Side日菜
「カンナちゃんもう逃がさないよー」
気味の悪い声を出して、男の人がカンナさんに近づいてくる。
そして、別の人が、わたしの方へ…。
「おまえか。砂投げてくれたのは。可愛い顔してやってくれるな、おい」
「…」
「おまえは俺がかわいがってやるよ」
ど、どうしよう…!
陽も暮れ始めて薄暗くなって、もっと人目につかなっている。
悲鳴をあげて助けを…!
「きゃっ」
と思った瞬間、わたしとカンナさんは捕まって口をふさがれた。
カンナさんは強引にメガネと髪を引きつかまれる。
長い黒髪が広がって、男の人たちが笑った。
「こんなところで変装してお忍びって、なにか俺たちにナイショのことでもあるわけ?たとえば…昔の彼氏に会いに来た、とか」
と、男の人がスマホをカンナさんの前に見せた。
勝気なカンナさんの顔が強張った。
「これ、カンナちゃんからキスしてるよねぇ?すっげーショックだったよー。やっぱカレシいたんじゃん」
唖然となるカンナさん。
キス、ってことは、あの時の画像が撮られていたってこと…?
「あんましショックだから、この画像、拡散しちゃおっかなー?事務所のエラい人はびっくりするだろーね。無断で外出した挙句にスキャンダルとられて。まだデビューして間もないタレントがそんなめんどくさいことやらかしたら、たまらないだろーね」
「…やめてっ!消しなさいよ!」
奪い取ろうとするカンナさんだけれど、子どもをからかうようにあしらわれる。
「そんなに返してほしいならさ、俺たちにきちんとお願いしてみせてよ」
「な…」
「その誠意次第では、見逃してあげなくもないよ」
そう言う顔には、下品な笑みが広がっている。
そんな言葉、嘘に決まっている。
こんなの脅しだ。卑怯だ。
ファンのすることじゃ…ううん、人がすることじゃないよ。
こんな人のために、カンナさんが努力して築いてきたものが壊されるなんて…。
「痛っ!!」
わたしを掴む男がカンナさんに集中している隙をついて、わたしはその腕に思いっきり噛みついた。
一瞬力がゆるんだすきに抜け出して、カンナさんを捕える男のスマホに手を伸ばす。
「痛って…!マジで見かけによらずだな、このクソガキ…!!」
「きゃっ!!」
頭に痛みが走った。
思いっきり髪を引っ張られ、動きを封じられてしまった。
「やめてっ!その子は関係ないでしょ!巻き込まないでっ…!」
叫んだカンナさんの声は泣きそうに震えていた。
男は問答無用でわたしの髪を掴んだまま、カンナさんを捕える男に言った。
「思わぬ邪魔だったけれどまぁいい。こいつも連れてっちまおうぜ。よく見りゃ、かなり可愛いじゃねぇか」
「ああそうだな」
男たちがわたしたちを連れて歩きだす。
向かうのは、もっと人気のない倉庫の中…。
カンナさんと一緒に精一杯暴れたけれど、びくともしない。
恐怖が急速に大きくなっていく。
暴れ疲れて、抵抗する気力すら次第に失われていく…。
どうしよう…どうしよう…
…助けて
誰か助けて…
晴友くん…!
その時だった。
「てめぇら、何してるっ!!」
聞き覚えのある声が聞こえた。
まさか…
振り向いて、数メートル先に映った光景に目を疑った。
荒い息をした晴友くんが、わたしたちを見るなり向かって来てくれたから…!
「晴友っ、助けてっ!」
「晴友くんっ…!」
わたしとカンナさんが一緒に叫んだ。
もう、これで大丈夫。
晴友くんなら、この男たちにも負けない。
瞬時に安堵感に包まれるのと同時に、別の失望感に襲われ、沈んだ気持ちになった。
だって、晴友くんが真っ先に助けるのは、カンナさんにちがいないもの…。
カンナさんと抱きしめあう晴友くんを見たくなくて、わたしはきつく目をつぶった。
バシィッ!!
肉が強く叩かれるような音がした。
すると、次の瞬間、身体が軽くなった。
倒れそうになるのを、がっしりとした何かに支えられる。
なにが…起こったの…?
そっと、目を開けて見上げた。
すると…
「日菜…」
晴友くんの顔が目の前にあった。
晴友くん…?
わたしを助けてくれた…?
どうして…?
カンナさんを見ると、拓弥くんが寄り添っていた。
その後ろでは暁さんが、カンナさんを捕まえていた男を地面に踏んずけ、ケータイを奪っていた。
そしてわたしの近くでは、晴友くんの一発だけでのびてしまった男がいた。
「…ど、どうして…」
わたしは思わずつぶやいてしまった。
「…どうしてわたしが、助けられるの…」
「…は?」
晴友くんは器用に左右の眉をゆがめた。
けど呆れたように息をつくと、
ぎゅうと、わたしを抱き締めた。
「は、るとも…くん…?」
「るせぇ…。今は、黙ってろ」
驚きと息苦しさで言葉が上手く出てこない。
わたしはたしかに抱き締められていた。
疑うべくは無い。
だってこの前とはちがって、晴友くんの力強い腕は、熱い体温は、たしかにわたしを強く包んで離さなさないから。
「ったく…だからおまえから目離すの、嫌なんだよ…」
そうして、腕の力がもっと強くなる。
きつくきつく、わたしを独り占めするかのように。
苦しい。
息ができない…。
あえぐように動かした頭に、晴友くんがキスをするようにそっと唇を付けた。
「…理由は…あとで教えてやる。教えたら、ちゃんと応えろよ…」
わたしだけにささやかれた声は、思いつめたようにかすれていた。
しびれるように胸が高鳴ったわたしの視界に、カンナさんがうつった。
カンナさんは微笑んでいた。
ちょっとさびしげに、でも穏やかな顔で、わたしと晴友くんを見守っていてくれていた…。