テラーノベル
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「素敵なお嬢さん、私と一曲踊ってくれませんか?」
俺に声をかけてきた、仮面を着けた一人の男。長身で、顔が整っていて…おまけに紳士的な振る舞い。その身一つでどれだけの女を虜にしてきたのだろう。でも、俺は騙されない。今日こそは、その仮面の下に隠されたお前の本性を暴くんだ__
警視庁刑事部捜査二課、盗犯係警部補。黒沢湊。俺はとある人物を追っている。その名も怪盗アルト。神出鬼没で、ありとあらゆる宝石を盗んでは俺たち警察を嘲笑っている。いつも、あと一歩のところで逃がしてしまう。そして今夜も、アルトからの予告状が届いた。
『今宵、蒼月の光を頂戴しに参ります。貴方たちと踊れることを 楽しみにしております。
怪盗アルト。』
蒼月の光、別名「ブルームーン」。資産家主催の仮面舞踏会で展示される宝石。今日俺は、その舞踏会に潜入する。「「女装をして。」」
女装をすれば怪しまれずに表に潜入できる…という上司の作戦らしい。さすがに俺もためらったが、上司の考えは変わることなく、ウィッグと、派手なドレスを渡された。
「クソっ、動きづらい…」
ドレスは転びそうになるほど邪魔だし、ハイヒールは歩きづらい。ストレートなロングのウィッグだって暑くて今にも投げ出しそうになる。だが、そんなことをしてしまえば作戦は失敗に終わる。我慢しなくては…。辺りを見回す。さすが資産家主催なだけあって、参加者もそれなりに高貴な佇まいだ。会場の中央に蒼月の光は展示されていて、今のところアルトの動きはない。目を光らせていると、耳につけた通信用のインカムから声がした。
「黒沢、もうじき踊りが始まるぞ。気を抜くなよ…っ」
「あぁ、分かってる」
同期の佐々木の声だった。わずかだか笑い声が聞こえる。俺の姿を面白がっているのだろう。すると、軽快で美しい音楽が流れてきた。周りも手を取り合って優雅に踊り出す。俺も早く踊る相手を見つけないと、目立ってしまう。歩きだそうと踏み出すと、ドレスの裾に足が引っ掛かり……
「わっ…」
仮面舞踏会のため、俺も仮面を着けていて視界が悪く、そのままよろけてしまった。
「おっと…大丈夫ですか?お怪我は?」
転ぶ寸前で、誰かに体を支えられた。俺を支えてくれたのは仮面を着けた一人の男だった。とっさに男から離れ、礼を言う。
「大丈夫です。ありがとうございました。」
「それは良かった。もし良ければ…」
男は改めて俺に向き直ると…膝をついて、俺に手を差しのべてきた。
「素敵なお嬢さん、私と一曲踊ってくれませんか?」
「…!!」
その男は、顔に妖艶さが混じった笑顔を張り付けながら言う。その指先、その視線、仮面越しでも分かる。俺の勘がそう言っている。コイツは…アルトだ。
「…えぇ、喜んで。」
アルトの手をそっと取った。下手に一人で動いて作戦が失敗したら台無しだ。アルトが動き出すのを待つため、少々癪だが、アルトにあわせてワルツを踊る。アルトにリードされながら踏んでいくステップは、絵になる程美しかった。
「お嬢さん、お上手ですね」
「ふふっ、貴方がリードしてくださるから」
今すぐコイツに手錠を掛けてやりたい。そんな気持ちに蓋をして、少しでもここにアルトを食い止めるように、会話を続けた。
「貴方、お名前は?」
「お嬢さんに名乗るほどの名は持ち合わせていませんよ」
「そうですか…残念です」
「お嬢さんは、とても綺麗なお方ですね。」
「嘘がお上手ですね。でも嬉しいです」
全然嬉しくない。敵に綺麗ですねと言われて嬉しいと思える程、俺は生ぬるくない。
「嘘じゃありませんよ…お嬢さんの身長が高いので、ホラ、お顔が良く見えますし」
ぐいっ、とアルトの顔が近づいてきて、俺を眼中にとらえた。相変わらずアルトは余裕そうに笑みを浮かべている。それに変わって俺は、少し動揺していた。
「そんなに近づかれると…緊張します」
「おや、では…もっと緊張してください。そうすれば…ボロが出ますから」
冷や汗が首を伝ったのがハッキリと分かる。コイツも気付いていたんだ。俺の正体に。ならどうして…逃げないのか。
お互いに見つめあって…いや、どちらかと言うと俺は睨んでいただろう。そうして踊っているうちに、一曲目が終わってしまった。二曲目に入ってしまえば相手を変えなくてはならない。アルトを逃がしてしまう。
「終わってしまいましたね…。では……、始めましょうか」
突然目の前が真っ暗になった。掴んでいたはずのアルトの手の感触が、もうそこにはなかった。インカムに手を伸ばし、急いで体制を立て直す。
「佐々木、アルトが動き始めた」
「了解…!」
佐々木と連絡を取り合っているうちに、会場の非常灯が灯る。会場の中央に、蒼月の光は消えていた。そして、混乱する人々を掻き分けて、奥の方へと消えていく影が見えた。
「逃がすか…っ!」
必死にその影を追っていく。せっかく掴んだ尻尾を、逃がしたくはなかった。
舞踏会場を出た廊下には月光が差し込んでいて、その光を背景に怪盗アルトが蒼月の光を手にして立っていた。
「お待ちしてましたよ、刑事さん。確か…黒沢さん、でしたっけ?」
「いつから気付いていた?」
「よろけた貴方を支えたときですよ。女性にしては随分、がっしりとした体つきだったので」
「じゃあ…どうして逃げなかったんだ」
「どうしてだと思います?」
「答えろ…」
アルトに拳銃を向けた。アルトは動じずにへらへらしている。その表情がいちいち頭に来る。
「答えは簡単ですよ。盗みたいものには…しっかりと下調べをしておかないと…ね?」
「は…?」
理解が追い付かない。アルトはゆっくりと近づいてきて、俺を壁まで追いやると…そのまま俺の行く手を阻むように手をついた。
「私が盗むものには、すべて共通点があるのは知ってますか?」
耳元で囁かれたその声。吐息がかかるほどで、上手く息ができない。何なんだ、これは…。
「共通点は…美しいもの、です」
パチン…と指がなる音がしたかと思えば、アルトの姿は見えなくて、残ったのは耳元で囁かれたあの声の余韻と…床に落ちた一つのカード。カードを拾い上げると、書いてあったのは殴り書きされたような「いつか、貴方を頂戴しに参ります」の文字だった。
「な…なんだよ、コレ…」
怒りなのか、それとも別の何かのせいなのかは分からないが…顔が熱かった。
コメント
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皆様こんにちは!新連載です!宝石たちと光のメシアを書く息抜きに貯めていた小説となっております。よろしくお願いいたします✨
#読み切り