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泡咲めろあ🫧🪄
843
りんご
904
細い指だった。
血の気がない。
何百年も土の中にいた死人のように白い。
もう一本の手が石を掴む。
ギシリ。
巨大な墓石が軋む。
誰も動かなかった。
影も。
顔無しも。
お師さんさえ。
やがて。
石が崩れた。
中から、一人の人間が立ち上がる。
白い衣。
長い髪。
人の姿。
だが。
何も感じない。
怒りも。
悲しみも。
殺気すらない。
空っぽだった。
「また」
男とも女ともつかない声。
「失敗したか」
旅僧が息を呑む。
人影が顔を上げる。
確かに顔がある。
なのに。
見たそばから、形が頭から抜け落ちていく。
「何ですか……今のは」
お師さんも頭を押さえた。
「見えた」
苦しそうに目を閉じる。
「だが……」
「思い出せん」
人影が歩いてくる。
三人の前まで来ると、足を止めた。
そして。
佐衛門を見る。
「久しぶりだな」
佐衛門は動かない。
「葛城佐衛門」
旅僧が息を呑んだ。
お師さんも目を見開く。
人影は、少しだけ首を傾けた。
「いや」
「その名を使っている今は……そう呼ぶべきか」
佐衛門の指が、刀の柄を二度叩いた。
癖だった。
「安心しろ」
人影が言う。
「まだ思い出していないようだからな」
旅僧の懐で札が熱くなる。
取り出す。
血のような文字。
――問うな。
――思い出すな。
そして。
――第五封印 未だ終わらず。
人影は、お師さんへ向いた。
「すまなかった」
「何がだ」
返事はない。
代わりに、顔無しを見る。
「長い間、ご苦労だった」
顔無しの身体が震えた。
何百年。
あるいは、それ以上。
ただ一つの役目だけを守ってきた者へ。
初めて向けられた言葉だった。
人影は再び佐衛門を見る。
「何処まで覚えている」
佐衛門は、しばらく黙った。
「雪の日だ」
人影の目が細くなる。
「お師さんに拾われた」
「それより前は知らん」
人影は目を閉じた。
安堵したようにも。
悲しんでいるようにも見えた。
「なら」
風が吹く。
「まだ間に合う」
その時。
鐘が鳴った。
一度。
二度。
三度。
四度。
五度。
人影の顔色が変わった。
「遅かったか」
「五つ目が開いた」
月が瞬いた。
旅僧が空を見上げる。
「……?」
月が。
閉じた。
次に開いた時。
そこには瞳があった。
巨大な目。
空そのものが、こちらを見ている。
旅僧の膝が崩れる。
お師さんも顔を歪めた。
顔無しが後退る。
人影が目を閉じる。
だが。
佐衛門だけは立っていた。
巨大な瞳が、ゆっくりと彼女へ向く。
声が響いた。
耳ではない。
頭の中へ。
『いた』
墓地が震えた。
『いた』
もう一度。
今度は近い。
お師さんが叫ぶ。
「耳を貸すな!」
「返事をするな!」
「考えるな!」
「思い出そうとするな!」
佐衛門は月を見上げていた。
お師さんが歯を食いしばる。
「見付けられるぞ!」
人影が頷いた。
「あれは探している」
「何を」
旅僧が尋ねる。
人影は答えた。
「二十四……」
そこで言葉が止まる。
空を見上げる。
「二十四の……何かを」
佐衛門の眉が僅かに動いた。
鬼。
餓狼。
名を喰らうもの。
墓を守るもの。
これまで出会った怪異が、頭を過ぎる。
どれも。
ただ、人を襲うだけのものではなかった。
何かに縋り。
何かを守り。
何かを失うことを恐れていた。
佐衛門は首を振った。
「違うな」
人影が振り向く。
「何が」
「戻ってない」
巨大な瞳が揺れた。
「だから焦ってる」
佐衛門は空を見る。
「集まってるなら、探す必要がない」
沈黙。
顔無しが俯いた。
お師さんは何も言わない。
佐衛門は三人を見た。
「まだ持ってるんだろ」
「……何を」
「欠片を」
その瞬間。
巨大な瞳が、初めて大きく揺れた。
佐衛門の目が細くなる。
「なるほど」
懐から札を取り出す。
札が強く光った。
赤黒い文字が浮かび上がる。
――欠片を守れ。
旅僧が息を呑む。
佐衛門は札を見つめた。
鬼も。
餓狼も。
名を喰らうものも。
墓を守るものも。
それぞれが何かを守っていた。
では。
自分は。
何を守っている?
答えは出ない。
月の瞳が、ゆっくりと閉じる。
最後に。
『見つけた』
声が消えた。
山に夜風が戻ってくる。
佐衛門は空を見上げたまま動かなかった。
やがて。
刀の柄から手を離す。
「……まだ、分からんな」
旅僧が振り向く。
「何がです?」
「何を斬るべきなのか」
佐衛門は歩き出した。
「だから、見る」
夜の山道へ。
一歩。
また一歩。
お師さんが、その背中を見ていた。
そして。
誰にも聞こえない声で呟いた。
「……馬鹿弟子」
佐衛門は振り返らなかった。
コメント
1件
この第七話、めっちゃ重かった……。最後に立ち上がった「人影」の存在感がすごい。怒りも悲しみも殺気すらない“空っぽ”って描写が、逆に一番怖かったわ。そして、お師さんの「思い出すな」「返事をするな」って必死の叫びに、何か大きな秘密が隠されてる感じがしてたまらない。佐衛門があの巨大な瞳の前でも動じずに「欠片を守れ」って読み解くところ、カッコよすぎる。でも「何を斬るべきか分からない」って呟く背中が、また人間味あって刺さった。続きが気になりすぎる……!