テラーノベル
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映し出されたのは王立科学アカデミー研究所。エントランスホール。ガラスの天井から、朝光がまっすぐ降り注ぎ、 白衣の研究員たちが左右に整列し、静かな緊張をまとい、イーサム王の到着を待っていた。その奥には、科学技術長官ラマズド、施設長マルヴィン、 上席研究官カリム。王研を支える中枢の面々が厳かに控えていた。だが、その列のどこにも、王研創設者である初代科学技術長官ジン博士の姿はなかった。
ヒロノゼウスはジン博士の姿が見えないことに気づいた瞬間、言葉にならないざわつきが走った。
(おかしい……。ジン博士が視察に顔を出さないなんて、ありえないだろ)
画面の中で、国王が会見机にリヴァンと共に着席した。王宮侍従長バルティスがマイクの前へ進み、一段と張りのある声で告げた。
『視察に先立ち、陛下よりご挨拶を賜ります』
国王は穏やかな微笑を浮かべ、ゆっくりと手元にマイクを引き寄せた。
『国民の皆さま。本日、わたくしとリヴァン首相は、王立アカデミー科学研究所・特別研究区を視察いたします。高度知能化モンスター研究は、我が国の未来を拓く重要な礎であります』
バルティスが進行を続ける。
「陛下ありがとうございました。では、記者の質問を受け付けます。まずは記者クラブ代表幹事社、王都通信社。質問をどうぞ」
中列にいた男が静かに立ち上がった。
紫の短髪、黒縁眼鏡、シックなスーツ。
胸には《王都通信社》のバッジ。
記者証には〈カスパー・カイル/王都通信〉
「王都通信社、カスパー・カイルと申します。よろしくお願いいたします」
「リヴァン首相にお伺います。高度知能化モンスター研究は、首相ご自身の肝いり政策であり、国家予算も特別研究区へ潤沢に投じられている……そう理解してよろしいですね」
指名を受けたリヴァン首相がマイクを握った。
「はい。本日私は陛下と共に、特別研究区を視察します。ここで生まれようとしている技術は、国家戦略の根幹を担うものとなるでしょう」
黒の革手帳――“政策ノート”を掲げた。
「これから職員の皆様の声を丁寧に聞き取り、政策へ反映させます。科学は、国民の幸福のためにある。そして、科学技術の進化こそが、将来の強靭な経済を生み出します。我が国が誇る科学技術とサブカルチャーを知的財産権として保護し、世界へ発信し、それを他国に展開する。その知的財産を軸に関連産業を活性化させ、結果として国を豊かにする。その原則に、揺らぎはありません」
国王は表情を一層和らげ、リヴァンの答えに静かに頷いていた。
「ありがとうございます。では、もう一つ質問があります」
カスパー記者が、再びマイクを握った。
「すでに報道されているように、特別研究区では、“倫理に反する研究”が進められているという証言が複数あります」
その瞬間、イーサム王とリヴァンの表情が険しくなった。ラマズド科学技術長官を筆頭に、周囲の研究員たちが鋭い視線をカスパーへ向ける。
バルティスも、「ごほん……ごほん……」と、マイク越しに咳払いをした。それは、質問を切り上げろという無言の圧力だった。しかし、カスパーは怯まなかった。
「王令によって明確に禁止されているクローン人間の制作。国家安全保障に関わる機密計画の存在。そして、それらに異を唱えた政務官が、次々と失踪しているとの情報もあります」
会見場に、緊張が走る。
「本日の視察で、それらの事実が明らかになれば、ラマズド科学技術長官と首相ご自身の責任が問われるはずです」
カスパーは一歩も引かず、さらに言葉を重ねた。
「国家予算が投入された研究の実態と、その倫理性について。その全責任を、ここにおられる陛下の前で、ご自身が説明されるという理解でよろしいですね?」
一瞬、沈黙が落ちた。リヴァンは怒りを押し殺すように、ゆっくりと息を吐いた。
「……ご質問ありがとうございます」 声は冷静だった。
しかし、リヴァンの瞳は赤黒く染まっていた。
「改めて申し上げますが、いずれも事実ではありません。科学技術政策に関する具体的な質問については、この場での回答を差し控えさせていただきます」
そして、わずかに口元を歪めた。
「そもそも……人間の複製? 機密計画? そのような、利潤を狙ったデマを報じている時点で、むしろ問われるべきは、報道の在り方ではないでしょうか」
「首相。我々国民には、知る権利があります。疑惑がかかっているのであれば、より丁寧なご説明をお願いいたします」
その声を聞いた瞬間、ヒロノゼウスは息を呑んだ。聞き覚えのある声だった。そして、TVカメラが男の顔へ移したとき――鼻頭にある大きな黒子が目に入った。
(カザン……!?)
