パーティは立食形式で、オードブルやドリンクが乗ったテーブルを自由に行き来できるスタイルだった。
あと小一時間で祝賀スピーチが始まる。
その前に聡一朗さんに付き添って、いろいろな人と挨拶や会話を交わして親睦を深める。
ひっきりなしに、たくさんの方が話し掛けてきてくださった。
いざ話してみると、みなさん気さくで良い方ばかりだった。
私の若さや容姿を口々に褒めてくださったけれども、お世辞にうまく返す会話手段も勉強してきたので、それほど苦労はしなかった。
でも、やっぱり疲れてくる。
話し掛けてくださる方はほとんど年上で、貫禄があるんだもの。
「先生、本日はおめでとうございます」
そこに、聞き慣れた声がした。
若い女性のその声は、紗英子さんだった。
いつも刺々しい態度をとられて緊張させられるけれども、初対面ばかりで気疲れしてしまった今はほっとしてしまった。「やぁ紗英子君、今日も一段と綺麗だね」
聡一朗さんの言葉に紗英子さんは気を良くして笑顔で返す。
「ついに今日はご夫婦でいらっしゃったんですね。お二人とも、みなさんから大注目されていらっしゃいますよ」
と言う紗英子さんだけれども、彼女の方が相変わらずとても綺麗でスタイルも良くて目立っている。
特に今日は一段と華やかだった。
目が覚めるような赤いロングドレス。
身に付けている煌びやかなジュエリーが、動作のたびに眩い輝きを放っている。
特に今日はスーツで済ませている年配女性が多くいるから、いっそう目立っている。
安田さんが、今日のようなパーティで知識人や教養のある方がたくさん集まるような場は、あまり派手な色や宝飾で着飾らない方がいい、と言っていたけれど……こんなに華やかで綺麗なら、思わず例外として受け入れられてしまうんだろうな。
「本当にねぇ。聡一朗先生とはいつかお話してみたいと思っていたところに、こうして奥様ともお話しできるなんて、嬉しいわぁ」
それまで私たちと会話していた年配の女性が、紗英子さんの言葉にうなずいた。
紗英子さんはこれチャンスとのばかりに、さらに会話に割り込んできて、
「やっぱりみなさんの大注目と言えば、若奥様である美良さんよね。今日はいつもと違ってとても素敵ね。普段は質素な学生姿なのに」
と、言ってきたが、その言葉には少し棘が含まれている気がした。
「まぁ、奥様は普段は学生をされているの?」
案の定、年配の女性が怪訝そうに訊いてくる。
「はい、実は主人の大学に通っておりまして――」
「ええ、聡一朗先生の援助で特別コースに通われているんですよ」
私に割り込んで紗英子さんが返答する。
そのあからさまな振る舞いに、私は嫌な予感を感じた。
私を貶めようとしているんじゃないか――という懸念はさっそく当たる。
「美良さんは実は高校卒業してからは大学に行かず、清掃員のお仕事をされていたんですよ。意外ですよねぇ」
「まぁ清掃員のお仕事を。お若いのに大変でしたね」
と、女性は少し憐れむよう口調になる。
それまで私を見つめていた好意的な眼差しに、不審な色が生まれる。
秘密にするつもりはなかったけれど、清掃員をしていたことはあまり表面に出すつもりはなかった。
誇りを持てる仕事とは思っているけれども、大学教授の妻が就いていた職業として格好がつくかといえば、疑問が生じるからだ。
どう返そうと言葉に詰まっていると、
「そうなんですよ。とても一生懸命働いている姿を私が一方的に見初めましてね、遠慮しきりの彼女に年甲斐もなく猛アタックをかけてしまいました。前職の甲斐あってかとてもきれい好きでしてね、私も心地よく住まわせてもらっていますよ」
聡一朗さんの方がまったく気にした風もなく返してくれた。
そのくだけた聡一朗さんの様子に女性も笑顔になって、「容姿だけでなく中身も素敵な奥様なんですね」と褒めてくださる。
対して紗英子さんは少し面白くなさそうな表情になったけれども、気を取り直して、再び割り込んでくる。
「ええ、奥様のその真面目な性格は普段にも現れていて、格好もいかにも真面目くさくて控えめなんですよ。でも、今日はここぞとばかりに着飾っていらして、変貌ぶりに目を疑いましたわ。たいそうお金をかけさせてもらって準備してきたんですのね」
さすがに露骨な嫌味で、私はむっとした。
でも、たしかに今日の私の姿は、お金をかけたからこそできたものだ。
すべては聡一朗さんのおかげ。
こうして周りから誉めそやされるのは、私の力からでもなんでもなく、聡一朗さんの力あってのことだ……。
そう思って、また返答に困っていると、ここでも助け舟を出してくれたのは聡一朗さんだった。
「まったくだ。本当に今日の妻にはつい見惚れてしまって、まわりからどう思われようと『うちの妻は魅力的だろう?』とひけらかしたいくらいです。我が妻ながら、心血を注いで尽くしてしまいたいと、つい心が奪われてしまいます」
「まぁ、先生ったら」
と、少しおどけた調子で言うので女性も声を上げて笑い、「先生は今本当にお幸せですのね」と心から祝福するように言ってくれる。
人付き合いを好まないというだけで、聡一朗さんは十分に社交慣れしていた。
大人の男性の粋な返しに感激しきりの私の前で、紗英子さんは引きつった笑顔を浮かべ、
「嫌だわ先生、柄にもなく惚気たりして」
「ああそうだな。俺は妻に夢中らしい」
と皮肉るけれども、聡一朗さんは意に介さずうなずく。
これにはさすがの紗英子さんも、傷付いたような表情を浮かべた。
さらになにか言おうとしたけれども、聡一朗さんが別の女性に話し掛けられて応じたので、タイミングを失う。
私も背中に手を添えられて応じるよう聡一朗さんに促されたので、紗英子さんを無視するような形になってしまった。
むっとして、紗英子さんは足早に立ち去ってしまった。
なんだかかわいそうな気もしたけれど、それ以上に、いつもは感情を口に出さない聡一朗さんが惚気を認めてくれたことにドキドキしていた。
もちろん、社交辞令なのは承知しているけれども。
コメント
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聡一朗さん、さすがです❣️