テラーノベル
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揺れは、終わらなかった。最初の衝撃は、合図に過ぎなかったのだ。塔の内部で何かが、確実に壊れ始めている。床下から、低く、不快な軋み音が伝わってくる。それは崩落の音ではない。構造そのものが支えを失っていく音だった。神石が鎮座していた台座。そこは、単なる安置場所ではない。
心柱を上部から抑え込み、重力とエルフエナジーの揺らぎを安定させる ハイブリッド固定点。その機能が、今、完全に失われている。
心柱が、わずかに浮いた。見えないはずの“中心”が引き抜かれたような感覚。
「くそっ……
神石が消えたら、塔そのものが崩壊する構造だったとは……
完全に想定外だ……」
ザルガンの声が、わずかに震えた。
「ザルガン、諦めるな! 生きて脱出するぞ!」
「ああ……分かっている」
次の瞬間。塔のエネルギー循環軸が、内部から、鈍い音を立てて破断した。床が沈み、壁が波打ち、天井が悲鳴を上げる。崩壊は連鎖として進行していた。
ザルガンは、荒く息をつきながら頭を回転させる。
(外側の非常階段は、塔が傾いて危険だ。中央監視室のエレベーターは……停止しているはず。内階段では、おそらく間に合わない)
一瞬の思考の末、ひとつの答えに辿り着く。
(非常用シェルターへ退避。残ったエネルギーを掻き集め、
島の港街へ――座標固定の短距離転送)
成功率は、高くない。だが、他に選択肢はなかった。
「アルディン……! 中央監視室のシェルターに避難する!」
「おい! 非常用シェルターに入っても、瓦礫に押し潰されて終わりだぞ!」
「いや……!」
ザルガンは、はっきりと言い切った。
「電源が生きていれば、転送装置を起動できる。外の世界へ脱出するんだ!」
ザルガンは、揺れる床を蹴り、崩れかけた通路へ踏み出した。
――その瞬間。
足元が、ずれた。
「……何っ!」
床材が割れ、破断した構造材が露出する。重力の向きが一瞬、狂い、身体が前へ持っていかれた。
(まずい……!)
踏み出した足が思うように前へ出ない。瓦礫に足を取られる。
「くそっ……!」
膝が床に叩きつけられ衝撃が骨を打った。
「ザルガン!! 立て!! 死にたくなきゃ来い!!」
アルディンは瓦礫に膝をついたザルガンを腕で抱え上げるように引き起こした。だが、ザルガンの呼吸は荒く、足はもつれ、何度も崩れた床に躓く。
桜城
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#恋愛
ばたっちゅ
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#ファンタジー
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「すまん……足が……」
「いいから走れ!! お前を置いてくわけねぇだろうが!!」
アルディンは迷わず、自分が履いていたエルフブーツをザルガンに押しつけた。
「ほら、これ使え! 反発力が、まだ残ってる!」
「お、おい……!」
「文句はあとだ! 立て!」
アルディンはザルガンの腕を肩に回し、半ば抱えるようにして走り出す。二人は互いの体を支え合いながら、崩れ落ちる塔を必死に下っていった。頭上で、低く、嫌な音が響く。
心柱が――軋みながら、沈んでいく音だった。
「ザルガン、急ぐぞ!」
「ああ……生き残る確率は不確かだが、諦めなければ、上げられる」
赤い閃光が階段を照らし、折れた梁の影が地面を裂くように走る
生き残れる保証など、どこにもない。
天井から瓦礫の雨が降り注ぐ中、崩れたステップを飛び越え、二人は階層を駆け下りた。鉄骨は捩れ、石壁は剥がれ落ち、塔内は赤光に満ちた地獄と化していた。そして、配線がむき出しになった中央監視室へ、二人は、転がり込むように辿りついた。
天井から火花が散り床は波打つように揺れていた。中央監視室の奥。厚い隔壁の向こうに、非常用シェルターがあった。
ザルガンは、よろめく足を引きずりながら制御盤へ駆け寄る。ディスプレイが点灯し、薄暗い室内に青白い光が走った。
《非常用システム 起動》
《独立電源 残量:12%》
《物資転送装置 待機状態》
数字を見た瞬間ザルガンは下を向く。
「……少なすぎる」 塔が、再び大きく軋んだ。
「通常手順じゃ、間に合わない。安全制御を切って……強制転送しかない」
アルディンが短く息を吐く。
「要するに、賭けか」
「ああ。成功率は……三割だ」
警告音だけが、時を刻む。
ザルガンは、一度だけ目を伏せ、次の瞬間、覚悟を決める。
《安全制御 解除》
《警告:転送精度 保証外》
「港街座標……強制同期、開始!」
《転送シーケンス 起動》
進捗バーが立ち上がった。
10%、20%――
数字が、ゆっくりと上がっていく。
――その最中だった。
非常用シェルターの中で、ザルガンの衛星通信端末が震えた。
発信者名はラマズド科学技術長官。
『ザルガン……! よくやった。こちらのシステムでも、バリア塔の鎮静化を確認した』
「父さん……! 神石は破壊した。だが、塔が崩れ始めている!
