二人が乗った車は島の内陸部へ向かって走り出した。
「どこへ行くの?」
行き先が気になった理紗子が健吾に聞くと、
「まあまあ、もうすぐ着くから」
健吾はただそう言うだけで、どこに行くかは教えてくれなかった。
仕方なく理紗子は窓の外へと視線を向けた。
(このやわらかい風、緩い景色、のんびりとした島時間ともいよいよ明日でお別れかぁ)
理紗子は少し感傷的な気分に浸りながら景色を見つめた。
やがて車は緩やかな坂道を上り始めた。しばらく上り続けると開けた場所に出た。
標識を見るとダムの名前が書かれている。
「ダム?」
「そう、ここは石垣島にいくつかあるダムのうちの一つだよ」
健吾はにっこりと笑った。
それから二人は車を降りた。
駐車場には街灯が整備されていたので、暗闇の中でもダムがうっすらと見える。
二人はダムを囲う柵まで歩いて行く。
「上を見てごらん。これが太古の昔の人々が長い夜に楽しんだものだよ」
理紗子が顔を上げるとそこには満天の星が広がっていた。
無数の星が宝石のように輝いている。うっすらと天の川も見えた。
どの星も東京の星とは比べ物にならないくらいの強い輝きを放っている。
「うわぁ綺麗! 星の数が凄いわ。市街地から近くてもこんなに見えるのね」
「ダムがある場所は少し高くなっているから街明かりが遮断されるんだろうな。思っていた以上に綺麗だ。来てみて正解だ」
「ここからは星が綺麗に見えるって知ってたの?」
「いや、今朝フロントで聞いたんだよ。近くで星が綺麗な場所はどこかってね。そうしたらここを教えてくれたんだ」
理紗子は健吾がわざわざこの場所を探してくれたのだと知りなんだか嬉しくなった。
こんなちょっとしたサプライズが女性は嬉しいのだ。
思い返してみると、弘人からはこんなサプライズは一度もなかった。
心に残るようなデートもロマンティックなシチュエーションも、今思い出すと特に何もない事に気づいた。
(私は弘人と付き合っていた数年間、大事にされていたのだろうか?)
その問いかけに『YES』の答えはないような気がした。
理紗子が物思いにふけっていると健吾が聞く。
「何を考えてた?」
「うん、こういうのって嬉しいなって思って……」
「こういうの?」
「うん、サプライズみたいなの」
「この程度はサプライズとは言わないだろう?」
「ううん、サプライズだよ」
「そっか。それなら良かった」
「うん。こういうのって、あまりしてもらった事がないから嬉しかった」
理紗子はしみじみ言うと顔を上げて星空を見つめた。
「ケンちゃんが波音を瓶詰にして持って帰るなら、私はこの無数の星を宝石箱に入れて持ち帰りたいな……」
呟くような理紗子の言葉に健吾のキュンと疼く。
しかしそれを悟られないように健吾は明るく言った。
「おっ、それは俺のフレーズのパクリだな! 立派な盗作だ!」
「違うよ、パクリなんかじゃないもん」
「いや、完全なるパクリだな。あーっ、大先生がパクった!」
健吾はそう言ってニヤリと笑った。
理紗子は悔しくて健吾の腕を叩く。
「違うってばーもうっ!」
パシパシと健吾の上着の袖部分を叩き続けていると、突然健吾がその手を掴んだ。
両手を掴まれた理紗子は、健吾と向き合う形で動きを止められた。
そこで二人の視線が絡み合う。
健吾はとても優しい表情をしていた。
(そんな瞳で見つめられたら……)
理紗子は恥ずかしくなり思わず目を逸らした。
すると健吾が、
「フッ、俺の勝ちだな」
と言ったので理紗子はしまった! という顔をした。
「騙したわねー! こらーっ!」
理紗子は声を出して笑いながら、掴まれたままの両手を使ってまた健吾の腕を叩こうとした。
その瞬間両手がグイッと強く引っ張られ、理紗子の身体が健吾の腕の中にすっぽりと収まった。
理紗子はびっくりして目を見開いた。
(えっ?)
声を出そうとした瞬唇が塞がれたので理紗子は何も言えずにいた。
最初はとろけるように優しかったキスが、徐々に熱を帯びて絡みつくようなキスへ変わる。
その激しさに理紗子の口から、
「んっ……」
という吐息のような音が漏れた。しかし健吾はキスを止めなかった。
理紗子は身体中から力が抜けていくような感覚に襲われ、思わずふらついく。
その身体を健吾の両腕がしっかりと支える。
理紗子は強く抱き締められたまま健吾からのキスを受けとめるのに必死だった。
(これも偽装恋人としての行為なの?)
ぼんやりとした頭で理紗子は一生懸命に考える。
しかしその思考は徐々に消え去り、ただ流れに身を任せるだけだった。
辺りの草むらからは、賑やかな虫の音が響いていた。
夜空には無数の星が輝き辺りを照らしている。そして少し湿った9月の風が、二人の頬をそっと撫でた。
まるで時が止まったかのように、二人の影はずっと重なり合ったままだった。
コメント
4件
理沙ちゃんはこのキス👩❤️💋👩が偽装恋人としてのキスだとしたら悲しくない⁉️きっと健吾も同じ気持ちだよ🥴 これまでとは違う2年前から惹かれてたかわいく魅力的な理沙ちゃんに、やっと(ふざけながらも)自分の思いを込めてダム の綺麗な夜空🌌の下で意を決してキス👩❤️💋👩できた健吾✨✨😉💓 これから最後の夜にふさわしい出来事が待ってますように🌃👩❤️💋👩💞
健吾溢れる気持ちを抑えられなくなっちゃったね〜。理紗子ちゃん可愛すぎるもん💠 星空の中のダムでの2人の情景が目に浮かびます॰˳ཻ̊𖤐 ॰˳ཻ̊⭑ ॰˳ཻ̊✩ 後もう少し、2人だけのステキな時間を過ごして欲しい(ꈍᵕꈍ)♡♡
理紗子ちゃんを怖がらせないように気遣い ふざけたりリラックスさせながらも、 ムードたっぷりに じわじわ攻めていく健吾さんに ドキドキ ズキューン....😍💘💘💘✨ 二人の最後の夜に相応しい✨美しい星空の下のキスにウットリ....💏♥️🌠✨