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「明智のくせにいいところにすんでやがる」
「え~オレと住んでるんだから、いいじゃん!」
とあるマンションの部屋の前で、俺はこの扉の向こうにいるであろう明智に対して悪態ついた。
俺達が住んでいるマンションよりも数万円高そうな所で、しかも事務所としてそこを使っているのだというから、きっと中も広いに違いない。空のいったとおり、空との生活には不満はないが、もしもっと稼いでいるのであれば、俺も空と一緒にこれくらいのマンションに住めたのかと思う。だが、スタート地点は一緒だったはずだ。
「つか、本当にここにいるのかよ」
「ん~サイトにはそう書いてあるから、そうじゃない?」
「不確かなのかよ」
「そんなこと言わない! でも、ミオミオだってハルハルに会うの楽しみにしてるんじゃない?」
「そ、それは……」
きっと目が泳いだ。そしてそれを空にバレただろう。空はクスクスと笑いながら俺の背中を叩いた。
空が朝食後見せたとある探偵事務所のサイトには、確かに明智の文字があり、「明智春」という探偵がそこの所長をやっているらしい。俺の知る限り、「明智春」などいう人間は一人しか思いつかないし、もしこれが違ったらかなり恥ずかしい。だが、俺の感がこの探偵は明智だと言っている。そうに違いない。
ソワソワと落ち着けないのは、空のいったとおり俺も明智に会いたいからだろう。
「そうだ、ミオミオ。今日は合コンの日だったじゃん」
「あーそうだったか。結局ドタキャンと、都合悪くて人数揃ってないからハルハル呼ぼうよ」
「いや、彼奴……いいや、別れてるかも知れねえしな!」
もうかれこれ、十年経つだろう。明智の恋人は海外から帰ってこなくて別れたって言う可能性もある。だから、一人虚しく探偵でもやっているんじゃないかと。そうだったら、今日の合コンに誘わない理由はないと思ったのだ。
(別に、俺も出会いを求めているわけじゃねえけど)
仕事の付き合いというか、もし空よりもいい人を見つけられたら……何て期待もある。きっと見つからないだろうけど、運命という奴に賭けているのだ。そうしたら、本当に空とは親友になれると思ったから。
俺は、取り敢えず呼吸を整える。こんなに緊張することは久しぶりだと。
人差し指で一度玄関のチャイムを鳴らす。一度では出てこなかったため二度目と押すと、扉の向こうからパタパタと足音が聞えてきた。
「はーい、どちら様ですか?」
「よお、久しぶりだな。明智」
「……た、高嶺か!?」
「オレもいるよ~久しぶり、ハルハル」
「颯佐まで……」
扉が開かれ、待ち望んでいた人物が顔を出した。少し髪が伸びたようにも思えるが、二年前と変わっていない明智がそこにいた。バカみたいに、俺達がここにいることが信じられないみたいな顔をして、腹を抱えて笑いたくなった。サプライズは成功したようだ。
「は、はあ? 何でお前らがここに?」
「そりゃあ、依頼だよな。空」
「勿論、依頼だよ。警察学校時代の同期、明智春っていう警察官を探して欲しいっていう依頼をしにきたんだ」
そう言うと、明智の顔が一瞬険しくなる。
「そいつは死んだんだ。もういねえよ」
「いるじゃねえか、目の前に。明智春っていう男は」
「なら、依頼は終わりだ。明智春って男はいても、警察官の明智春はもう何処にもいねえんだよ。帰れ」
「ハルハル、矢っ張り警察やめてたんだ」
と、空は言う。
探偵をやっていると言うことは、イコール警察を辞めたと言うことになる。連絡がつかなかったのはそのせいか。だが、あれ程警察を目指していた明智が何故警察を辞めたのか、二年の間に何があったのかは知りたかった。そのために来たって言うのもある。
だが、そんな問いかけに対しても、何処か落ち着かない様子で、明智は扉の後ろを気にしていた。せっかくの再会なのに、俺達に今すぐに帰って欲しいというような様子に、苛立ちを覚える。胸倉を掴んでやろうかと思ったその時、ぬっと明智の後ろから一人の男が現われた。
「春ちゃん、どうしたの?」
「げっ、神津……」
見つかってしまった……そんな顔を、明智は後ろから現われた男に向けていた。男は、明智にそんな顔を向けられても尚、キョトンとしたように首を傾げている。明智よりも数㎝高いだけなのだろうが、やけに大きく見えるそいつは、ハナもシュッとしていて、亜麻色の髪は、たらんと三つ編みにしている。おまけに澄んだ若竹色の瞳をしていて、次元の違う顔立ちをしていた。モデルかと一瞬思ったが、明智はそういうのに興味がないため、芸能界とは繋がりはないだろうと勝手に決める。
だが、一体此の男は誰なのだろうか。
(知り合い? にしては、何だか……違うような気もすんな……それに、明智の白々しい態度、いや焦ってるっつぅか、なんつぅか)
見たことの無い明智の顔に、俺は驚きを隠せなかった。
俺の中で可愛いは空が一番だったため、今の明智を見ていると明智ってこんなに可愛かったか? と思ってしまう。いや、それでも俺の中の可愛いは空なのだが。
そんなことを考えていると、ふと亜麻色の髪の男と目が合った。
「春ちゃん誰? 依頼人?」
端整な顔立ちとは裏腹に、その潤った唇が開かれ、放たれた言葉は嫉妬を含んだ黒く、思わず背筋がゾッとするようなものだった。