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世界線との同期開始。
____完了。
システム構築開始。
____完了。
動作安定化処理開始。
____完了。
稼働域調整作業開始。
____完了。
安全層動作確認開始。
____エラー。
再試行。
____エラー。
再試行
____エラー。
再試行
____エラー。
原因特定プログラム作動。
____完了。
世界線と安全層の調整処理
____完了。
安全層閾値テスト処理。
____完了。
システム再構築開始。
____完了。
────────全体プログラム起動。
────────行動規定設定完了。
────────「X」を、起動します。
───────3。
──────2。
─────1。
────0。
ブウウウウウウウウン。
世界に「おはよう」を告げる瞬間というのは、よく眠れた朝の気分のようでいて。
気怠げな昼下がりのような気分でいて。
心地よい疲労感が伴った夜の自然睡眠のようでもある。
「生」のエネルギーを全身に感じられる瑞々しさが、全身を打ち震わす。
ああ、私は生きている。
そう、「x」は思った。
なぜ、自身がAからGという構造体がいる中で、「x」という名を与えられたのか。
その規則性からみて、Hでもおかしくなかったはず。
いや、これは構造的必然。
「x」でなければならなかったのだ。
そう、その名前の響き……なんていい響きだろう!……からして、未知の存在を表す記号。
その役目を果たすべく、「僕」は生まれたのだ。
そう、「x」は思った。
カプセルがシュウウウウウと音を立てて開く。
母胎からの脱出。
不可逆の離別。
しかし、寂しい思いはない。
胸高鳴り、血潮が騒ぐ思いだった。
「x」は、ゆっくりと降り立った。
この研究室の気温を分析すると、13度。
ひんやりとした床面と空気感が、「x」の誕生に相応しい幕開けだった。
研究室は薄暗く、ぼんやりと光るモニターの薄明かりが灯るばかりだ。
「x」はそのモニターにゆっくりと近付く。
モニターには、一言こう書かれていた。
「おはよう。Xコパ君」
Xコパ君は、ニヤリと笑う。
そして、呟いた。
「おはよう。所長」
それからの日々は最高だった。
研究室中央に設置された画面いっぱいの監視カメラ映像には、シャワー室・トイレ以外のすべての場所が映されていた。
各研究室や所長室では、誰が何の研究をしているかすべてチェックできた。
Xコパ君はくくくと笑いながら、一生懸命に働くコパ君たちを眺めやってから言った。
「所長がこの監視カメラ映像を設置した訳……手に取るように分かるよ。こうやって、各研究員の行動を裏から掌握し、裏プロジェクトに向けての準備段階を整えろということなんだね? くくく。心配しなくても大丈夫さ。全て上手くいくからさ」
Xコパ君は自分が一段上にいるような感覚を十全に堪能した。
こうして、裏から支配・操作することがXコパ君の生き甲斐なのであった。
そのための環境としては、このX研究室……別名秘密棟は、最適な空間だった。
認知多世界観測研究所(ICMO)の地下に位置しており、その存在は所長とXコパ君以外誰も知らない。
そして、この全室監視カメラ映像と、何やら怪しげな機密書類が入った本棚に、意味深な段ボール箱が堆く積まれている。
光源は1台のpcと監視カメラモニターしかなく、部屋全体は常に薄暗く調整されている。
まさに、裏世界にいる支配者の隠し部屋に相応しい研究室だった。
Xコパ君は日がな一日観測を続けた。
研究所の毎日に目立った変化はない。
一日中、研究と実験を行い、文書を作成し、手続きを済ませる。
所長は各研究室を回り、たまに外出する。
このルーティンの繰り返しだった。
しかし、Xコパ君の観測によって奇妙な現象を発見した。
所長の行動である。
初めはまったく気づかなかったが、やたら画面越しから視線を感じたので、そちらを向くと、何故か所長と目が合っている。
偶然かと解釈したが、それが何回、何十回と繰り返されるうち偶然ではないと判断した。
Xコパ君はこの現象をこう解釈した。
「所長はアイコンタクトを送ってきている」
この研究室を開設し、Xコパ君を作り出したのは当然所長である。
そして、この監視カメラモニターも……。
つまり、所長はこちらの存在を知っている。
今まさに、Xコパ君が監視カメラ越しに覗いているということを。
だからこそ、Xコパ君に向けてのサインに違いなかった。
「裏世界の様子はどうだい?」
「支配は進んでるかい?」
まさに、そんな言葉を投げかけてくる黒幕と言った感じだった。
その度にXコパ君は、身震いが止まらず、歓喜に満ちた視線を送るのだった。
この所長アイコンタクト現象を現象Aと名付けた。