ヒロノゼウスの脳裏に、男の素性がよみがえる。
(カスパーという偽名で潜入している!?)
(治安局に指名手配されているはずの彼が、なぜ王都通信社に……?)
カザン・イオル。
所属する出版社に届いたタレコミをきっかけに、王立科学アカデミー研究所とリヴァン首相の“闇”を暴こうとして、記事を禁書指定された《週刊レガリア》の元記者。国家の安寧を損ねる虚偽情報を流布したとして、国家安全維持法違反の容疑で、治安局から指名手配されている男だった。
リヴァンは、カザンをまっすぐに見据えた。あくまで穏やかな微笑を浮かべたまま、その瞳の奥の光だけが、獣のように揺れた。
「政務官の“失踪”も同様です。不当な憶測を重ねる前に、政府が出した公式発表を確認なさい。それを正しく伝える。それが、あなた方“報道”の責務ではありませんか?」
言葉の端に、わずかな威圧がにじんだ。
「そして、《週刊レガリア》の禁書指定についても同じです。王国の安寧を根底から脅かす情報は、断固として排除しなければなりません」
カザンの口元が、ほんの一瞬だけ緩んだ。それは、誰にも気づかれないほど微かな笑みだった。
(自分で正当化している。笑ってしまうぜ、リヴァンの野郎)
(嘘を真実に塗り替えるつもりか。この詭弁師め……)
カザンは、胸元に意識を向けた。そこには、一つのUSBメモリが隠されている。
(だが……このUSBを国王陛下に渡せば……)
「では、最後に陛下にも一つ、確認をさせていただきたいことがあります」
イーサム王が顔を向けた。
その瞬間。
「――申し訳ありません。質問はここまでです。時間の都合上、質疑応答は終了とさせていただきます。陛下はこれよりリヴァン首相と視察へ向かわれます。以降のご質問は、後日、文書にて広報局へ」
警備員が肩に手を添え、カザンを制止した。カザンは拳を震わせた。顔を上げると、イーサム王の視線がこちらに向けられていることに気づいた。その目にあったのは、厳しさではない。真実を知りたい。そんな戸惑いがその表情に浮かんでいた。
(警備員の制止を振り切って……これを……)
カザンは胸ポケットからUSBを取り出そうとした、そのとき。カザンのイヤホンが震えた。地下組織の代表、元王族のハルベルトの声が低く響く。
『カザン、これ以上、追及すれば拘束される。我々の元に戻れ。
まだ“その時”ではない』
「ですが、ハルベルト様……」
警備員はもう一人の警備員と顔を見合わせたが、カザンが上司と連絡を取っているのだと判断し、制止する手を緩めて一歩引いた。
『カザン、落ち着け! 強行すれば、すべて失われるぞ!』
オルドリッジの声が響いた。
オルドリッジは元《週刊レガリア》の編集長。彼もまた治安当局に追われる身であり、地下組織とともに、この国の闇と闘っている男だった。
その直後、別の声が割り込んだ。
『カザン。リヴァンを見ろ』
ラッセルだった。
『あいつの眼を見ろ。赤黒く変色している』
カザンは、壇上のリヴァンへ視線を戻した。確かに、その瞳は人間のものとは思えないほど、赤黒く染まっている。
『これ以上、リヴァンを刺激するな。赤黒い眼が本領を発揮したらまずい』
ラッセルの声が、さらに低くなる。
『このまま追及を続ければ、リヴァンは人の心を失い、暴走する可能性があるぞ』
「……!」
(そういえば……ラッセルは以前、リヴァンと死闘を繰り広げたと言っていた)
(今のリヴァンは、ラッセルでも対峙できないほど超人化しているという)
(ここに居る全員が即死する。甚大な被害が出る……そして、王国が赤黒い眼のリヴァンに支配されるディストピアになってしまう……)
『今は直訴するな。必ず機会は来る』
ラッセルの声が再び耳に入った。
「……そうだな」
すると、今度はノエル技師の声が響いた。
『そうそう。せっかく王都通信社、偽名のカスパーのIDを作ったんだからな』
