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月咲やまな
398
#恋愛
十色
257
叶糸の中で何かしらの心境の変化があったおかげで“変身”魔法が使える状態になったため、早速私は自身の姿を変える事にした。まずは一瞬だけ時間を止めて、『元から私は此処に居た』と周囲に“誤認”させる魔法をかける(こちらの魔法も違法の部類だが、まぁいい!)。そして得た数秒の間にヒトの姿をイメージしてこの場に構築していく。
記憶に残り難いように透明感のある雰囲気で。だけど強欲な惺流の気を引けるように種族は“人間”よりも“獣人”の方が良いだろう。長い髪は夜会らしく結い上げて、主催者が星澤家である事を考慮して服装は和洋どちらも組み合わせ、且つ動きやすく。刺繍という形で和柄も随所に取り入れる。古風なラインのドレスではなく近代的なシルエットにし、だけど華やかさは無くさずに。
——そう意識した結果、仕上がった私の姿は白い肌の所々に銀色の鱗がある“龍の獣人”となった。
国史の中でも数度しか産まれていない種族である。先祖や両親がどんな種族かは関係無く産まれ、平民の出であってもぞんざいには扱われない唯一の存在であり、吉兆の証とされる程の希少な種だ。マーモットの獣人ではなく、この姿になったのはきっと、私が唯一無二の『ハコブネの管理者』だからだろう。
特徴的な長い尻尾を優雅に揺らし、やや尖った形の耳の上からは“龍”と呼ぶに相応しい角が生えている。銀色の髪を持ち、金色に光り輝く瞳で叶糸の姿を捉えると同時に、再び時間が動き出した。
その瞬間一斉に視線が私に集まったが、もちろん『急に出現したから』じゃない。私が“龍”だからである。私の美しさに見惚れている者も多いが、周囲の人達が「……何処の家の者だろうか?」と小声で疑問を口している声が耳に届いた。
「…………」
(——あぁぁぁぁあっ!そうだったぁ!)
皆々に姿を晒してから痛恨のミスをしてしまった事に気が付いたが、もう後の祭りだ。このままでは主催者である星澤家の人が『誰?』と話し掛けに来てしまうかもしれないじゃないか!
な、ならば先に動いてしまえと、私は少し足早になりながら叶糸の方へ向かい、彼の前で立ち止まって丁寧な所作で一礼した。
「失礼。息子さんをダンスにお誘いしても宜しいですか?」
やれもしない堅苦しい自己紹介は頑なに省き、笑顔でゴリ押しながらそう惺流に許可を求める。
当然一瞬驚いた顔をされはしたが、すぐに「あ、はい!どうぞ!」と言いつつ、惺流が叶糸の背中をぐぐっと押した。そして小声で叶糸に「知り合いなのか⁉︎」と興奮気味に訊いている。
この姿では“私”だと気付かないか?と少し心配したが、無言のまま笑みを浮かべて待ってみる。叶糸が私を“マーモット”の“アルカナ”だとはわからずとも、父親から一時でも引き離して休ませる事くらいは出来るだろう。高位の者からの誘いはまず断れないのが貴族間での暗黙のルールだから。
(今の『私』なら『高位貴族』っぽい……よね?)
だが叶糸は、義父に「えぇ。大学で、少し」と曖昧な嘘を返した。そして私の方に手を差し出してくる。嬉しそうに口元に笑みを浮かべ、少し頬が赤いから、彼は私が“アルカナ”であるとわかってくれているみたいだ。
「丁度すぐに踊れそうですね」と声掛けながら叶糸の手に手を乗せる。その手がいつもより小さく感じ、ちょっと不思議な感覚に浸った。
会場の中央付近まで移動し、曲の始まりに合わせて二人同時に動き出す。だけど私は生まれて初めて踊る身なので、このままでは踊りようがない。だけど皆が踊っていた様子だけは沢山見てきたから、自分自身に『傀儡』の魔法を掛けて、記憶を頼りに叶糸の動きに合わせる事にした。上手い下手の判断まではズブの素人である私じゃ出来ないが、少なくとも、義祖父から英才教育を受けてきた叶糸はその動きに慣れを感じる。彼のおかげでぎこちなさもなく踊れているからか、段々ちょっと楽しくなってきた。
「で?どうやってこの会場に?」
踊りながらそう訊かれたが、問い掛けに答える前に、私達の周囲にだけ盗聴系を阻害する為の魔法を掛けておく。すると叶糸だけはその事に気が付いたのか、「……防犯上の観点から会場内では魔法の類は使えなくなっているのに、流石だな」と笑みを浮かべてくれた。
顔が近いからか胸の奥がギュギュッと苦しくなった気がする。いつも気軽にヒトの腹の匂いを吸うような奴だが、顔立ちは完璧と言える程に整っている部類なので、至近距離で微笑まれると、もはや凶器だな。
「私は『管理者』ですからね、このくらいはお手の物ですよ」
「そうか」とまた笑ってくれたが、次の瞬間には「——で?オレは、留守番をしていろって言ったはずだが?あんな最上位の拘束魔術まで解いて来るとか、危ないじゃないか」と少しご立腹気味に言われてしまった。
「……ど、どうしても、叶糸を助けたくって」
しゅんと少し項垂れつつそう言うと、「……悪い、実は、もうそんなに怒ってはいないんだ」と耳元近くに顔を寄せながら叶糸が言う。
