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リヴァ―ジではカンナさんの事務所の人が待っていて、戻るなりかなりきついお叱りの言葉をカンナさんに与えた。
さすがのカンナさんも謝る一方で落ち込んでいたけれど、最後は許してもらっていた。やっぱり、カンナさんは前途有望な芸能人なんだろう。
「…みんな、今日は本当にごめんね」
帰り際、カンナさんはリヴァ―ジのみんなに元気のない様子で頭を下げた。
祥子さんも暁さんも拓弥くんも美南ちゃんも、そんなカンナさんに笑顔で励まして、そして
『いつでも遊びにおいで』
と言葉を贈った。
カンナさんはちょっと泣きそうになりがら、「今度はお客さんとして来るね」と笑った。
そして、晴友くんも…。
「今度来る時まで、低カロリーのケーキ、考えといてやる」
「…ふふ。ほんとかなぁ?200キロカロリー以下には抑えてよね?」
「200キロか…。野菜ベースならできるかもな」
「私が野菜嫌いって知ってるでしょ!…でも、ありがとう。楽しみにしてる」
「ああ。…おまえには、負けないからな」
ほんの短い間、微笑み合い、カンナさんは店から出ようとした。
けど、みんなからちょっと離れていたわたしを見ると、駆け寄って耳に口を近づけてきた。
「日菜ちゃん」
「は、はい…」
「このまま、晴友に告らないつもり?」
「え…!?」
だって、晴友くんはカンナさんのこと…。
「まだ勘ちがいしてるの!?…まったく…こっちはこの前と今日と2回も拒絶されたってのに」
え…勘ちがい…?2回…?
きょとんとしているわたしに、カンナさんは呆れたように溜息をつきながらも、にっこりと笑った。
「日菜ちゃんならできるでしょ?」
「……」
「ガンバれっ。絶対に、大丈夫だから」
カンナさんを乗せて、事務所の車はあっという間に走り去ってしまった。
急に現れて、あっという間にいなくなっちゃったな。
まるで嵐が訪れたみたい。なんて一息ついている余裕は、わたしにはなかった。
この後、みんなに大事なことを伝えなければならないから。
「よし、じゃあこれからみんなで打ち上げでもしようか!」
「いいね!」
「賛成!!」
と、暁さんの提案に拓弥くん美南ちゃんが賛同したところで、今度は別の車が店の前に停まった。
黒のBMW。
凌輔お兄ちゃんの車だ。
お兄ちゃんは車から降りると足早に店内に近づいてきた。
「残念だけれど、打ち上げする時間はないみたいね…」
それに気づいた祥子さんが、盛り上げるみんなとは対称的に静かに言った。
みんなが怪訝な顔をする中で、「お願いされていたから黙っていたんだけれど…」と祥子さんがわたしに視線を向けた。
わたしは、集まるみんなの視線がつらくて、下を向いたまま言った
「…実はね、わたし、今日で終わりなの…」
※
店内がしん、となった。
誰も信じられないとばかりに、言葉を詰まらせていた。
胸がつぶれそうになった。
誰もそんな顔してくれるとは思ってなかったから。
「あ、そうなんだー」ってくらいしか思わないと思っていたのに。
「そんな…急だよ…!」
「なんだよ、嘘だろ?」
美南ちゃんも拓弥くんも口々に声を荒げた。
「悪いが、これは日菜自身の意志だ」
店内に入ってくるなりそう言い放ったのは、お兄ちゃんだった。
みんなにさらりと自己紹介をすると、晴友くん意外はみんな驚いた顔をする。
わたしの家のことは、祥子さんにも内緒にしていた。
「そういうわけだ。日菜はうちの将来を担う後継者でもあり、俺のパートナーともなる大切な妹でもある。なので、本格的な場所でしかるべき経験をさせなくてはならない」
お兄ちゃん言葉には、リヴァ―ジをちっぽけな店と蔑むような冷やかさがあった。
祥子さんを始め、みんな不快そうな表情をしている。
けれども、言い返しはしない。
両者の間に立つわたしのことを思っていてくれているからだ…。
「そのことを理解した上での決断だ。急で申し訳ないが、いままでお世話になった」
うちの経営を担わなければならないのは本当だけれど…それは建前で、本当はそんな大した理由じゃない。
これ以上、晴友くんのそばにいるのがつらかったから。
ただ、それだけ…。
でも、こうして急にいなくなることで、お世話になったみんなに迷惑をかけてしまうんなら…いっそ嫌われてしまうくらい嫌な理由の方が、きっぱりできていい…。
「ふざけんな!!」
そんなわたしを叱咤するように、晴友くんが言い放った。
「日菜の意志!?そんなの、あんたが無理矢理そう押し切らせただけだろ!」
「なに?」
お兄ちゃんの冷やかな顔が変わった。
あの初めて会った時以来、お兄ちゃんは晴友くんをすっかり嫌っている…。
「日菜が大事なのは本当だろうけど、でも、こいつはあんたのお人形じゃねぇんだぞ。あんたはその気持ち悪ぃ高いプライドを、日菜にも押し付けたいだけだ」
晴友くんのストレートな言葉に、お兄ちゃんは逆上しそうになったけれど…
「だとしても、どうだと言うんだ?」
また冷やかに言い放った。
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