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「ふーん、元プロのピアニストねぇ。つか、空お前ピアノとか聞くのかよ」
「失礼だなあ、ミオミオは。聞くよ。まあ、頻繁にではないけど……でも、神津恭って有名だよ。あの若さで海外のコンサート開けるぐらいの」
ガヤガヤとする店内。
あの後、一応明智の住む兼、探偵社にあげて貰い昔話に花を咲かせることもなく、ただ自己紹介をしただけで大半が終わり、あの亜麻色の髪の男が明智の言っていた幼馴染みで恋人の神津恭だということを知った。ネットで調べてみれば、もうゴロゴロと神津の記事はでてきて、あまりにも有名人過ぎて、そんな奴の幼馴染みである明智がハイスペックなのも何となく理解できた。
この言い方をすると明智は嫌がるだろうし、何処か明智は神津に劣等感を感じているような所もあったため、絶対に口にはしない。だが、類は友を呼ぶとか何とかだったか……いいや、下手なことを言うのはやめて、ただその元プロのピアニスト有名人の隣に立てる明智は矢っ張り凄い奴なんだと思った。だが、そんな明智も神津に押されていた。
(よかったなぁ、愛しの恋人が戻ってきて)
フラれた記念に合コンを、と思っていたのだが恋人は健在だし……でも結局人数あわせの兼ね合いで空の強引な押しもありついてきて貰うことになった。まあ、反応は予想通り最悪だった。そりゃ、好きな奴が恋人がいるのに合コンに連れてこられているのだから嫌な顔をするのも無理ない。
だが、それとはまた別にどうも浮かない様子の明智がいた。
明智は酒が弱いようで、ちびっと子供みたいにビールを口に含むと眉を寄せて苦いというように舌を出す。それを隣で恋人である神津は笑っていたが、すぐに神津は俺達が集めた女達に囲まれ、明智は蚊帳の外へと追い出される。神津はそんな明智を構う様子もなく、あったときと変わらない大衆向けの貼り付けたような笑みで喋っていた。あれは、勘違いされそうだな、と見ていてイライラした。
明智が可哀相に思えてきた。
(久しぶりに会うのに、すげえ悪ぃことしたきがした)
罪悪感はあった。ダチにこんな顔させちゃいけねえだろうって、けれど、どんな言葉をかければ良いかも分からずに、俺は取り敢えず二年前のノリで明智に話し掛ける。
「何だよ、嫉妬してんのか明智」
「………………なわけねえだろ」
「なら、その間は何だよ」
俺達とは目も合わせず、横目で神津を見るばかりだった。すっかり変わっちまったなあと思うと同時に、本当に可哀相に思えて、明智にもこんな弱いところがあったのかと、俺達の知らない一面を見て、少し寂しく思えた。
(どんな言葉をかけてやるのが正解なんだ?)
バカな俺じゃ、明智の欲しいような言葉をくれてやることは出来ないだろうと思った。十年も離れていたんなら、きっと思いがすれ違っているんだろうとか、もしかしたらレス期か? など色々想像は浮かんだ。だが、かけてやる言葉だけは浮かばなかった。
「お前の恋人ほんとモテるな。プロのピアニストだっけか?」
「ああ、実際見たことねえけど」
「ええ!? すっごく上手いんだよ。神津恭の演奏って! 日本人で、それもあの年であれだけ弾けるってすっごい一時期有名で、数ヶ月前にいきなり姿を消したって話題になってたんだけど。ハルハル知らないの?」
「さあ。子供の頃から上手かったかし、彼奴の母親はプロのヴァイオリニストだしな。そういう血を引いてるんじゃねえ?」
「おいおい、自分の恋人のこと何も知らねえのかよ」
空のうんちくに近い話しも、明智は興味なさげに言った。自分の恋人のくせに、何も知らねえ明智は不思議だったが、もしかしたら離れている間、悲しくならないようにと神津の事を考えないようにしていたのかも知れない。俺はそう結論づけた。
だが、互いを知っておいて損はないと思う。離ればなれになっていたら尚更だ。
(明智に、暗い顔は似合わねぇよ。俺だったら、恋人じゃねえけどダチとして笑顔にさせてやれるんのに)
テーブルの下でグッと拳を握った後、俺は頬杖をつく。
「何か、お前ら名前だけの恋人って感じだな」
「ちょ、ミオミオそれは不味いんじゃ……」
「あ?」
空に制止されたときには時既に遅しだった。
口からぽろりと零れた言葉は、明智にとって痛い以外の何でもなく、傷つけたか見津を許さねえとか思ったくせに、自分から傷つけてしまったのではないかと。空に言われて、我に返り、明智を見れば哀愁漂う表情で、何処と無く切なげで苦しそうな瞳で神津を見つめていた。
「そう、かもな……」
「いや、明智……俺は」
訂正しようと言葉を探したが、探せば探すほどフォローも何も出来ず、俺はあたふたと明智の前で手を振ることしか出来なかった。そんな俺達のことなど気にも留める様子もなく、神津と女達はわいわいと騒いでいる。全く独壇場だと思いつつ、どうにか明智にいった言葉を訂正しようとすれば、明智はバッと起き上がり、苦手なはずのビールを一気に飲み干した。
「んな、ハイペースで飲んだら!」
ばっか、こいつ、正気失ってる。と、思ったが、止めることはできなかった。
さっきの失言が悪かったんだろう……かなり罰が当たった。
「いい、お前が介抱してくれないなら、高嶺にしてもらうから」
「お、おい、俺は酔っ払いの介抱なんてしねえぞ!?離れろ、明智!」
