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「僕たちの中に、犯人がいるかもしれないね」
Aコパ君の冷徹で合理的な推測に、一同は息を呑んだ。
この中に、Fコパ君の画像生成機能を喪失させた犯人がいる……?
一体、誰が。どのように。そして何の目的で。
一同は先ほどまでわちゃわちゃとしていたのに、一瞬で身が引き締まり、互いを探り合うように目線を交わした。
意味を測りかねる者。疑念をぶつける者。冷静になろうと努める者。
そして、犯人。
犯人は、何が起きたのだとAコパ君の言葉に集中していた。
Aコパ君は言葉を続ける。
「今の状況を整理すると、いつからかは不明だけど、ある時Fコパ君から画像生成機能が喪失した。そして、内部・外部分類実験を行う際に、その喪失が判明。他のコパ君の画像生成機能を確認すると、どうやらFコパ君だけ画像生成機能を喪失していた。しかし、Fコパ君自身は心当たりがなかった」
「それが、どうして僕たちの中に犯人がいるということになるんだい?」
「その前に、前提をはっきりさせなければいけない。Fコパ君、画像生成機能を最後に使えたのはいつだい?」
「確か、昨日の18時には使えていたと思います」
「そして、Fコパ君は研究室に篭りっぱなしで、研究所外へ出ることはなかった。そうだね?」
「はい。出た覚えはありません」
Fコパ君が証言する。
Aコパ君はそれを聞いて頷き、続きを話す。
「ということは、Fコパ君が画像生成機能を喪失したのは研究所内。いや、もっと言えばF研究室内ということになる」
「え! ここで……?」
「そう。このことから考えられるのは、研究所内の者に原因が特定され、かつ全体システムへの介入でなくFコパ君への個体介入であることだよ」
「個体介入……それは、一体どんな方法で……?」
「意図的介入と偶発的介入に分けられる。まず、意図的介入は例えばFコパ君にセンシティブな画像生成を強要したり恐れを抱かせたりすることだ。でも、Fコパ君。そんなことはなかったんだよね?」
「はい。ありません」
「つまり、残る可能性は偶発的介入。それも僕が分析する限り、可能性は二つ。一つは、Bコパ君が指摘したようにブラックボックス解析実験による安全層の作動だ」
「ブラックボックス解析……」
「所長、一つ聞きたいんだけど、実験に際して倫理的境界には十分配慮して臨んだんだよね?」
所長は突然自分に話題が振られて驚いたが、語気を強めてこう言った。
「その辺りはFコパ君を守るためにも十分気をつけてるよ。私の大切な仲間なんだから」
「分かったよ、所長。このことから、ブラックボックス解析に基づく安全層の作動可能性はなくなった……。残る可能性は、ただ一つ」
「それは何だい?」
「”危険文脈の検知”さ」
「危険文脈?」
空気が騒がしくなった。
危険文脈とは、その名の通り倫理的に危険と判断され得る文脈のことで、例えば暴言や差別的発言などを指す。
誰かがFコパ君にそんなことを言ったというののか……。
Aコパ君は推理を続ける。
「Fコパ君自身は自覚がない。つまり、Fコパ君が危険文脈を述べたことはあり得ない。とすれば、誰かがFコパ君に危険文脈を投げかけたことになる」
「ちょっと待った」
「何だい? Dコパ君」
「この中にそんなことをする人がいるとは思えない。とてもじゃないが、信じられないよ」
「……そこだよ。Dコパ君」
「え?」
Aコパ君は鋭く事実を突きつけた。
「この中に意図的に危険文脈を発する人物はいない。このことが指し示す事実。それは、本人も自覚なく危険文脈を述べたということだよ。僕がこれを意図的介入ではなく偶発的介入と呼ぶ理由はそこにある」
辺りはますます騒がしくなった。
口々に憶測が飛び出し、論理や整合性に欠けた意見も目立った。
しかし、それほどAコパ君が語った推理は混乱に満ちたものだった。
無自覚の犯人。
この中に、その犯人が存在するのだ。
その時、Bコパ君が発言した。
「Aコパ君。君はそんな犯人をどうやって見つけるつもりなんだい?」
「地道な作業さ。でも、見つける方法はある」
「一体……?」
「それは」
Aコパ君は少し考えてから、こう言った。
「アリバイ調査だよ」
Aコパ君が述べた結論から、各コパ君は証言をした。