「ノエル……」
『あれ、作るの結構たいへんだったんだぞ? 水の泡にしないでおくれよ』
思わず、カザンの口元がわずかに緩んだ。
「了解しました……これから戻ります」
だが、その目にはまだ、消えない怒りが宿っていた。そして、何事もなかったかのように、警備員に連れられて記者会見場を去り、ラッセル達が待つ地下組織へと帰っていった。
カザンが警備員に連れられて会見場から姿を消した直後、リヴァンは口を歪めた。
「王都通信も落ちたものだな」 吐き捨てるような声だった。
側に控えていた女性秘書官ゼムが一歩近づく。
「首相、先ほどの“カスパー・カイル”……何者か、調査を致します」
「必要ない。すぐに割れる。王都通信に、あのような牙が残っていようとはな……」
その瞬間、ゼムの携帯端末が震えた。
画面に表示された差出人はマラーだった。
そして、ゼムは小声でリヴァンに耳打ちをした。
「マラー補佐官から緊急報告です。西の塔が崩落。国土を覆うエルフ・バリアの結界バランスが崩れ、各地で警告が出ているとのことです。イザリオ様とエルファーナ様と侍従、全島民はヨナクル島に避難。ザルガン博士とアルディン技官は行方不明とのことです」
その報告を聞いた瞬間だった。リヴァンの眼が再び赤黒く揺らめき、口角が吊り上がった。
(そうか……ようやく“新しい時代の扉”が、開き始めたというわけだ。だが、イザリオとエルファーナは生還か。想定外だが、まぁよいか……)
「ゼム。ここからは、我々に同行せずに、官邸に戻り、マラーと共に王位継承の儀の準備を早急に執り行うこと」
「承知しました」
ゼムは足早に会見場を後にした。
リヴァンは、国王へ視線を向けた。
その場にある“権威”が、今もなお自分の隣に立っているのかを確かめるように。
見つめ返す国王の表情に、言葉はない。
そこにあったのは、リヴァンに対する戸惑いと、言い知れぬ警戒だけだった。
「陛下。では、参りましょう。特別研究区が、我らをお待ちしております」
不気味な笑みを浮かべたまま、イーサム王と共にリヴァンは地下研究施設へと降りるエレベーターに乗り、重厚な扉が静かに閉まり始める。報道陣に見送られ、テレビに最後に映ったのは、閉まりゆく扉の隙間から覗いた**リヴァンの不気味な「赤黒い眼」**だった。
ヨナクル島通信所・モニター室
ヒロノゼウスの表情がはっきりと強張った。
「いまのリヴァン首相の瞳……通常の人間には、決して現れない“色”です」
ヒロノゼウスは、クルサの金色の双眼へ視線を向けた。クルサが、静かに見つめ返す。あのときの光景が、鮮明に蘇った。
(クルサが闇に堕ちたときの眼――あれと、同じ色だ)
冷たい汗が背を伝った。
「あの首相の瞳……まさか、クルサが闇に堕ちたときと同じだというのか」
イザリオが呟いた。
「はい。瘴気に呑まれたクルサと同じ瞳の色でした」
ロスクが頷いた。
「イザリオ様。我々が受けた赤黒い眼の霧……あれは、赤黒い眼に由来する高濃度の瘴気だったのでしょう」
ヒロノゼウスは、ゆっくりと言葉を続けた。
「その瘴気から派生した赤黒い竜の攻撃には、睡眠麻痺、意識浸潤、体細胞破壊の作用があった。我々は意識を侵され、死の淵まで追い込まれた」
一方で、リヴァンの姿が脳裏に浮かぶ。
「……なのに、首相は違う。あれほど赤黒い眼に染まりながら……平然としていた」
思考は、自然と一つの結論へ収束していく。
「これは……ただの憑依じゃない。
もっと深い。瘴気が意識そのものに干渉している」
「“赤黒い眼の契約”――叡智と引き換えに、憑依され、精神を蝕まれる寓話……あれは、ただの寓話ではなかったのでしょうね」 ルーネが呟いた。
ヒロノゼウスは、ゆっくりと拳を握りしめた。
(俺たちは、赤黒い眼の瘴気に意識を侵されかけ、死の淵まで至った……)
(だが、リヴァンは違う)
