二階までの階段を登り、少し重い扉を開く。
「いらっしゃいませ」
思ったより店内は狭かった。お客さんも数人しかいない。
まだこの時間だからかな。
時計を見ると、二十一時を過ぎたところだった。
「お好きなカウンター席へどうぞ」
バーテンダーさんに声をかけられ、カウンター席へ座る。
メニューはどんな感じなんだろう。
まじまじとメニュー表を見ていると――。
「来店されるのは、はじめてですか?」
私より年上、四十代くらいかな。
柔らかそうな雰囲気のバーテンダーさんが話しかけてくれた。
「はい。はじめてです」
やっぱり、常連のお客さんとかが多いから、すぐわかるのかな。
「もしよろしければ、お客様の雰囲気に合ったおススメのカクテルをお作りいたしますが?」
えっ?嬉しい!私の雰囲気って……。
どんなイメージなんだろう。
あっ、でもすごく高かったりしないよね。
久し振りだから、アルコールの量は少な目にしてほしいな。
喜びと同時に不安も襲った。
「えっと……」
私が返答に困っているのを見かねてか
「はじめてのお客様は、一杯目はサービスをさせていただきます。うちのオーナーからのプレゼントということで……。お味にご希望があれば、お気軽におっしゃってください」
この人がオーナーさんではないんだ。
他のバーテンダーさんと見比べて、一番年齢が高いから勝手にそう思ってしまった。
オーナーさんは別にいるのかな。
「ありがとうございます。こういうところ、はじめてで……。緊張してしまってすみません。味はお任せしますが、アルコールの量を少な目にお願いしたいです」
「かしこまりました。少々お待ちください」
ニコッと微笑んで、お酒を作り始めてくれた。
わくわくする。 私のイメージ、どう見えているんだろう。
「お待たせいたしました」
カクテルグラスが目の前にスッと置かれる。
「わぁ!綺麗!」
濃青って言うのかな。
青よりももっと深い色。瑠璃色ともとれるけど……。
「私のイメージって青なんですか?」
ふと聞いてみた。
「はい。私にはそう見えました」
青というよりは、青に紫を混ぜたような深い色。
私の着ている服が紫だから……?単純すぎるか。
「いただきます」
一口飲む。
「美味しい!」
アルコールを少なくしてくれているからか、ちょっとだけ甘くて、飲みやすい。カシスの味がした。
「喜んでいただけて良かったです」
バーテンダーさんが私の発言にフッと笑った時だった。
お店に入って来る一人の若い男性を見て、一瞬目を見開いた。
入って来た男性は、慣れた様子でカウンター席に座った。
ライトブラウンの少し長い髪の毛は、ワックスで少し固めているのかしっかりとまとまっていて清潔感がある。
メガネをかけていて、高そうなスーツをピシッと着こなしている。
仕事ができそうな人、私は彼を見てそう感じた。
私の相手をしてくれていたバーテンダーさんが彼に話しかけた。
「お疲れ様です。オーナー」
えっ。今、オーナーって言った?
この人、私と同じくらいの歳に見えるけど、オーナーさんなの?
「滝沢さん、今日は仕事終わりに寄っただけだから。オーナーとか呼ばなくて良いよ。プライベートで来ているようなものだし。あっ、いつものお願いします」
「かしこまりました」
やっぱり、この人、ここのオーナーさんなんだ。
オーナーと呼ばれている彼をしっかりと見てしまった。
自然と目が合う。
あっ、なんか気まずい。
自分から彼を見ておいて申し訳ないと思いながら、目を逸らす。
あぁ……。
私、結婚指輪してるのに、一人でお酒を飲みに来ている寂しい女だと思われたんだろうな。
平然を装い、カクテルを一口飲む。
やっぱり美味しい、私の好きな味。
勇気を出してお店に来て良かった。
今度はいつ来れるんだろう。
もうここに来ることはできないのかな。
現実を思い出し、急に悲しくなった。
その時――。
「すみません。隣、良いですか?」
「えっ?」
オーナーさんが声をかけてくれた。
どうしよう。
一瞬悩んだが
「はい。どうぞ」
別に悪いことをしているわけではない。
オーナーさんの顔をしっかり見ることができなくて、ペコっと頭を下げる。
「良かった。ありがとうございます」
「加賀宮さん、お待たせいたしました」
「ありがとう」
加賀宮さんって名前なんだ。
滝沢さんと呼ばれたバーテンダーさんが加賀宮さんにカクテルを持ってきてくれた。
どうしよう。
こっちから話せば良いの?
でもそれじゃあ、ナンパしてくださいって言ってるようなものだし……。
身体を硬直させていると
「ここは初めてなんですか?」
加賀宮さんから話を振ってくれた。
「あっ。はい。初めてです。前から来てみたいと思っていて……。なかなか機会がなかったんですけど、たまたま今日寄ることができて。私のイメージに合ったカクテルを作ってもらって……。とても美味しくて。お店の雰囲気も落ち着いているし。またいつか来たいなって思いました」
「そうですか」
彼は良かったと笑った。
あれ?
なんか笑うと可愛い。
彼の一瞬の微笑みに緊張が解け、身体の力が抜けた。
「失礼ですが、ご結婚されているんですか?」
彼は私の左手の薬指に視線を合わせた。
「あっ。はい。結婚しています」
「そうなんですね。こんな綺麗な女性が毎日帰りを待っていてくれると思うと、旦那さんが羨ましいです」
ええっ!
そんなこと言われたことないし。
お世辞だとわかってるけど、なんて答えればいいんだろう。
「ありがとうございます」
とりあえず、愛想笑いで誤魔化そう。
カクテルを一口飲んで、自分を落ち着かせた。