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夜。
部屋は静まり返っていた。
時計の音だけが、やけに大きく響く。
「……」
イギリスは、ソファに座ったまま動かなかった。
アメリカは寝ている。
少なくとも——そう見える。
規則的な呼吸。
力の抜けた体。
無防備な姿。
(……今なら)
ゆっくりと立ち上がる。
音を立てないように。
一歩ずつ。
慎重に。
視線は、玄関へ。
——出られないのは分かっている。
それでも。
何もしないままではいられない。
(……せめて、連絡を)
テーブルの上を見る。
スマホは、そこにある。
アメリカが置いたままの。
そっと手を伸ばす。
触れる。
持ち上げる。
電源を入れる。
……ロック画面。
(……パスコード)
当然、わからない。
だが。
緊急通報なら。
あるいは——
「何してんの」
「っ……!」
背後から声。
心臓が跳ねる。
振り返る。
アメリカが、起きていた。
「……」
目は完全に覚めている。
最初から、寝ていなかったように。
「親父」
ゆっくりと起き上がる。
「それ、なに」
「……」
言葉が出ない。
「スマホ」
淡々と確認する。
「なんで持ってんの」
「……連絡を」
「誰に」
「……」
答えられない。
いや。
答えたくない。
「……フランス?」
ぴたり、と当てられる。
「……」
沈黙。
それが、答えになる。
「……あーあ」
小さく息を吐く。
「やっぱりか」
立ち上がる。
ゆっくりと近づいてくる。
「返して」
「……」
手が動かない。
「親父」
もう目の前。
「返せって」
「……嫌です」
ぽつりと、こぼれる。
その瞬間。
空気が変わる。
「……へえ」
低い声。
「嫌って言うんだ」
「……」
「今の状況で?」
「……」
手が震える。
でも、離せない。
「……親父さ」
さらに一歩、近づく。
「状況、分かってる?」
「……」
「ここ、どこ?」
「……」
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「誰が鍵持ってる?」
「……あなたです」
「そう」
頷く。
「じゃあさ」
手が伸びる。
スマホを掴む手首を、強く。
「なんで逆らうの」
「っ……!」
ぎゅっと握られる。
痛みが走る。
「離して……!」
「やだ」
即答。
そのまま、スマホを無理やり奪われる。
「……っ」
抵抗する力なんて、ほとんどない。
あっさりと取られる。
「……やっぱダメだな」
スマホを見下ろしながら、呟く。
「持たせるの」
「……」
「まだ信用できねえ」
「……私は」
「黙って」
ぴしゃりと遮られる。
「今、俺が話してる」
「……」
言葉が止まる。
「親父さ」
ゆっくりと顔を上げる。
「逃げようとしたよな」
「……逃げていません」
「してた」
即否定。
「連絡取ろうとしたじゃん」
「……」
「それ、逃げる準備だろ」
「……」
否定できない。
「……なんで」
ぽつりと。
静かな声。
「なんでそこまでして外行きたいの」
「……」
「俺じゃ足りない?」
「……そういう問題では」
「じゃあ何」
すぐに詰められる。
「……」
答えが出ない。
「……はあ」
深く息を吐く。
「……分かってないな」
「……何がですか」
「全部」
その一言に、ぞくっとする。
「親父、まだ外に期待してる」
「……」
「俺以外に頼ろうとしてる」
「……」
「だからダメなんだよ」
ゆっくりと近づいてくる。
「……っ」
思わず一歩下がる。
だが。
すぐに壁にぶつかる。
「逃げんな」
「……」
逃げ場はない。
「なあ」
目の前まで来る。
「なんでそんなに外がいいの」
「……」
「なんでフランスなんだよ」
名前を出されて、息が止まる。
「……」
「俺がいるだろ」
「……」
「なんで足りないんだよ」
その声は、怒りというより——
苛立ちと、焦りが混ざっている。
「……」
何も言えない。
言えば、崩れる。
「……なあ」
手が、頬に触れる。
「見ろよ」
「……」
「俺だけ見てろって」
逃げられない距離。
「……」
「簡単だろ」
「……簡単ではありません」
やっと絞り出す。
「……外には、私の居場所があります」
「ここにもある」
即答。
「……ありますが、それだけでは」
「足りるようにする」
被せるように言われる。
「……」
「外のこと全部忘れればいい」
「……無理です」
「できる」
迷いなく。
「俺がやる」
「……」
ぞくり、とする。
「もうさ」
小さく笑う。
「中途半端なのがダメなんだよ」
「……」
「ちょっと自由あるから、外に意識向くんだろ」
「……」
「だから」
ぽつりと。
「全部なくす」
「……!」
背筋が凍る。
「連絡手段も」
スマホを軽く振る。
「外出も」
ポケットの鍵を叩く。
「全部」
静かに言い切る。
「親父が俺以外見れないようにする」
「……それは」
「やりすぎ?」
先に言われる。
「……はい」
「でもさ」
少しだけ笑う。
「もうここまで来てんじゃん」
「……」
「今さら戻す気ないし」
「……」
「だったら、最後までやるしかないだろ」
その理屈は、めちゃくちゃで。
でも。
完全に止まらないものだった。
「……」
「なあ」
顔を近づける。
「逃げられると思った?」
「……」
「無理だよ」
静かに、断言する。
「最初から」
「……」
「親父、もう外戻れない」
その言葉が。
ゆっくりと、深く沈む。
「……」
否定できない。
鍵も、連絡手段も、全部奪われている。
「……だからさ」
少しだけ優しく言う。
「諦めろよ」
「……」
「俺だけでいいって」
その声は、穏やかなのに。
完全に逃げ場を潰していた。
「……」
イギリスは、何も言えなかった。
ただ。
立ち尽くすしかなかった。
——出口は、もうどこにもない。