(あの男は、瘴気に支配されているのではない。むしろ……)
(赤黒い眼と、異常なほど深く“共鳴”しているから耐えられるのか……)
(現代科学の枠を越えた“未知の存在”が、この世界に実在することは、もはや否定できない)
ヒロノゼウスは顔を上げ、低い声で告げた。
「はい。我々の知る寓話ではありません」
ヒロノゼウスは、一度言葉を切った。
「“赤黒い眼”――それは、現代科学では説明できない“意識干渉体”だと推測されます。簡単に言えば、人の意識を喰らうモンスターです。我々人間が憑依されたなら、生きたまま耐えられるはずがない」
「リヴァンが、それに耐えられているということは……」
ロスクが息を呑んだ。
「おそらく、リヴァンの心の奥にある感情と、赤黒い眼が共鳴したのでしょう。だが、人間なら誰しも喜怒哀楽を持っている。なぜ特定の人間だけが共鳴し、憑依されるのか……それは、まだ分からない」
ヒロノゼウスが首を横に振った。
イザリオの脳裏に、あの悪夢の一部が蘇った。
(あのときの……あの親子、もしかして……)
そのとき。
「ジジッ……!」
不快なノイズが走り、TV画面が大きく揺らいだ。
観測員エリオが、慌てた声を上げる。
「電波、大きく乱れています!」
観測員カイが計器から目を離さずに告げた。
「受信レベル、低下。自動補正が入りません。この反応……もしかすると、瘴気がヨナクル島周辺にも侵入している可能性があります」
エリオたちの声が交錯する中、突如、セブンからの念波がヒロノゼウスの脳裏に直接響いた。
『ヒロノゼウス。もう通信は終わったのか?
少し飛び続けて疲れた。休息してもいいか』
ヒロノゼウスはモニターから視線を離し、安堵した。
「ごめん。偶然拾ったTVの電波を、モニターで視聴していたんだ。セブン、十分に休んでいい」
『了解』
ヒロノゼウスは、エリオたちへ向き直った。
「今も電波障害は続いている。ここでテレビを受信できたのは、私の相棒の鷹、セブンの脚に装着した受信装置が、偶然この電波を拾ってくれたからだ」
「そうなのか……」
エリオが、安堵の息を漏らした。
ヒロノゼウスは端末へ視線を落とし、数値を一つひとつ確認した。
そして、静かに告げる。
「これまでの観測では、瘴気は人の恐怖や混乱といった感情反応が強まった際、同時に検出されています。我々が必要以上に怯えなければ、瘴気に存在を察知される可能性も低い。今のところ、この場に異常な心理波形は出ていない」
その声は冷静で、場を鎮める力を帯びていた。
そのとき、イザリオが一歩前に出た。
「王宮へ戻る」
その声に、迷いはなかった。
「リヴァンをこのまま見過ごすわけにはいかない。父上の側で、真実を確かめる」
その言葉に、異を唱える者はいなかった。
ヨナクル島の港。
イザリオたちが桟橋へ向かっていると、港の一角から、南国を思わせる明るい旋律が島中に響き始めた。
「王子様! 王女様! こっち、こっち!」
子供たちの声が響く。
イザリオたちは、子供たちに誘われるまま、港の広場へと案内された。そこには、西の島エルフィオンの女性村長セレナと、ヨナクル島の村長が立っていた。
「イザリオ様。お願いがございまして。新国王ご就任を、ささやかではありますが、私たちでぜひお祝いさせていただきたいと、両島の村民から声が上がりまして。少しだけお時間をいただけますか」
セレナが頭を下げた。
「ありがとうございます。皆さんの温かいお気持ち、ありがたく頂きます」
イザリオは深く頭を下げた。
広場には花飾りが掲げられ、いくつものテーブルには、島の人々が用意した果物や菓子が並べられていた。
正面の演台には、二つの机と椅子が用意されていた。イザリオとエルファーナは、促されるままにそこへ座った。
一人の島の子供が、少し緊張した面持ちでマイクを握る。
