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第十章 白霧の彼方へ
第一話 旅立ちの日
皇城の上空には澄み渡る青空が広がっていた。
秋の少し冷たい風が吹く。
でもその風は不思議と新しい道へ背中を押すように、穏やかに遥か彼方へ流れていく。
ハヤト達はそれぞれ旅支度を整え、城の大扉を背にして馬の前に立っていた。
食料。
水袋。
毛布。
簡易結界石。
そしてシュンタが買い込み過ぎた大量の荷物。
「絶対こんな要らんやろ……」
ダイチが呆れたように呟く。
「旅を甘く見たらあかんのやって!」
シュンタは胸を張る。
「むしろ足りんくらいやわ!」
「どこに向かうつもりやねん……」
そんなやり取りを横目に、ジントは一頭の馬を見上げた。
大きい。
久しぶりに近くで見ると、思っていた以上に高く、力強い生き物だった。
自分とは違う世界の生き物のように感じる。
わずかに身を引いたジントに、
先に馬へ跨ったダイチが手を差し伸べる。
「ほら、行こ」
群青色の髪が揺れて透ける。
朝日を背にしたその姿が、やけに眩しく見えた。
ジントは少しだけ目を細め、おそるおそるその手を取る。
引き寄せられるようにして馬へ跨ると、自然とダイチの背中へ身を寄せる形になった。
揺れる感覚に、ジントの身体が小さく強張る。
その様子に気づいたダイチが、少しだけ振り返った。
「もっとしっかり捕まっとかなあかんよ」
低く落ち着いた声。
ジントは戸惑いながらも、そっとダイチの服を掴む。
「それやと落ちるって」
「……」
少し迷った後、ジントはおずおずとダイチの腰へ腕を回した。
その瞬間。
「……っ!」
ダイチの肩がぴくりと揺れる。
「なんや、ダイちゃん。ニヤついとるで?」
すかさずシュンタが口を挟んだ。
「うるさい!」
耳を赤くしながら返すダイチに、シュンタが楽しそうに笑う。
「いや〜? 朝から青春やなぁ思て」
「黙っとれ!」
ジントは何が起きているのか分からないまま、ただ困ったように目を瞬かせていた。
一方。
ジュウタロウは静かに白馬へ跨る。
銀髪を揺らしながら、雪原の騎士のような静かな気配を纏っていた。
その隣で、ハヤトが全員を見渡す。
「さて……準備はできたか?」
四人が頷く。
その時だった。
皇城の大扉の外に、二つの小さな人影が見えた。
「兄上ー!」
駆け寄ってきたのは、ハヤトの弟達——第二皇子と第三皇子だった。
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NAGI [さかもっさん]
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#恋愛
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「どうかお気をつけて」
落ち着いた声で頭を下げる第二皇子。
一方まだ幼さの残る第三皇子は、どこか拗ねたように口を尖らせた。
「兄上の分の仕事、ちゃんと残しておきますからね!」
「それは助かるな」
ハヤトが苦笑する。
けれどその目は、どこまでも優しかった。
「留守を頼むぞ」
そう告げる兄に、二人は力強く頷いた。
ハヤトは静かに前を向き、手綱を引いた。
馬がゆっくりと歩き出す。
城門を抜ける瞬間、朝の光が五人を包み込んだ。
眩しい光に目を細めながら、彼らは進む。
まだ見ぬ真実へ。
白霧山の先に眠る、月の一族のもとへ。
これが、五人の本当の旅の始まりだった。
ーーー
皇城を離れた一行は、帝都の喧騒を避けるため人目の少ない外れの街道を進んでいた。
朝露に濡れた草原を風が渡っていく。
帝都の賑わいは少しずつ遠ざかり、
代わりに馬の蹄の音だけが静かに響いていた。
やがて、巨大な南門が見えてくる。