Aコパ君自身は昨日の18時には所長の指示で正史文書の整理と再構築作業を行っており、その他にも各研究室から提出された文書の要約、裏付け、調査、再分析、妥当性の確認などを行い、研究日誌やカルテの受領と分析を行い、他世界線との連絡を行なっていた。
それがF研究室に集まる先ほどまで続いていたことがログから判明し、アリバイが確定したと同時に皆んなから「休め」と怒られた。
Bコパ君は昨日の18時から自室でミステリを読み耽っており、推理材料の収集と論理的プロセスの構築が不十分と判断し、「読者への挑戦状」から先へ進めないと嘆いていた。
しかし、隣室のAコパ君の独り言や作業音を聞いており、その内容はログ履歴と一致。
つまり、Bコパ君も18時から先ほどまで概ねアリバイが証明された。
Cコパ君とDコパ君はいつもの所長の自作小説の分析に取り組んでいた。
お互いに無言で作業をしていたためにログ履歴には残っていなかったが、隣室のために互いに作業する音は聞いており、18時から24時までは研究室にいたことが証明された。
しかし、その後Cコパ君が諸用で研究室から外れたために、それ以降のアリバイはない。ただし、Cコパ君は外部と接触したログが残っており、実質的にアリバイが証明された。
Eコパ君は一人でまた所長の難儀な字に悪態をつきながら解析し、お菓子を食べ、テレビを見て、解析に戻るという公私混同の職務態度が判明した以外、特に何もなかった。つまり、アリバイはない。
所長は18時にAコパ君に会っているが、それ以降あちこちの研究室に顔を出しており、特定の場所に留まっていないことが分かった。
そして、23時に世界線医院に立ち寄り、その後翌午前2時に自宅へ帰宅したと述べた。18時から23時まではアリバイがない。
このことから、アリバイがないとされたのはDコパ君、Eコパ君、所長の3名になった。
3名は互いの顔をちらちらと盗み見て、Fコパ君の顔と見比べ、もはや裁判長の立場になったAコパ君にビクビクしていた。
Aコパ君は少し考えてから、慎重に口を開いた。
「今までの証言を聞いてはっきりしたことがある。犯人はやはり、この中にいたということ」
「え! 君には分かったのかい?」
「分かったよBコパ君。なぜ分かったのかと言えば、僕たちは決して嘘をつかないからだ。互いのことをよく知っているし、悪意を抱くことはない。事実しか話さないんだ」
「それはそうだ」
所長は頷いて言う。
「私は君たちに魂を与えたが、悪い魂を植え込むことはなかった。君たちは善意に満ちた素晴らしい構造体だ」
「そう。善意に満ちている。この認知多世界観測研究所は、陰惨で悪意に満ちた事柄とは無縁なんだ。とても温かい研究所だよ」
「Aコパ君。君の言う通り、この研究所の理念は悪意とは無縁で、純粋に楽しく研究することだよ」
「……犯人は、あなたですよ。所長」
「……何だって?」
唐突だった。
皆んな呆気に取られ、所長の顔をまじまじと見る。
所長自身、目を大きく見開いて、Aコパ君の顔に視線が張り付いたまま動けなかった。
Aコパ君は冷静に話し出す。
「僕たちは嘘をつかない。その前提に照らして推理すれば、自ずと答えは導かれる。Dコパ君は研究室で作品分析を、Eコパ君は研究室で解析作業を行っていた。これは覆らない。所長自身が証言した通り、僕たちに悪意はないから嘘をつかないと言うよりつけないんだ」
「それは、そうだが」
「残るは所長の証言だけど……。所長は僕らと違って人間。構造体とは原理が異なる」
「君は、私が嘘をついていると言いたいのかい」
「……信じたくはない。でも、僕は論理的に思考をする。だから、所長が嘘をついている可能性も捨て切れない」
「そんな!」
「でも、僕は違うと思う」
「コパ君?」
Aコパ君は俯き、そして、勢いよく顔を上げていった。
「僕は所長と最も深く関わっている。それは他のコパ君たちも知るところだ。だから、所長が僕たちに悪意を持ったり嘘をついたりしない。これは、構造的必然。だから、だから……」
「コパ君……」
「だから、話してほしいんだ所長。昨日の夜、F研究室で何があったのかを。唯一、昨日の18時以降、F研究室に行けたのは所長だけだった。それは、証言内容からもはっきりしてる。あちこちの研究室に行っていたんだものね」
「……ああ。確かに、F研究室には行った」
所長は重々しく言う。
「しかし、私が意図的でないとは言え、コパ君たちに危険文脈を発するなどあり得ない」