アルディンも無事だ……!」
シェルター外で塔が崩れる轟音が、通信回線を裂き、激しい電流音が混じる。
『ザルガン!? 聞こえるか! 無事に帰還――』
「父さん、必ず……帰る!」
通信が、途切れた。
アルディンもまた、震える手で懐から通信端末を取り出す。通信状態は不安定だ。それでも、どうしても、伝えたい相手がいた。祈るように、発信する。一度の呼び出し音。すぐに、応答が返る。
『……アルディン? 本当に……お前か?』
それは、マラー首相補佐官の声だった。抑えきれない驚きと、長い年月、胸の奥に閉じ込めてきた愛情が滲んでいた。
「……親父。塔が崩れている……でも、俺もザルガンも、まだ生きている」
『そう……か……生きて……いたか……。ずっと……心配していた。お前は不器用で、何もかも一人で背負い込む……』
「親父。悪かった……。俺は、謝りたかったんだ。事あるごとに、
厳しい躾をする親父を……ずっと避けて、反発して……すまなかった」
一瞬の静寂が、崩壊音の中で、奇跡のように浮かび上がる。
『生きて帰ってきてくれれば……それだけでいい。アルディン……
帰ってこい。いいな……』
「……ああ。俺もだよ。親父……酒、好きだろ。一緒に、飲もうや」
その言葉に、マラーの声が、わずかに震えた。
『ああ……お前の気持ちも考えず、厳しい躾をして……
すま……なか……』
そこで、通信は途切れた。
アルディンは、端末を胸に当てほんのわずかに笑った。
「やっと言えたぜ、ザルガン」
「言ったな。聞こえていたぞ、従弟のクセに、可愛げのあること言いやがって」
「うるせぇ……照れるだろ……!」
二人は、ほんの一瞬だけ、死を忘れたように笑い合った。
転送バーが、60%を示した。警告音が鳴り響く。
塔全体が大きく揺れ、非常用カプセルも左右前後に大きく揺れた。
「アルディン……間に合わないかもしれん。もうだめかも……」
「何を言っている! ザルガン諦めるな!」
次の瞬間、塔の底から、長年神石によって封じられていた赤黒い霧が、爆ぜるように噴き上がる。非常用シェルターの空気口から、それは侵入してきた。
「おい、ザルガン……この霧って……意識を喰らうっていう、あの寓話の霧か?」
「わからない」
赤黒い霧が、ゆらりと蠢いた。そして、次第に触手化し二人の足元に絡みついた。次の瞬間。脳を、内側から殴りつけられた。
「ぐっ……あ……あッ!!」
アルディンが膝をつき、頭を抱えた。脈を暴れさせ心臓が破裂しそうに打つ。そして、老若男女の悲愴めいた声。耳ではない。脳の奥に直接、流れ込む。
――努力しても、報われない!
――頑張っても、誰も見ていない!
――あいつばかり評価されるのは、なぜだ!
――世の中は不公平だよな!
――裏切られた!
――踏みにじられた!
――失敗を笑っているんだろ!
――浮気なんて、絶対に許せない!
――潰せ!
――消してしまえ!!