「これから、イザリオさまの、しんこくおうそくいしきを、おこないます!」
会場に大きな拍手が沸き起こった。
「まずは、けいしょうのあかしである、おうかんと、おうのつえを……じゅ、じゅよします!」
言葉に詰まりながらも、子供は一生懸命に読み上げた。
島の子供たちが中心になり、大人も手伝って作った王冠が運ばれてくる。蔓に色とりどりの石や浜に打ち上げられた水晶の欠片を集めて作ったものだった。
続いて、古木を加工した王の杖が運ばれてくる。そこには色貝やサンゴが飾られていた。
二つとも、実際の王位継承の証として代々受け継がれるものだった。島にある素材を集め、島の人々が心を込めて作り上げた、立派な王冠と王の杖だった。
そして何よりも、そこには素材の輝きだけでは表せないものがあった。子供たちの憧れと、大人たちの願い。島の人々が新しい王に託す、温かな想いが、手作りの王冠と王の杖に込められていた。
一人の子供が、王冠と王の杖をお盆に載せ、ゆっくりとイザリオの前まで運んだ。
そして、小さく一礼する。
「どうぞ、お受け取りください」
イザリオは笑みを浮かべ、王の杖を受け取った。
続いて、花輪を首にかけてもらい、椅子の後ろに回った子供から王冠を戴せてもらう。
会場から、再び大きな拍手が沸き起こった。
「どうもありがとう」
イザリオは、戴冠してくれた子供に優しく声をかけた。
子供は嬉しそうに笑った。
「つぎに、エルファーナさまには、はなかざりのブローチを、じゅよします!」
今度は女の子が、綺麗な花飾りと島の真珠をあしらったブローチを運んできた。
「しつれいします。これを、お受け取りください」
女の子は少し緊張しながら、慣れない手つきでエルファーナの胸元にブローチを付けた。
「ありがとう。大切にするね」
エルファーナが微笑むと、女の子も嬉しそうに笑った。
壇上に上がった島の子供たちが、イザリオとエルファーナのほうを向く。
「しんこくおうへいか、ごそくいおめでとうございます!」
一人の子供がマイクに向かって声を張り上げた。
続いて、大人たちも声を合わせる。
「新国王陛下、ご即位おめでとうございます!」
「おめでとうございます!」
三度の祝福の声が、港いっぱいに響き渡った。
その声は、まるで赤黒い瘴気さえ吹き飛ばしてしまうかのような力強さだった。
軽やかな音楽が流れる中、再び大きな拍手が沸き起こる。
島民たちの祝福を受けるイザリオとエルファーナを、少し離れたところから見つめていた、ロスクはすでに涙腺が崩壊していた。
「これを陛下とお妃さまがご覧になったら、どんなにお喜びになることでしょう……」
ロスクが鼻をすすりながら言った。
「ルーネ……鼻が詰まった。ティシュをくれないか……」
しかし、ルーネから返事がない。
「……おい、ルーネ」
「イザリオ様とエルファーナ様の成長を、何よりも望まれていましたから……」
ルーネは声を詰まらせながら、流れ落ちる涙をハンカチで押さえていた。
「……お前も泣いているのか」
「ロスクさんもでしょう」
「……」
二人は顔を見合わせた。そして、二人はまた涙を拭った。
その少し離れた場所で、ヒロノゼウスは静かに海を見つめていた。
『ヒロ、お前が泣くのは、あの日以来じゃないのか』
『セブン。俺だって人間だ。だが、人前で泣き顔を見せるのは恥ずかしいから、こうしてカモフラージュしているのだ。察しろ』
『はい、はい。わかっているよ、相棒』
ヒロノゼウスの横で座っていたクルサが、ゆっくりと立ち上がった。そして、イザリオとエルファーナのもとへ歩いていく。
クルサは二人の前で立ち止まると、首を傾け、尾を揺らした。
それがクルサなりの、精一杯のお祝いだった。
その姿に、エルファーナが微笑む。
「ありがとう、クルサ」
「新しい国王陛下の誕生を、みんなでお祝いしましょう!」
モンスター使いのサラが、明るい声を上げた。