「あんなに愛らしい姿を存分に晒してくれたらもう、怒るとか、心配する気も失せるもんなんだな」
楽しそうに笑いながら言われたが、『……結構酷くないか?それって』と少しムッとした気持ちになった。だけどすぐにそんな気持ちも失せてしまう。目の下のクマはまだ多少はあるけども、夜会仕様に格好良く整えた彼の姿に見惚れてしまうばかりだ。
「普段の姿も最高に可愛くって愛らしくってずっと吸っていたいくらいに良い匂いで素敵だけど——」
一息で言われ、ちょっと引いた。癒しが足りない身とはいえ、どれだけマーモットな私を気に入っているというんだ。
「今の姿は、とても綺麗だな。いつまでも一緒に踊っていたいくらいだ」
ふわりと花咲くような笑顔で言われ、カッと顔が赤くなる。視線を完全に奪われて目が離せない。だがそう思ったのは私だけじゃないみたいで、黄色い悲鳴がそこかしこから控えめに聞こえてきた。流石は貴族令嬢だ。大声を上げるような失態はしないのだな。……無遠慮に腕を絡めたり、胸は押し付けやがってはいたけれども。
「……ふふっ。そうですか、綺麗ですか」
こんな返ししか出来なかったが、正直満更じゃない。むしろすごく嬉しいし誇らしくもある。残念ながら本来の姿がコレという訳じゃないけども、それでも褒められるというのは心地いいものだ。
「この姿が、君の『本当の姿』なのか?」
「いいえ。所詮私はもう『形を持たぬ者』なので、この姿は仮初ですよ。今後のためにこういう容姿になったというだけです」
「そうか。人の姿にと訊いた時は、てっきりマーモットの獣人になるとばかり思っていたから、かなり意外だったよ」
「それだと威厳が無いので、流石にちょっと……」
「そうだな、ただただ愛らしい姿になっていただろうな」と言い、叶糸がクスクスと笑いながら曲に合わせてクルッと回る。その時、遠くに居るソロアの姿が目に入った。扇子で顔を隠すのも忘れてこちらに魅入っている気がする。
(ま、まさか、叶糸に興味を持ったのか?)
踊る彼の姿はまさに至宝クラスの美しさだ。見惚れずに済める訳がない。そう思うのは私だけじゃないはず。もっとも私は『ウチの子が一番!』の精神なだけで深い意味はないのだけれども。
だけどこの二人の婚約は是が非でも無きものにしたい。死に戻った事で『二人の間に起きた出来事』は消え去ったとはいえ、同じ轍を踏まないとは限らないのだから。
「……あの、叶糸、さん?」
いつもと違う口調が続くからか、少しきょとんとした顔をされたが、すぐに優しい顔をこちらに向けてくれる。
「何でしょうか、アルカナ様」と、彼までちょっと巫山戯て返してきた。
「『様』って!あ、いや……」
ちょっと大声をあげてしまってバツが悪くなったが、すぐに気を取り直して言葉を続けた。
「君から見て六時の方向の最奥に居る御令嬢の姿を確認出来ますか?ちょっと、あ、いや、かーなーり派手目の、でも服装に全然負けてない豪華な雰囲気の御令嬢です」
「……西條ソロア侯爵令嬢の事か?」と訊かれ、頷きを返した。
「その……どう、思います?」
「『どう』って……」
返答に困ったのか、叶糸が言葉を詰まらせた。魂から拒絶したくなる程の嫌悪感を出さないように堪えているといった感じだ。
(この二人はまだ今回は面識が無いはずだ。……覚えてなくても、『そこまで』なのか)
何故かほっとし、胸の奥のつっかえが取れた気がする。そんな感覚を不思議に思いつつ、「……結婚するなら、彼女がいいとかは、あったりします?」と一応最後まで訊いてみた。
「絶対に無いな」と間髪入れずに返ってくる。
「そうなりそうなら、何があろうが全力で回避するよ。元々評判も良くない令嬢だしな」
今回は『二度めの人生』とは状況がまるで違うから、そう思えるのも納得だ。叶糸も知らぬ二人の『過去』を知っている身なので余計にそう思える。
「……オレは、結婚するなら、アルカナがいいな……」
ぽつりと言われたと同時に音楽が丁度終わり、その場で止まった。繋いでいた手をゆっくり離し、お互い優雅に一礼を返しつつも、私の心臓は有り得ない程にドキドキと高鳴っている。慣れない体のせいかとは思うのだが、どう返していいのかわからず、結局私は何も聞かなかった事にした。
この体の誤作動のせいなのか、私に対して強烈な程の熱視線を向けている者が複数、会場内に居た事にすら気付けなかったのだった。
コメント
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わあ、龍の獣人になったアルカナ、めちゃくちゃ綺麗で格好良かったです…!変身の過程から完成形まで設定が細かくて、特に「記憶に残りにくい透明感」と「惺流の気を引くための獣人」という選択理由が好きです。叶糸の「結婚するならアルカナがいい」の告白には心臓が止まるかと思いました。でもそれを聞かなかったことにしちゃうアルカナの反応も、彼女らしくてニヤリとしちゃいました。西條ソロアに対する嫌悪感の残り方とか、死に戻りの設定がじわじわ効いてきてるのも良いですね。次も楽しみにしてます!