはるかに強い馬鹿力で、俺の腕を抑えた。コノヤロー、本気で紙袋を脱ぐ気ねーな!
数分の攻防の後、伊織に止められた後に軽く説教をされたので素直に止めた。
伊織ママは怒らせると怖いので、素直に従うに越したことはない。ちなみに『伊織ママ』など本人の前で言った日には、ネチネチ小姑モードになりそうなので、こちらは裏で妹と不可侵条約を結んでいる。そのため、互いに言わないと決意してる。
そんなこんなで無駄なことに時間を使ってしまった俺達は、未だに宿を出てから全く進んでいない。
「さて……茶番してる間に時間だけがすぎてしまった。そろそろ街を見ながら、ブラブラと散歩がてらセージの所へ行こう」
「そうですね。『時は金なり』とも言いますから。今は無駄な行動や目立つ行為は出来るだけ控えて、情報を集めましょう」
「「イエッサー」」
俺と妹は伊織にピシッと、見事な敬礼を同時に行う。すると伊織に「何故そういう所は、息ピッタリなんですか……」と呆れ混じりにため息をつかれた。
いや、オタクってこんなもんじゃないか? 人それぞれ違うだろうけどさ。
「ヤヒロ隊長。目的地の教会は、どこにあるのでありますでしょうか?」
「待ちたまえ、ヒナコ隊員。今イオリ指揮官殿が、地図から教会の位置を割り出してくださる」
「いや、割り出すも何も……そもそも宿の方に頂いた地図の中に、現在地と目的の場所に印をつけてもらったんですから。その通りに行けば、いいだけでしょう?」
伊織はポケットから宿のおじさんから貰った地図を取り出すと、現在地と目的の教会の場所を交互に指さした。
「流石、イオリ指揮官殿であります」
「お見事でござる」
「もうどこからツッコめばいいんですか……」
年季の入った俺と妹の、息ピッタリなノリと行動に頭を抱える伊織。すみません、妹じゃないが俺もちょっとテンション上がってるんです。
「良いですか? しつこいようですが、只でさえ我々はこの世界について疎く、ヒナの紙袋で目立っているんです。これ以上目立つ行動は避けて……」
「兄様、あちらに面白そうな露店がありまする!」
「ムム、ゲームでよく目にする調合薬か? 魔法が存在するなら調合薬があっても不思議ではないな!!」
「大変気になります! 行ってみましょう!!」
「応!!」
俺と妹は調合薬の露店へと向かう為に、一歩踏み出そうとした。その瞬間、シャツの襟首を掴まれた。
「「うぇっ!!」」
俺たち兄妹は前進する勢いで、そのまま首が閉まる。慌てて振り返ると、そこにはこめかみ付近に怒りマークを浮き出した、笑顔の伊織がいた。
「「い……イエッサー……」」
俺たちは大人しく、伊織ママの言うことに頷く。伊織ママはため息を着くと「コチラですよ」と、先頭に立って案内してくれる。
「どうやらそこまで離れた場所にある訳では無いので、直ぐに着くとは思います」
俺と妹はチラチラと街を見ながら、気になる屋台や露店をリストアップする。そして互いに目を合わせる。
――――――……も……し……ますか……もし、……聞……えま……もしもし、聞こえますか?――――――
――――――コ、コイツ! 脳に直接語りかけてきやがった……!!――――――
俺と妹はそれぞれ互いにこめかみ付近に手を添えて、脳内で会話をする。
――――――ふっふっふっ……コレが私の力だ……!――――――
――――――貴様……まさかN Tか……!!――――――
――――――ちなみに兄上様、あそこの店も中々の品揃いのようですぞ……!――――――
――――――くっ……悪魔の囁きが……やめろ!!――――――
――――――……人は正しく堕ちる道を堕ちきってこそ、救いに繋がるのです……さぁ堕ちるのです……!!――――――
――――――クソぅ! やめろ! この悪魔め!!――――――
――――――良いでは無いか〜、良いでは無いか〜♪――――――
――――――うああああああああああああああああ!! ……あ?――――――
俺と妹が夢中で脳内で茶番劇を広げていると、何かにぶつかった。恐る恐るぶつかった方へと目を向けると、そこには鬼の形相になった伊織が腕を組んで俺たち二人を見ていた。
「あの……いい加減にしていただけますか? そろそろ私も、本気で怒りますよ?」
「「イエッ、サー……ゴメンなさい……」」
伊織は再びため息をつくと「もうすぐですから……」と、歩き出した。
俺はこめかみに手を当てながら、妹の方を見る。
――――――あー、テステステース。ところで妹よ。さっきはノリでやったが、これは魔法の一種……テレパシーか?――――――
――――――知らねっす。適当にやってみたらなんか出来ちゃった、って感じっす――――――
妹は肩を上げながら「さぁーねぇー?」と言うように、首を傾げた。
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