テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
みむら
1,425
キキ
1,178
ai
86
※作中で深澤さんが女性と結婚しています。ご注意ください。
本作品はback number様の楽曲「黄色」からインスパイアを受け、執筆しました。
素敵な楽曲ですのでまだ未視聴の方は是非一度お聴きください。
◇
華やかな音楽。煌びやかな衣装。沸き立つような人々の笑い声。
スポットライトに照らされたような真ん中の席に座っている男は、なにやら友人と楽しげに会話をしていて、度々隣の女に目を向けては暴力的なほどの優しさで微笑む。その笑顔を向けられた女は丁寧に手の施された顔を綻ばせて笑う。ただ、それだけだ。
普通の結婚をした、普通の夫婦。何の変哲もない。ただただ、人々から愛された人間のめでたい日。気泡のなくなったシードルを意味もなく口に含む。いつの日かを彷彿とさせる、夏の風とサイダーのような味がした。
分かりやすい幸福に満ちた空間がどうにも息苦しくなった俺はそっと席を立った。
「あれ、岩本どこ行くの?」
背中に投げかけられたそんな誰かの声も、聞こえなかったことにした。式場の重たい扉を閉じれば静まり返った廊下が俺を迎える。カツカツと鳴り響く革靴の足音だけが浮き彫りになって、まるでこの世界に俺一人だけになってしまったかのように思える。
痛い。
すれ違った式場のスタッフらしき女性が声をかけてくる。俺は「すみません」と言って通り過ぎる。それでも心配そうに着いてくるその女性に目を向けると、彼女はひどく驚いたような顔をした。
「体調が悪いので、帰ります」
そう言って俺は逃げるように式場を出た。おとぎ話みたいな庭を抜けて、アーチをくぐって、細くて華奢な門から抜け出す。
顔も名前も知らない誰かがすれ違うたびにこっちを見てくる。驚いていたり、若干引いていたり、心配そうにしていたり、気味悪がっていたり。わかってた。こうなることなんて、最初から。俺は一体、どこから悔やめばいいんだろうか。
赤信号に足を止められる。隣に立っていたサラリーマンに清潔なハンカチを渡され、俺は居た堪れなくなってその場にしゃがみ込んだ。
ごめんね、好きだよ、さよなら。俺の好きだったひと。
◇
冷房の設定温度が決まっているとかなんとかで、中途半端な室温になっている教室。換気のためらしく僅かに開けられた窓の外から流れ込んでくる生ぬるい風。外の世界はジリジリと夏の暑さが轟いているようで、セミたちの鳴き声がより一層体感温度を上げている。
窓の外を見るのにも飽きて一瞬前を向いてみる。そこに現れたのは黒板一面に書かれた何を意味しているのかもどう読むのかもわからない単語とわけのわからない数字。俺は退屈になって溜め息をつくと、通路を挟んだ右隣に座っていた真面目が取り柄っぽい同級生がビクッと身体を震わせたのが見えた。ったく、俺ヤンキーじゃねぇって。見た目のせいか、平均よりもでかい体格のせいか、昔から男女ともに怖がられることが多い。少し話せばいつも言われる「岩本くんって、本当は優しいんだね」という言葉。いや、”本当は”ってなんだよ。別に俺普段から嘘ついてないし。
もう一度溜め息を吐き出したくなるのをぐっとこらえて今度は教室を見渡していると、何やらドアの小さな窓に人影が見えた。誰だ、教頭かなんかか? そう思った俺の予想に反して、そこに現れたのは見知った三年の姿だった。俺のクラスの教師に気づかれないよう、そっと小窓からこちらを覗いている。高校三年の夏って、なんか色々、受験勉強とかするんじゃねぇの? そんなことを思い呆れながらも、俺はそこから目が離せかった。あいつらがいるなら、きっと。
……ふっか。
心のなかで名前を呼んだそのときだった。
「お前ら! 授業中に何してんだよ!」
「やべっバレた」
「巻セン許してくださいよ〜」
教師が廊下に出て三年たちを叱っている。そこに俺の求める男の姿はなかった。なんだよ。いつもは「照がちゃんと授業受けてるか心配で〜」なんて言って、こうやってサボって見に来るのに。
期待通りにいかなかった俺はふてくされたように窓の外を見る。見上げた空には、灰色の雨雲が漂っていた。
深「ひーかーる? どうした? 今日なんかご機嫌斜め?」
岩「いや……べつに」
結局その男と会えたのはその日の放課後のことだった。二年の下駄箱で靴を履いていると頭上から声がした。それはいつも通りのことで、いちいち顔を上げて確認しなくたってわかる。
今日の昼休み。女子に告白されたでしょ。なんて言葉が喉に張り付いて吐き出すことも飲み込むこともできずにいる。そのせいでやがて呼吸が浅くなって、俺はじんわりと死んでいくんだろうな、と思う。それは言いすぎだって自分でもわかってるけど。
行こうぜと言って俺の手を引くように少し前を歩くふっかの背中が、どこか遠く感じられた。それは真昼時に見た光景のせいなのか、二年から三年へと上がって物理的に別れが近づいてきているからなのか。
一生縮まることのない、このほんの少しの距離。俺が腕を伸ばせば届くほど短くて、俺が少しでも立ち止まればふっかはもっと遠くへ行ってしまう。互いに同じ歩幅で歩いているからこそ成立している。俺が近づきすぎれば、ふっかが俺をおいていけば、消えていく関係性。
深「おい、ひかる? 今日どした」
こてんと首を傾げてこちらへ近づいてくるふっか。その隣をチャリで駆け抜けていった男たちが「ふっか!この間はサンキュ!」と言いながら消えていく。先日軽音楽部にサポートで入ったとかなんとか聞いていたから、おそらくそのことだろう。
俺は立ち止まったままふっかの目線から逃げるように上を見上げる。空は残酷なほど青い。雲は穢れを知らずに純白なからだをもくもくと膨張させている。吐き出した息すらもあつい。首筋を伝っていく汗に、あぁ日焼け止め取れてまた焼けるな、なんてぼんやりと思う。
深「あ、照さ、この後空いてる?」
ふっかかなにかを思いついたように言う。今日は部活が休みだし、バイトのシフトも入っていない。だから直帰してゲームでもするかと思っていたところだけど。「なに」とあえてそっけなく返事をしてみるとふっかは目を細めて笑った。
深「海行こ」
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!