厚い城壁。
重厚な鉄門。
帝国を守る最後の境界線。
門番達は、近づいてきたハヤトの姿を見ると、一斉に背筋を伸ばした。
「開門!」
低い号令と共に、重い扉がゆっくりと開いていく。
門番達は胸へ拳を当て、敬礼した。
ハヤトは静かに片手を上げ、軽く合図を返す。
そして一行は、帝都の外へと踏み出した。
門を抜けた瞬間、視界が大きく開ける。
遥か遠く、空を突き刺すような巨大な山脈が、白い霧を纏いながら連なっていた。
ーー白霧山。
その山を越えた先に、謎に包まれた月の一族の里がある。
「……いったい、どのくらいかかるんやろな」
ダイチが目を細めながら呟く。
前方を見据えたまま、ハヤトが答えた。
「ここから馬で進んで、急げば十日ほどだな」
「へえ〜、たった十日で山の向こうまで行けるんか!」
「山を迂回して東西の道を通る、となると、山の向こう側へ辿り着くまでひと月以上掛かる」
ジュウタロウが淡々と説明する。
「なるほどなぁ」
ダイチが素直に感心した声を上げる。
「オレら、ずっと徒歩やったからなぁ。馬まで出してもらえるなんてありがたいわ」
その時、シュンタがふと思い出したように口を開いた。
「そういや、白霧山のことで一個思い出した話あるわ」
「何だ?」
ハヤトが振り返る。
「商人仲間から聞いた話なんやけどな」
シュンタは前方にそびえる山を見上げた。
「白霧山の頂上に、なんか不思議な石があるらしい」
「石?」
ダイチが首を傾げる。
「詳しいことまでは知らんけどな。見たことあるやつもほとんどおらんやろうし」
シュンタが肩をすくめる。
「あんなん場所、なかなか行こうと思わんけどなぁ」
「……頂上、か」
ハヤトは白霧山を見つめる。
「それもぜひ確認したいな」
静かな声。
「頂上までとなると、大変な道のりにはなると思うが……」
「まあ、せっかく行くんやしな」
シュンタが笑う。
「気になるもんは見ときたいわ」
その言葉に、ジュウタロウも答える。
「ああ、長く人の目に触れていないものなら、何か意味がある可能性はある」
しばらく他愛のない会話をしながら馬を進める。
「そういやダイちゃん、ずいぶん馬に乗り慣れとるやん」
シュンタがニヤリと口角を上げた。
「え?」
ダイチはきょとんとした顔をする。
「だってオレ、一応貴族やし。小さい頃から乗馬習っとってん」
「えぇぇぇぇ!?」
シュンタが大げさに叫ぶ。
「そうやったん!? 全然見えへんわぁ!」
「失礼やな!」
即座にダイチが反論する。
「どこからどう見ても貴族の坊っちゃんやろ!」
「城であんな飯食いまくっとったやつが?」
「関係ある!?」
賑やかなやり取りに、ジントがふっと笑った。
くしゃっと目尻を下げた、困ったような優しい笑い方。
「ダイチってばさぁ」
珍しく、少し悪戯っぽい声音だった。
「子供の頃、オレを馬の後ろに乗せて走らせた時さ」
ダイチの肩がぴくりと動く。
「オレが怖いからやめてって言ってるのに、すっごいスピード出しまくって」
「ちょ、待っ——」
「オレ、落ちそうになったんだからな」
少し拗ねたように口を尖らせるジント。
けれどその表情は、どこか楽しそうだった。
「それ以来、オレ絶対ダイチの後ろには乗らないって決めたのに」
「でも結局乗っとるやん」
ダイチが振り返りながら笑う。
「仕方ないだろ。ダイチのせいだからな!」
「なんでオレのせいやねん!」
「お前が乗れって言った!」
「一人で乗る方が危ないやろ!」
「なんやイチャイチャして見てられんわぁ」
シュンタがわざとらしく肩を竦める。
「お前達、どこでも相変わらずだな」
ジュウタロウが呆れたように息を吐いた。
その隣で、ハヤトも堪えきれず声を上げて笑う。
晴れ渡る空の下。
五人の笑い声は、広い街道へどこまでも響いていった。
ーーー
白霧山へ向かう街道は、帝都から離れるにつれて徐々に細くなっていった。
