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ヘレンは昨日から、ノブレス・オブリージュ美術館内の雑用を使用人に頼むだけという単調な仕事しかしていなかった。心ここにあらずといった感じだった。
ヘレンはサロンで、いつもモートが座る椅子に腰掛けて頭を摩った。酷い眩暈だった。
聖パッセンジャーピジョン大学付属古代図書館の館長に頼んでいたことが、昨日電話できたのが原因だった。
館長の話では、一年前に辞めた図書館員を見つけた。本を借りた男は、近くにいる貴族出身の男だったようで、風貌は中肉中背の何の特徴もない普通の男だったという。
名前はジョン・ムーア。
アリスの血縁者だろうか? アリスも貴族出身で名前もムーアだった。アリスとモートの関係を知っているヘレンにとっては、謎でしかなかった。
ヘレンはこめかみを小突いて考えても始まらないと思った。眩暈が治まってくると、
ヘレンはジョン・ムーアに一人で会ってみようと思った。アリスには何も言わないことにして……。女中頭や使用人に伝えておけば、しばらくは館内は平常どおりだった。モートが帰って来る時間まで、後1時間くらいはある。その間に、支度をしていようと思った。
今は、夕方の5時だった。
モートは酷く警戒をした顔だった。
ヘレンに付いていこうとも言いだしたが、モートには大学もあるし、安全なホテルに滞在するから大丈夫だと言った。ヘレンの家は、ここノブレス・オブリージュ美術館にあるのではなく。クリフタウンの隅っこにポツンとあった。
結婚はしていない。
幾人かの男と関わっては、しばらくして結婚を諦めた。
自分には家庭を築くことは、少しも向いていないと思ったのだ。
ブラウンのロングコートと色々と生活に必要な物を入れた鞄を持って、ヘレンはヒルズタウンのホテルを目指した。
館長から聞いた話では、ジョン・ムーアは好事家で孤独を何よりも愛している男だった。図書館員はそう軽口で言っていたようだ。本当か定かではないが。ヘレンもそう思えた。何故なら、ジョンはヒルズタウンから一歩も動かない登山家だったのだ。
資産家でもあるジョンは、やはりアリスの血縁者なのではと思えてくる。だけど、ヘレンは考えるのを止め一度、会ってみようとしていた。
ヒルズタウンまでヘレンは電車を使った。
路面バスはホワイト・シティでは、しょっちゅう雪のためエンストを起こしていた。
今は、6時半。
粉雪の舞う真っ暗な夕方だった。セントラル駅の改札を抜けると、モートが鋭い目で警戒をしていた顔を思い出した。