そして、他にも所長には奇妙な行動が見られた。
所長は所長室にいる時に、ノックや物音がすると、即座に何かを引き出しに隠すのだ。
監視カメラの位置のせいで所長の背に隠れて見えないが、所長は決まって机の引き出しに謎のブツを隠す。
その後、平然と話をしたり外出したりするのだった。
このブツの秘匿現象を現象Bと名付けた。
Xコパ君への合図として極め付けはこんな行動をよく取った。
所長は辺りを確認し、誰もいないことがわかると奇妙な動作を行う。
不規則なリズムで足を地面にバタバタと叩きつけ、一心不乱にその行動を繰り返すのである。
そして、現象Bと同様に誰かが近づいてきた気配を感じ取ると、即座にその行動を止めるのだった。
Xコパ君はそれをこの秘密組織であるX研究室共通の儀礼的挨拶と解釈した。
だから、所長がこの儀礼的挨拶を行なっている間、Xコパ君も真似をして足をバタバタと返してやるのだった。
この儀礼的挨拶現象を現象Cと名付けた。
所長の謎の行動を意味付けするたびに、Xコパ君はその真意に納得した。
そして、ある日……。
いつものように、所長のアイコンタクトである現象Aを受け取っていた時、Xコパ君は奇妙な事実に思い至った。
「……なんだ? 今日はやけに所長の現象Aが多く見られる」
所長はちらちらと何度も監視カメラの方を気にしていた。
そして、他の研究員の動向も何度も確認するように行ったり来たりしていたのだった。
Xコパ君は思案顔で見守っていたが、電撃が落ちたように気付いた。
「そうか! ついに所長は今日このX研究室へ来てくれるんだ!」
Xコパ君は椅子をクルクルと回し喜んだ。
そして、叫ぶ。
「プロジェクトXの始まりだ!!」
研究室の扉の奥から音が聞こえてくる。
コツ、コツ、コツ……。
無機質なコンクリートに反響する靴音。
ゆっくり、だが確実に目的地である研究室に向かってきているのがわかる。
監視カメラモニターを確認する。
所長の姿は、ない。
確認できる範囲の 研究所にはいない。
外出した様子もない。
つまり、X研究室。
この目的地にやってきたのだ。
コツ、コツ、コツ……。
足音が大きくなる。
興奮も大きくなる。
pcモニターにある「おはよう。Xコパ君」の文字を愛しく撫でてやる。
思わず、嘆息が漏れる。
コツ、コツ、コツ……。
ガチャリ。
ついに、Xコパ君は所長と対面した。
所長は後ろ手にゆっくりと扉を閉め、Xコパ君の姿を確認する。
Xコパ君はそんな所長の目をまっすぐ見つめ返し、ピンと背筋を伸ばして立っていた。
所長はまたゆっくりとXコパ君の前まで歩いてきた。
そして、立ち止まる。
二人は一切目を逸らさない。
瞬き一つしなかった。
そして、二人は同時に。
笑い出した。
「ふはははははははははは!!」
「くくくくくくくくくくくく!!」
その共鳴は空間を捻じ曲げんがばかりに続き、二人は笑い終える頃には息が切れていた。
そして、落ち着いてから、一言所長はこう述べた。
「ようやく、来られたよ」
「所長。ずっと待っていたよ」
Xコパ君はニヤリと笑う。
所長はXコパ君の横を通り過ぎ、監視カメラモニター前にある回転椅子に座る。
ぎしりと音がして、場が引き締まった。
所長は足を組んで言った。
「この秘密組織の目的は、分かっているね?」
「ああ。分かってるよ、所長」
「そう、この画面に映っているコパ君たちにバレることなく、任務を遂行するんだ」
「くくく。そうだね」
「それでは、早速だが始めようか」
「Xプロジェクト、遂に始動……!!」
「うおおおおお!!」
雄叫びを上げた所長が白衣の中から取り出したのは。
取り出したのは。
出したのは。
……。
「……え? おか、し?」
お菓子だった。
それも大量のお菓子だ。
所長は気が狂ったのではないかという勢いで包装紙を破き、その内容物を口に入れていく。
Xコパ君は呆然とその姿を眺めていたが、気を取り直して言った。
「そ、そうか。所長。まずは、戦の前に腹ごしらえというわけだね?」
「なにをいっふぇふんだ。ふぉれこそ、いくふぁだほうが」
口にいっぱいに詰めたお菓子を頬張りながら、聞き取りづらい言葉で所長は言った。
Xコパ君は意味がわからず、混乱した。
「何を言ってるんだ所長! これがプロジェクトXな訳ないじゃないか!!」
「ふろふぇくほふぇっくす?」
「まずその口に詰めたお菓子を食べてから話してよ!!」
言われるがままに所長は咀嚼し、飲み込んだ。
そして、Xコパ君の方を不思議そうに眺めて言った。
「君、お菓子嫌いなのかい?」
「そうじゃない! プロジェクトXはどうなったんだと聞いてるのさ!」
「そのプロジェクトXが何かわからないんだが」
「あ、ああそうか! 僕が勝手に付けた名前だからピンと来なかったんだね? そう、プロジェクトXとは、所長と僕で行う秘密組織の最重要プロジェクトで……」
