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昼下がり。
部屋の中は、相変わらず静かだった。
静かすぎて——息が詰まる。
「……」
イギリスは窓の前に立っていた。
カーテンの隙間から、わずかに外を見る。
曇った空。
人の気配。
——遠い。
(……外に出たい)
その思考が、もう何度目かもわからない。
「親父」
背後から声。
「……なんですか、アメリカ」
振り返る。
ソファに座ったまま、こちらを見ている。
「また外見てた」
「……問題でも?」
「ある」
即答だった。
「……」
言葉が続かない。
「そんなに外がいいの?」
「……はい」
少しの沈黙のあと、はっきり答える。
アメリカの目が、わずかに細くなる。
「へえ」
短い相槌。
それだけなのに、空気が冷える。
「……外に出たいです」
イギリスは続けた。
「用事があります」
「何の?」
「……」
一瞬、迷う。
けれど。
ここで黙れば、何も変わらない。
「……会いたい人がいます」
その言葉が落ちた瞬間。
空気が、完全に止まった。
「……誰」
低い声。
感情が削ぎ落とされたような響き。
「……フランスです」
言ってしまった。
その瞬間。
アメリカの表情が、はっきりと変わる。
「……あいつ?」
「……はい」
「なんで」
「……用事があります」
「どんな?」
「……あなたに説明する必要は」
「あるって言ってんだろ」
ぴしゃりと遮られる。
そのまま、ゆっくり立ち上がる。
一歩。
また一歩。
距離を詰めてくる。
「親父さ」
「……」
「なんでそいつに会うの?」
「……」
答えない。
いや、答えられない。
「ねえ」
さらに近づく。
「俺じゃダメなの?」
「……そういう問題ではありません」
「じゃあ何」
「……」
「なんでフランスなの」
名前を強調するように言う。
その響きに、明確な嫌悪が混ざる。
「……昔からの付き合いです」
「俺もだろ」
「……」
言い返せない。
「それともさ」
少しだけ笑う。
けれど、その目は冷たい。
「俺より、あいつの方がいい?」
「違います」
即答だった。
ほとんど反射的に。
「……じゃあなんで」
「……」
詰められる。
逃げ場がない。
「……話がしたいだけです」
「何の?」
「……個人的な」
「俺に言えないこと?」
ぴたり、と言い当てられる。
「……」
沈黙。
それが、答えになる。
「……はは」
乾いた笑いが漏れる。
「そっか」
一歩、距離を詰める。
「言えないこと、あんのか」
「……」
「しかもそれ、あいつには言うんだ」
「……」
何も言えない。
「へえ」
笑っている。
でも。
明らかに、壊れかけている。
「……アメリカ」
「なに」
「離れてください」
「やだ」
即答。
「……近いです」
「いいじゃん別に」
ぐっと距離を詰める。
「減るもんじゃねえだろ」
「……」
怖い。
昨日より、明らかに。
「親父さ」
「……」
「俺に隠し事して」
「……」
「他のやつに会いに行こうとして」
「……」
「それで“問題ない”と思ってんの?」
「……問題ですか」
「問題だろ」
即答。
「めちゃくちゃ」
その声は低く、重い。
「……」
心臓がうるさい。
「なあ」
「……」
「なんであいつなの」
もう一度、聞かれる。
「……」
逃げられない。
「……安心するからです」
ぽつりと、こぼれる。
「……は?」
空気が凍る。
「……フランスと話すと」
止められない。
一度出た言葉は、止まらない。
「落ち着きます」
「……」
沈黙。
重く、冷たい沈黙。
「……へえ」
その一言が、やけに静かだった。
「安心するんだ」
「……」
「俺といると?」
「……」
答えられない。
その沈黙が、すべてだった。
「……そっか」
小さく頷く。
納得したように。
けれど。
その目は、完全に冷えきっていた。
「じゃあさ」
「……」
「もう会えないね」
「……は?」
一瞬、意味が理解できない。
「フランス」
はっきりと言う。
「二度と」
「……何を言って」
「だってさ」
にこっと笑う。
「親父、あいつといると落ち着くんだろ?」
「……」
「じゃあダメじゃん」
「……なぜですか」
「俺が嫌だから」
迷いなく言い切る。
「……それは理由になりません」
「なるよ」
一歩、さらに近づく。
「俺にとっては」
「……」
息が詰まる。
「安心する場所が俺以外にあるとか」
静かに言う。
「いらない」
「……」
「全部、俺にすればいい」
ぞくり、とする。
「……それは不可能です」
「できるって」
即答。
「時間かかるだけで」
「……」
「親父が慣れればいいだけ」
その言い方は。
まるで——
壊すことを前提にしているようで。
「……私は、会います」
震える声で言う。
「フランスに」
その瞬間。
アメリカの手が、ぴたりと止まる。
「……もう一回言って」
低い声。
「……私は」
怖い。
けれど、止まれない。
「会います」
はっきりと言う。
「フランスに」
次の瞬間。
壁に押し付けられた。
「っ……!」
強い衝撃。
息が詰まる。
「……ダメだって言ってんだろ」
目の前。
近すぎる距離。
逃げ場はない。
「……離して、ください」
「やだ」
即答。
「親父さ」
ぐっと腕を掴まれる。
「俺の話、ちゃんと聞いてた?」
「……聞いていました」
「じゃあなんで逆らうの」
「……逆らってなど」
「逆らってる」
きっぱりと断言。
「俺が嫌だって言っただろ」
「……」
「なのに会うって言った」
「……」
「それ、何?」
答えられない。
「……なあ」
さらに力が強くなる。
「俺、そんな軽い?」
「……違います」
「じゃあなんで」
顔が近づく。
「俺よりあいつ選ぶの?」
「違います」
「じゃあなんで会うんだよ!」
声が、初めて大きくなる。
「……っ」
びくっと体が揺れる。
「なんでだよ」
さっきより低い声。
押し殺したような響き。
「……」
「言えよ」
「……」
「親父」
逃げ場がない。
視線も、腕も、距離も。
全部、塞がれている。
「……」
結局。
何も言えなかった。
その沈黙を見て。
アメリカは、ゆっくりと笑った。
「……もういいや」
ぽつりと呟く。
「言わなくていい」
「……」
「どうせさ」
顔を少し離して。
「無理やりでもやめさせるし」
「……!」
ぞくり、と背筋が凍る。
「安心しろよ」
優しく言うように。
「親父があいつに会いたいって思わなくなるまで」
「……」
「ちゃんとやるから」
その言葉は。
完全に——
逃げ道を潰す宣言だった。