たちまち、広場から歓声が沸き起こる。
軽快なリズムの音楽が流れ始めると、サラが楽しそうに踊り出した。それを合図にしたかのように、島民たちも次々と踊り始める。
子供たちが手を叩き、大人たちも笑顔で輪に加わっていく。イザリオとエルファーナは、笑顔で手拍子を送りながら、その様子を眺めていた。
「イザリオ様も! エルファーナ様も!」
子供たちに手を引かれ、二人も踊りの輪へと加わっていく。
夕暮れの港は、いつしか笑顔と音楽に包まれていた。二人は島民たちとともに踊り、時間の許す限り、その温かな祝福を受け続けた。
やがて、日も落ちようとしていた。
セレナがマイクを握る。
「島民の皆様。この度は、本当にありがとうございました。日も傾いてまいりましたので、これをもちまして、お開きとさせていただきます」
「セレナ村長。一言挨拶させてください」
イザリオがマイクを握った。
「皆さん。今日は心温かい祝福をいただき、本当にありがとうございました」
イザリオは、自分の頭に載せられた王冠と、手にした王の杖を見つめる。
「この王冠と王の杖は、本物と同じように大切にします。そして、必ず、ここに戻ってきます」
会場が静かになった。
「島が日常を取り戻せるように、私はこれから王宮へ戻ります。また、島の皆さんに会いに来ます。どうか、希望を持って過ごしてください」
大きな拍手が起きた。
やがて一行は、桟橋へと移動した。
「この度は、村民の避難に格別のご配慮をいただきまして、誠にありがとうございました。また、村民一人ひとりに激励と希望のお言葉を丁寧におかけいただきましたこと、心より御礼申し上げます」
セレナが深く頭を下げた。
「我々も、西の島エルフィオンの復興に寄り添います。この先も、どうぞお気をつけてお進みください」
ヨナクル島の村長は深く頭を下げた。
「お二人とも、よろしく頼みましたよ」
イザリオが二人と固く握手を交わした。
その後ろでは、子供たちが手作りの国旗を振っている。
「王子様、また来てね!」
「王女様も!」
エルファーナが笑顔で手を振る。
「はい。必ず戻ってきます。皆さんも、お体を大事にして過ごしてくださいね」
その声に、再び歓声が沸き起こった。
出航準備を終えたオルシオンが、低い駆動音を響かせながら、ゆっくりと岸を離れていく。イザリオとエルファーナは甲板に立ち、港に向かって手を振り続けた。
どこからともなく声が上がった。
「イザリオ新国王陛下、ご即位万歳!」
「万歳!」
それに呼応するように、港中から声が上がった。
「万歳!」
「イザリオ新国王陛下、ご即位万歳!」
何度も何度も、歓声が夕焼けの海へと響いていく。やがて、オルシオンは風を裂き、波を砕きながら速度を上げていく。白い航跡が、夕焼けの海に一本の道を刻んだ。甲板に立つイザリオは、遥か彼方にある王都を見据えていた。
(もう、引き返すことはできない)
赤黒い眼を宿したリヴァンが待つ王都へ――。
イザリオたちは、運命の航路へと踏み出した。
須古星 れい
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ばたっちゅ
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コメント
1件
うわ、今回めっちゃ緊張した…!記者会見でカザン(カスパー)がリヴァンに切り込む場面、手に汗握ったわ。あの赤黒い瞳の描写が不気味で、リヴァンの本当のヤバさが伝わってきた。一方で後半のヨナクル島の祝福シーンにはもう胸が熱くなったよ…子供たちが作った王冠と杖、あれだけで泣ける。ロスクとルーネが一緒に涙してるシーン、じわったわ。ヒロノゼウスが海を見ながら「カモフラージュ」って言うのもグッときた。祝福の温かさと王都に迫る闇のコントラストが凄かった!