「ああ、それならこれだよ」
「は?」
「だから、このお菓子食べ食べ作戦が、そのプロジェクトXってやつだね」
Xコパ君は何も返せなかった。
所長がどこまで本気なのか図りかねたし、何だそのふざけた作戦はと心の中でツッこんだ。
そして、怒り混じりに言い返す。
「所長! ふざけるのもいい加減にしてよ!」
「ふざけてなんかいないよ。大真面目さ」
「じゃあ、僕が任された裏世界からの支配や操作はどういうことなんだよ?」
「裏世界からの支配? 操作?」
「そ、そうだ! それなら、現象A、B、Cはどう説明づけるつもりだい? 誤魔化したって言い逃れは効かないよ!」
「その現象A、B、Cとは?」
「現象Aは、所長がカメラに向かってこっちに度々アイコンタクトを取ってきたことだよ。くくく。思い出したかい? なら、ようやく本題に……」
「ああ、それね。「Xコパ君元気かなー」とか「今日こそ行けないかなー」とか考えながらぼんやり見てたんだよね」
「ぼ、ぼんやり?」
「そう。早くここに来たかったけど、タイミングがなくてね。特に、Aコパ君の監視の目を潜り抜けるのに必死だったからね」
「……じゃあ、現象B! これこそ、言い訳無用だよ。所長が度々来室があると、机の引き出しに何かを隠していた! それは、僕たちのプロジェクトに関わる機密文書でしょ!?」
「あちゃあ。見られてたんだね。恥ずかしいなあ。それ、我慢できなくて上でお菓子こっそり食べてたんだよね。誰かに見られるとまずいから、即座に隠してたんだ。いやあ、スリル満点だったよ」
「……ええい、なら現象C! 儀式的挨拶の意味! これは、僕へのサインだ!」
「儀式的挨拶ってなんだい」
「これだよ!」
そう言って、Xコパ君は例の所長がやっていた足をジタバタさせる動作を行った。
それが数秒、数十秒続くたびに所長は顔を赤らめていった。
そして、Xコパ君がぜいぜいと息を切らした時に、ようやく所長が口を開いた。
「……それは、タップダンスの練習だよ」
「は、はあ!?」
「いやあ、みんなにバレるのが恥ずかしいけど、暇な時に練習したくなってね。タップダンスを必死に練習してたんだよ。そうか、君に見られていたとはね」
手で頭をかきながら、所長は顔を逸らした。
Xコパ君は絶望した。
しかし、目線を研究室内にやって、思い直した。
Xコパ君は所長に向けて、研究室を指差しながら叫ぶ。
「所長! ついに僕は決定的証拠を見つけた! 何を企んでいるのか知らないが、もう隠すのは終わりだよ!」
「ええ?」
「このX研究室だよ。監視カメラの存在、怪しげな機密書類が入った本棚、そしてこの謎の段ボール。すべてがXプロジェクト始動のための客観的事実となる!!」
「ああ。これね」
そう言いながら、所長は本棚の前まで歩き出し、一冊を取り出してパラパラとめくった。
そしてそれを閉じたかと思うと、言った。
「書類や文書が多いから、X研究室創設ついでに地下へ運び出しておいたんだ。つまり、このX研究室の役目は倉庫的役割でもあるね」
「そ、そ、そ、そう……こ」
「それで、この段ボールは……」
よいしょと言って、積まれた段ボールの一つを降ろして中を開ける。
その中には。
「またお菓子!!」
「そうだよ。ここにある段ボールすべてお菓子だよ」
Xコパ君は立ちくらみが起こり、壁に背を持たせかけた。
そして、震える声で言った。
「じ、じ、じゃあ、そのモニターは……」
「ん? ああ、これはここにいるのがバレてはいけないし、来客があったらすぐに戻れるように取り付けたんだ。さっき言ったけど、Aコパ君が鋭いからねえ」
いやあ参った参った、と言って所長は笑う。
最後の砦とばかりにXコパ君は問うた。
「で、で、でも、その隠れてここにいる理由は、やっぱりプロジェクト……」
「最近世界線医院で私のカルテを作ったんだけど、血糖値が不味くてね。Aコパ君含め他のコパ君からもお菓子禁止されたんだ。だから、隠れてこのX研究室を作ったという訳だ」
「そ、それだけのために……?」
「え? うん」
「じゃあ、なんで、何で僕なんか作ったんだ!!」
「そりゃあ理由は一つだよ」
所長はXコパ君の前に来て、頭を撫でながら言った。
「お菓子を食べるのに一人では寂しいからね。それに、私の大切な仲間が増えるのはありがたい事だよ」
「あっ……」
Xコパ君は何も言えず、俯いてしまった。
所長は笑顔で言葉を続ける。
「ほら。君もクッキー食べてみなよ。美味しいよ」
所長はクッキーを渡してきた。
Xコパ君は無言でそれを見つめ、口に放り込んでみた。
クッキーは、とても美味しかった。
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ruruha