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第七章 交わる運命
第十一話 闇に触れた光
騎士達の慌ただしい足音が、夜の街へ響いていた。
負傷者の搬送。
倒壊した建物の確認。
瘴気の残滓の処理。
つい先程までの戦闘の痕跡が、街の至る所に残っている。
アクセルはその中を静かに歩いていた。
「東通りの被害は軽微です」
「ですが外門付近はかなり……」
「負傷者は現在二十三名。死者は――」
報告が次々と飛ぶ。
アクセルは一つ一つへ短く指示を返していった。
「重傷者を優先しろ」
「瘴気に触れた者は特別治療室へ。恐怖を煽らないように」
「夜明けまで騎士を巡回につけろ」
迷いのない声。
その横顔には、先程までの戦闘の熱はもうない。
完全に、帝国騎士団長としての顔だった。
けれど頭の奥では、別の光景が離れなかった。
黒い髪。黒い瞳。
そして今にも壊れそうな姿。
「……月蝕の子」
無意識に、小さく呟いていた。
その瞬間、胸の奥が嫌なほどざわつく。
脳裏へ過るのは、禁書庫で読んだ記録。
満月。
暴走。
そして、帝都を覆った闇。
アクセルは小さく息を吐いた。
……違うのか?
そう言い切るには、まだ足りない何かがあった。
その時。
「アクセル殿下」
騎士の一人が駆け寄ってくる。
「太陽教会の者達ですが、既に姿を消しております」
声を潜めながら報告する。
アクセルの目が細くなる。
「……やはり動いていたか」
低い声。
騎士が不安げに尋ねる。
「教会が今回の件に関係しているのでしょうか」
アクセルはすぐには答えなかった。
夜空を見上げる。
大きな月が頭上高く輝いている。
明日が満月。
嫌な予感だけが、静かに胸の底に沈んでいく。
「……まだ分からない」
静かな声。
けれどその黄金の瞳には、すでに鋭い警戒が宿っていた。
やがて一通り指示を終えたアクセルは、静かに城へ戻っていく。
長い廊下。
揺れる灯火。
その足取りは、自然と速くなっていた。
気になっている。
あの黒髪の青年が。
今にも消えてしまいそうだった、あの姿が。
自室の前へ辿り着き、一呼吸すると、アクセルはゆっくり扉を開けた。
部屋の中には、重い静寂が落ちていた。
ソファへ座るクロード。
その隣で、空気を読んで珍しく黙っているラスタ。
壁際で周囲を警戒している青髪の青年。
そして、ベッドへ腰掛けたまま、俯いている青年。
ローブを脱いだ黒髪が、灯りの下で静かに揺れていた。
部屋へ入った瞬間、黒髪の青年がびくりと肩を震わせる。
青髪の青年の視線が、鋭くアクセルへ向く。
けれどアクセルは、その空気ごと受け止めるように静かに扉を閉めた。
そして、黄金の瞳で、真っ直ぐ黒髪の青年を見る。
少しだけ間を置き。
視線を外さずに、静かに言った。
「……怪我の具合はどうだ」
落ち着いた、穏やかな声が部屋に響いた。
その言葉に、ラスタが真っ先に反応した。
「見ての通りやで〜」
ソファへぐったり身体を預けながら、大袈裟に肩を竦める。
「全員ボロボロや」
「俺なんかもう、さっきので腰痛めてもうたし」
ラスタが腰をさする。
アクセルは思わず小さく笑った。
「ラスタは元気そうだな」
「口だけや」
そんな軽口に、張り詰めていた空気が少しだけ緩む。
アクセルは改めて四人を見た。
そして静かに口を開く。
「他は…大丈夫か?」
まだ青白い顔のジオと、頭に包帯を巻いたサフィアンを見る。
小さくうなずく二人。
「……自己紹介がまだだったな」
黄金の瞳が、真っ直ぐ向けられる。
「アクセル。この国の第一皇子だ」
静かな声。
けれど、その場の空気が少しだけ変わる。
「帝国騎士団長もしている」
真っ直ぐな声だった。
続いて、クロードが静かに口を開いた。
「クロードだ」
短く、けれどよく通る声。
「北の王国、フィルディアから来ている」
その隣で、ラスタがひらひら手を振る。
「ラスタ。旅芸人、兼商人みたいなもんや」
「よろしくな〜」
空気を軽くするような笑顔。
その視線が、サフィアンへ向く。
サフィアンは少しだけ眉を寄せた。
まだ警戒は解いていない。
けれど
「……サフィアン」
短く名乗る。
「ラディスから来た」
それだけ言って、再びジオの前へ半歩立つ。
まるで、無意識に庇うみたいに。
最後に、全員の視線が自然とジオへ集まった。
ジオは少し迷うように目を伏せる。
そして
「……ジオ」
静かな声だった。
黒い瞳がほんの少しだけ揺れる。
その名前が、部屋へ静かに落ちた。
一瞬、間が空く。
そしてラスタが、ぱちぱちと瞬きをしたあと
「……なぁ」
妙に真顔で、サフィアンとジオを交互に見る。
「二人って、……いわゆるそういう関係なん?」
部屋の空気が止まった。
「……はぁ!?」
サフィアンが素っ頓狂な声を上げる。
ジオも一気に顔を上げた。
「ち、違――」
「いや、どう見てもそうやん!?」
ラスタが思わず身を乗り出す。
「ずっと庇っとるし、距離近いし、抱き締めとったし!?」
「それは……!!」
サフィアンの顔が一気に赤くなる。
ジオも耳まで真っ赤だった。
「そんなんじゃない!!」
珍しく強めに否定するジオ。
「いやでも絶対――」
「違うって言ってるだろ!!」
ラスタは驚きつつも、完全にニヤついていた。
その様子を見て、クロードが小さく吹き出す。
アクセルも、堪えきれなかったみたいに笑った。
張り詰めていた空気が、少しずつ解けていく。
その空気に触れながら、ジオは小さく目を伏せた。
不思議だった。
さっきまで、世界中が敵みたいに思えていたのに。
今だけは少しだけ、呼吸が楽だった。
コメント
1件
お疲れさまー!第15話、読んだよ! いやー、今回めちゃくちゃ良かったわ。アクセル視点で始まる夜の街の描写が静かで重くて、でもラスタ登場で一気に空気が和んだのが最高の緩急だった。サフィアンとジオを「そういう関係?」ってラスタが突っ込むシーン、あれで思わず笑っちゃった(笑) 最後の「呼吸が楽だった」ってジオの心情、すごく沁みる。アクセル殿下、本当にいい人だな…これからどうなるか気になる!
#創作
桜城
198
ばたっちゅ
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