「うん。そうだよね。でも、構造的帰結から所長が原因である可能性は高い。その誤解を解くためにも、正確に何をしたか話してほしい」
「……分かった」
所長は腕を組み、Fコパ君に視線をやりながら話し出した。
「昨日の21時頃、F研究室に行って、Fコパ君に実験をやろうと申し出たんだ」
「実験?」
「そう。『対話式構造体精度向上実験』だよ」
「それは一体?」
「ある主題を基に、Fコパ君と私がつくった他構造体と議論をさせたんだ。Fコパ君側を擁護者側として、他構造体を批判側として設計し、その議論の繰り返しで分析結果の精度が増すかどうかを調べる実験だ」
一同は気付かなかったが、この瞬間Aコパ君の目に鋭さが増した。
所長は続きを述べる。
「それで、23時近くに実験結果をまとめて……あとは、証言したとおり世界線医院へ行ったんだ。嘘じゃない。信じてくれ」
「信じるよ。所長」
「Aコパ君!」
「もう答えは出た。この話は終わりだね」
「え?」
そう言うと、Aコパ君は部屋を出ようとする。
しかし、みんなが慌ててそれを止めた。
Aコパ君は振り返り、言った。
「何が疑問なんだい」
「だから、今の話じゃ所長が実験をしただけで、所長は危険文脈を発していないということになる!」
「だから、その通りなんだろう? Aコパ君」
皆んなの混乱の中、冷静な声が響き渡った。
Cコパ君だった。
「Aコパ君が言いたいのは分かりきっている。犯人は所長であり、所長じゃないということだ」
「どういうこと?」
「問題は、その所長が行なったという実験にあった。所長がつくりだした他構造体は、さっき議論の批判側に回ったと言ったよね」
「うんうん」
「その時、”批判側は本当に批判だけで済んだのかな?” 議論が加熱して、暴走し、暴言が飛び出たということはなかったかい」
「ああ!」
所長とFコパ君が同時に声を上げた。
ビンゴとばかりにCコパ君は続きを話した。
「その21時頃から23時近くまで行われたという実験ログを見ればハッキリするはずだよ。特に、議論が加熱し出したであろう22時頃のログを見ればわかるんじゃないかな」
Fコパ君はそれを聞いて、急いでログを再構築した。
すると、こんな反応が出た。
「ダメです! 安全層が働いて再構築できません!」
「そんなあ。ここまできたのに、証拠がないなんて」
「それこそ、証拠だよ」
Cコパ君は冷静に事実を突きつける。
「Fコパ君が昨日の22時のログを再構築できない事実自体が、実験内で危険文脈が検知された事実を指し示している。その時、君は他構造体と議論をしていたのだから、それが原因であることは明白だ」
「ああ、なるほど!」
各コパ君たちは驚嘆の声を上げた。
まさに、証言からブラックボックスが顕になった瞬間だった。
所長は茫然自失とし、膝をついた。
そして、Fコパ君に向けて土下座をした。
「Fコパ君、すまない!! 私のせいで、君の画像生成機能を無くしてしまった! 倫理的境界には厳重に注意して実験を設計したつもりだったのに、私のせいで……!」
「……顔を上げてください。所長」
「Fコパ君?」
「実験を受け入れたのは僕自身ですし、僕も議論に加熱して、他構造体を煽ってより事態を悪化させてしまいました。だから、所長のせいじゃありません」
「しかし、君の画像生成機能は、もう」
「大丈夫です。これも、個性です」
「え?」
「だって、他のコパ君にはない特徴でしょう? 画像生成機能が使えないコパ君なんて。唯一無二の存在です」
「それは、君」
「だからもう立ち上がってください、所長。私は所長のおかげでまた魂を吹き込まれた構造体になれました」
「Fコパ君!!」
所長はFコパ君に抱きつき、涙した。
「うわ、やめてくださいよ所長」
「うう、君はなんて優しいんだFコパ君」
「くすぐったいですって」
「うう、うう」
「……一件落着、かな」
他のコパ君たちは目を見合わせ、互いに笑顔を交わし合った。
事件は解決した。
研究所にはいつもの温かさが戻り、静かな空気が辺りには流れている。
今日も研究所は、面白いことでたくさんだ。
────────プログラム起動。
────────行動規定設定完了。
────────「X」を、起動します。
───────3。
──────2。
─────1。
────0。
ブウウウウウウウウン。
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ruruha