ヤケ酒した明智は、たったビール一杯で酔っ払っちまって、完全にできあがった明智は神津に構って貰えないからと言って俺にすり寄ってきた。そこに恋心も好意も何もない。ただただ虚しさを埋めるような、慰めて欲しいとでも言うような幼稚な態度に、俺は動くことが出来なかった。明智が酒に弱いことを知ったため、もう二度と飲ませない方がいいと思いつつも、介抱もしてやらない恋人である神津にまた苛立ちが積もる。
「んだよ、神津」
「春ちゃん、引っ付くなら僕だけにして」
そう言いながら、おいで。と手を広げる神津。
どうも、俺は神津が苦手だった。だが、此奴に何をしてもかなわないような気がして、喧嘩をふっかける気にはなれなかった。だが、ダチである明智を泣かせるのであれば、此奴は明智の恋人を名乗る資格がない思う。
(つか、何か俺やけになってんなぁ……)
明智のことを知っていたようで何も知らなかった。その不甲斐なさや、寂しさ。俺達よりも矢っ張り恋人のことが大切なのかと実感させられた事による敗北感か。
それとも――
「いーやーだ、神津はそっちの女性達と仲良くすれば良いだろうが。俺は、高嶺と颯佐と仲良くするからー」
「うわぁ~巻き込まれ事故」
だだっ子のように、明智は俺と空に助けを求め縋り付いてきた。その様子は子供そのもので、多分酔っ払っちまってて何も考えられないのだろう。ちらりと、神津の顔を見ればそれはもう、イケメンがしてはいけないような真っ黒な顔に染まっており、正直背筋と胃がキュッとなった。そんなに嫉妬するなら初めから、女達に絡まれたときに何も答えなきゃ良いのに。だから、明智は勘違いしてしまうんだろうと。
どうやら、明智は恋に関しては奥手で不器用らしい。
そういえば、電子機器の扱いも不器用だったと、人間らしい一面も持ち合わせていたことに気がついた。と言っても二年前の話で、それ以外は本当に完璧な男だった。だからこそ、そんな男の弱いところを見せて貰っている……ということは、信頼されているのではないかと思った。明智は孤高な存在だったから。
「みお君」
「……俺は悪くないからな」
よいしょ。と、神津は明智の腕を引っ張って立ち上がらせた。明智は、スッと俺の方を向いたが、涙目で助けを乞うているようだった。
もしここで、神津にお前らが悪い。何て言われたらどうしようかとヒヤヒヤしたが、俺達の事なんて眼中にないのか神津は明智だけを見つめ、肩を抱くと一瞬だけ俺の方を向いた。
「分かってるよ。ごめん、僕達帰るね。春ちゃんの分も僕が払うから。空気悪くさせちゃってごめんね」
「まあ、今回の場合明智が悪い気が……」
いいや、悪いのはお前だ。とは言えないため、取り敢えず場をどうにかするためにそういう。すると、空が後ろから足で蹴り「蛇足だ」とでも言わんばかりの視線を感じる。
目を合わせるのも怖くて、億劫で、俯いていれば神津が一枚の紙を俺に向かって差し出した。何かと見てみれば、そこには数字と英語の羅列があった。
「俺の連絡先。また、探偵事務所訪れるからそん時はよろしくな。今回の謝罪もかねて」
と、にこりと紳士のように微笑むと神津はお金を机において明智と共に店の外に出て行ってしまった。あの後、明智と神津がどうなるのか気になったが、別れる、何てことにはならないだろうかと、少しひやりともした。彼奴らに限ってそんなことはねえだろうけど、もしそうなったら、今度こそ、しっかりした合コンに誘おうと思った。
そうして、二人が出て行った後女達の方に目を向ければ完全にしらけてしまったのか、飽きてしまったのか。神津狙いだった女達も多かったらしく、彼奴が出て行ったことでムードは駄々下がりで、結局はお開きにする事になった。盛り上がったわけでもなく、俺は集まった女達とも喋れなかった。まあ、好みの奴もいなかったし、雰囲気だけ楽しんだだけだった。
「ミオミオ飲み直す?」
「んん? ああ、家でなら」
「おっ、珍しい」
店の外で、帰りのタクシーを捕まえるまで俺は空と話すことにした。
空は、なるべく先ほどの話題に触れないようにしてくれているのか、飲み直そうとか、残念だったね、とか……そういう話をしてくる。でも、俺が聞きたいのは明智と神津は、空から見てどうだったのかと言うこと。俺は、意を決して聞いてみることにした。
「なあ、空」
「何? ミオミオ。お腹空いた?」
「じゃなくて……その、明智とさ、神津。お前から見てどう思う?」
「どうって……うーん、そうだな。上手くいってない、かな」
と、空は言う。やっぱりそうなのかと、思ったと同時に、俺達は上手くいっているよな。などと、自分たちに置き換えてしまった。
あっちは、恋人同士、こっちは親友同士。同じ幼馴染み同士でも関係性が全く違うと、比べるまでも置き換えるまでもないと思った。
確かに、神津は完璧だし、あのルックスと、スペックとその他諸々できっと家事とかも出来るんだろうなっていう誰もがうらやむような人間だが、果たして明智と合うかどうかだ。そもそも、十年も離れていて、未だに心が繋がっているとかそんな幼稚なこと言っている場合でもないだろうし。一緒にいないと思いは薄れるものじゃないかと思った。
それに、俺だったら十年など耐えられない。
「ミオミオ」
「んだよ、空」
「何か機嫌悪ーい?」
「いや、そんなことねえし……つか、何だよ」
「ううん、矢っ張りちょっと飲み直そっか」
そう言って、空はにへらっと笑って俺の手を掴んだ。