小走りで職場に戻った純は、作業場の入り口付近で、部下の奈美と遭遇してしまう。
「所長、お疲れさまです」
「あっ……ああ、お疲れ」
「急ぎの案件が入ったので、確認をお願いします」
奈美が、クリアファイルに入った資料を彼に差し出すと、吊り目気味のアーモンドアイが、緩やかな弧を描きながら変化していった。
「所長、今日もカフェでお昼だったんですか?」
「えぇ!? まっ……まぁね。あそこのカフェ、メシがウマいじゃん? ハハハッ……」
純は、肩を僅かに揺らしながら曖昧に笑うと、彼女はニコニコしながら、彼にとって痛い質問を投げる。
「…………恵菜、元気でした?」
「あ……ああ、元気に仕事してたよ。昼時だから、忙しそうだったけど」
(た……じゃねぇ、本橋さんは…………俺が恵菜って女に気があるのを……絶対に分かってるよな……)
顔を引きつらせながら考えていると、奈美は、純を黙ったまま見据えている。
「谷岡所長。チャンス…………ですよ……」
部下が純にポツリと零しながら、ほくそ笑む。
コロコロ変わる表情と、名字と肩書をセットで呼ぶ奈美に、純は怪しさしか感じないのは、気のせいだろうか?
「本橋さん? どうい──」
彼女の意味深な言葉が、純の胸の奥に引っ掛かり、何が言いたいのかを聞こうとしたら、既にいなくなっている。
(チャンスだぁ? ピンチの間違いじゃね?)
しょうもない事を考えていると、午後の始業のチャイムが鳴り響き、純は慌てて作業場へ入っていった。
午後は急ぎの案件が入ったお陰で、純は仕事に集中できた。
最新型のインクトナーカートリッジの試作品を、向陽商会から受注し、純を始め、現場リーダーの奈美と製造部のスタッフが、試行錯誤しながら作業に取り掛かっている。
資料を見ると、翌週の月曜日必着で、二百個を完成させ、金曜日までに発送しなければならない。
(あ〜あ…………今週は残業だな……)
純がキリのいい所で仕事を終えたのが、十八時近く。
(ヤベ……早く帰んなきゃ……)
職場を後にし、ファクトリーパークの正門を抜けると十八時過ぎ。
彼が、立川駅に急ぎ足で向かおうとした時だった。
「…………もういい加減、付きまとうの、本当にやめてよ!!」
「恵菜! 話を聞いてくれって!!」
男の叫び声が、純の耳朶を掠めた。
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