舗装された道はやがて土道へ変わり周囲の景色も開けた草原から、背の高い木々が点在する荒れた草原へと移っていく。
遠くには、巨大な白霧山が静かに連なっていた。
まるで世界を分断する壁のように。
先頭を進むハヤトが、山を見上げながら口を開く。
「……実は、俺もこの道を通るのは初めてなんだ」
「へぇ、そうなん?」
ダイチが少し意外そうに声を上げる。
ハヤトは頷いた。
「帝国の南にある白霧山は、普段ほとんど人が立ち入らない場所だからな」
風が吹き抜け、馬のたてがみを揺らす。
「山を越えた向こう側に、ミストアという小さな村があるが、その周囲にも広大な森が広がっている」
「さらにその先にラディスがあるが……」
ハヤトは苦笑した。
「道のりがあまりにも険しい」
「あー、それは分かるわ」
シュンタがすぐに頷く。
「オレも東と西のルートしか知らんなぁ」
馬上で器用に肩を竦めながら続ける。
「旅人も商人も、多少遠回りになっても東西の街道使うんや。途中に宿場街もあるし、安全やしな」
「わざわざ山越えて、森抜けて、危険冒してまで最短ルート通るやつなんて、ほとんどおらへん」
「なるほどなぁ……」
ダイチが感心したように白霧山を見上げる。
その隣で、ジュウタロウが静かに息を吐いた。
「……オレは山を越えること自体は慣れている」
白馬を撫でながら、淡々と続ける。
「だが、この暑さは少々こたえるな」
「フィルディア寒いもんなぁ」
シュンタが笑う。
「そっちは一年中雪降るんやったっけ?」
「夏の一時期以外はな」
「うわぁ……考えただけで寒いわ」
そんな会話を聞きながら、ハヤトがふと思い出したように振り返る。
「ところで、二人はラディスから来たんだろう?」
視線の先には、ダイチとジント。
「ずっと陸路だけか?」
「あー、オレらは帝国行く時通ったのは東のルートやけど」
ダイチが答える。
「その前にミルハで船に乗ったり……途中でいろんな街通ったで。農業で有名なフェルナールとか、鉱山街とか、宿場町とか」
「フェルナールかぁ」
ジントが思い出したように呟く。
「ラディスの東側にある小国だったよね」
ダイチが説明する。
「川沿いの土地がめっちゃ豊かでな。小麦とか果物とか、農作物が有名なんやで」
「へぇ〜、そこは行ったことないなぁ」
シュンタが楽しそうに笑う。
「果物うまそう」
「お前ほんま食べ物の話ばっかやな」
「旅の楽しみやろ!」
賑やかな声が風に溶けていく。
ジントはそのやり取りを静かに聞きながら、ふと目を細めた。
ラディスを出て、ダイチと二人で旅をしていた日々。
ついこの間のことのはずなのに。
魔物に追われ、雨に濡れ、知らない街を歩き続けたあの日々が、ずいぶん遠い昔のように感じられた。
気づけば、太陽は高く昇っていた。
秋半ばとはいえ、晴れた空から降り注ぐ日差しはまだ強い。
「少し休憩しよう」
ハヤトがそう言って、街道脇の大木へ馬を寄せた。
一行もそれに続く。
馬達へ水を飲ませ、荷を下ろし、それぞれ木陰へ腰を下ろす。
吹き抜ける秋風が、火照った頬を優しく掠めていった。
その風はまだ夏の熱を残しながらほんの少しだけ、冬の気配を含んでいた。
コメント
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おお、ついに本格的な旅立ちですね! 五人が馬に乗って白霧山へ向かう光景、胸が熱くなりました。特にジントがダイチの後ろに乗るシーン、子どもの頃の話を思い出して「ダイチのせい」って拗ねるところ、すごく可愛くてほっこりしました。シュンタとダイチの関西弁の掛け合いも絶妙で、にぎやかな一行の空気感が伝わってきます。それと、白霧山の頂上にあるという“不思議な石”の伏線、世界観の奥行きを感じてワクワクしました。続きがすごく気になります!