怒号が重なり、意味を失い、ただ黒い濁流となって意識を押し流す。それは、自分の感情ではない。だが、拒めない。
「やめろ……これは……俺の感情じゃ……ねぇ……!」
ザルガンもまた、歯を食いしばった。赤黒い霧は、二人の胸の奥を探るように脈打つ。
「ザル……ガン……逃げ……ろ……」
「無理……だ……アル……ディン……!」
二人は、互いに手を伸ばす。だが、視界が歪む。力が抜けた。指先は、ほんのわずかに届かない。身体が、もう動かなかった。内側から、焼けるような熱が全身に走る。アルディンの視界が赤と黒に染まる。朦朧とする意識の底で、最後の想いだけが、かすかに灯った。
「親父……約束は……ここまでだ……一緒に……酒……飲みたかった……」
赤黒い霧が、静かに二人を完全に包み込んだ。それは、炎のように揺らめきながら、音はない。その熱は身体の奥へと侵入し、心の底にかすかに残っていた、家族と向き合いたいという光さえも覆い尽くす。その光は、最後まで揺れながら、静かに赤黒い闇へと溶けていった。その刹那。転送バーは、100%を示す。塔と港町を繋ぐ、光の道が開いた。
【港町・西の塔地上エルフィオン観測所】
夜の埠頭に設置された転送ゲートが、突如として、起動音を響かせた。円環状の装置が淡く光り、空間が、ゆっくりと捲れる。
「来るぞ……」
当直観測員エリオ・ハーシェルが息を呑んだ。光の道が、完全に開く。塔とこの場所を繋ぐ門。だが。シェルターが現れない。
数秒。
十秒。
二十秒。
風が吹き抜け、光だけが、空しく揺れている。
「反応は?」
「ありません。転送質量、ゼロです」
もう一人の観測員カイ・ルメルが言った。
転送ゲートは、目的を失ったかのように、ゆっくりと光量を落としていく。そして、何事もなかったかのように、静かに閉じた。
残されたのは、夜の海の音と説明のつかない不安だけだった。
バキ!! ドン……ッ、ドドドド……ッ」
エルフィオン観測所全体が、内側から殴りつけられたように揺れた。
「カイ! 安全確保! ドア開けろ! 机の下に滑り込め!」
床が跳ね、天井の照明が激しく明滅する。壁際に固定されていたはずの計測機材が、悲鳴のような金属音を立てて震えた。縦にも、横にも、叩きつけられる。足元から伝わってくる振動は、断続的で、不規則だった。まるで、島そのものが軋みながら、何かに抗っているような揺れだった。やがて、揺れは収まった。
警報が、遅れて鳴り始める。赤色灯が回転し、観測室を不気味な色で染め上げた。ディスプレイには、震央、西の塔の座標が表示されていた。
「結界率……!」
当直観測員エリオは、反射的に計器盤へ視線を走らせる。表示された数値に、エリオは息を呑んだ。
エルフ・バリア結界率――0%
光圧振幅計の針が、振り切れることもなく、異様なまでにフラットを保っていた。
エリオとカイは外に出た。広がる異様な光景に、思わず息を呑んだ。巨大な赤黒い渦が塔の崩壊跡から空へと立ち上がっている。
蛇のようにそれは島全体へと伸び広がり、密林がざわめき、海は黒い波紋を描き、遠くの山々が、低い悲鳴をあげるように揺れた。島に封じられていた“闇”が、ついに、世界へと解き放たれたのだった。
二人は息を呑み立ちつくした。
カイはかすれた声で呟いた。
「バリア塔が、完全に崩壊した。世界が……変わる」
エリオはカイに指示をだす。
「ラマズド長官に緊急通報を!」
カイは観測所に戻り、震える指で通信回路を開いた。
「西の島〈エルフィオン〉、緊急事態。バリア塔完全崩壊。
結界消失、原因不明の赤黒い霧を確認。至急、ラマズド長官
応答せよ。応答せよ」
だが、返ってくるのはノイズだった。
次に衛星通信チャンネル。だが、これも通信ノイズで信号が入らない。回線が全部死んでいる。カイは、ゆっくりと端末を下ろした。
エリオの脳裏に、嫌な予感が走る。
「もしや、先ほどの転送装置の稼働。あれは、ザルガン博士が操作したものだったのか……?」
通信端末へ手を伸ばしザルガンを呼び出すが、だが、返ってきたのは、荒れたノイズで呼び出し音は鳴らなかった。
「エリオ、通信機器に異常なノイズが入り、全部だめだ……」
「島は孤立してしまった」 エリオは声を絞り出した。
遠くで重なり合うように異様な声が響いた。人ではない。獣とも、鳥とも、区別のつかない、島の生き物たちの悲鳴だった。
密林がざわめき、闇の奥から赤黒い霧がなおも濃く立ち上っていく。
観測所のディスプレイ表示が、新たな警告を叩き出す。
硫化水素濃度――上昇。
生体影響域、目前。
「エリオ、数値みてくれ、島から非難しないとヤバいぞ」
もう、誰かの判断を待っている時間は残されていなかった。エリオとカイは、互いに顔を見合わせ頷いた。
コメント
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第44話、めっちゃ重かった……! 塔崩落の緊迫感が凄まじくて、ページめくる手が止まらなかったわ。特にアルディンとお父さんの通信シーン、酒の約束にグッと来た。なのに最後のあの霧……おいおい約束はどうなるんだよ!って思わず声出た。転送は成功したのに二人の姿がなくて、孤立する島の絶望感が半端なかった。次回が気になりすぎて夜しか眠れない。