テラーノベル
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レイ
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立たないといけない。
さっさと終わらせないといけない。
なのに、ワタシの視界は揺れてばかりで、身体に力が入ってくれない。
水中にいる時みたいに音が霞んでいる、口内は鉄の味と砂の味がして、変な感触。
呼吸がしにくい。頭がくらくらする。
……でも、ここまでは上出来か。
計画通りーーといえばそうなるかもしれない。
実際、ラッキーなだけだけど。
視線を、あそこに移す。
近くに”それ”はある。やるなら今しかない。
「何、よそ見してんの?」
アマレーの声。
さっきよりも近い。声の方を見やると、距離は一メートルほどだった。
そろそろ、計画執行といこうか。
ワタシは、地面にレイピアを突き刺して、無理やり身体を起こした。 杖代わりに、ゆっくり立ち上がる。
続けて 鞭を生成して、滑りそうな指で無理やり握った。
「……そろそろ、婚活パーティー、抜け出してもいいかな。」
そんなワタシの弱っちい発言に、アマレーは。
「え〜?せっかく魅力的な血と調教しがいのある思考回路なのに……相性いいと思うな。」
「つまり、すれ違った思考回路ってことね。それは四字熟語で『相性最悪』って言うのよ」
「ふーん、でも、あたしが君をより魅力的にするから大丈夫!」
「お断りでーす。」
アマレーは少しだけ、目を細めた。
彼女の血液は、ぽつぽつと土に小円を作り出している。
手首から垂れ出る、赤い血。 それに比べて、ワタシは緑の血。
同じく小円を描く、違うのは色だけ。
夜闇に紛れていても、顔色が悪いことだけは分かる。 どうやら、オマエも貧血仲間らしい。
「ふふっ」
アマレーは嬉しそうに笑う。肩を上下させて、淡々と。
「やっぱり君って、最高。」
「褒められても一ミリも嬉しくないんだけど。」
言いながら、一歩だけ後ろへ下がる。
アマレーは、その一歩に合わせるように前へ出た。
「逃げるの?」
「いや?」
もう一歩、 地面を確かめるように、ゆっくり後退。
「散歩にでも行こうかと」
「えぇ?」
心底不思議そうに、目を見開いた。
こんな何も無いような森で、散歩しようかなとか言い出したら、そりゃあ、そうなるよな。
アマレーは首を傾げる。 その隙を狙って、ワタシは左手の鞭を振るった。
黒い軌跡が夜を裂く。
それでも相手の反応の方が早かった。
アマレーは槍の柄で受け流し、そのまま勢いよく踏み込んでくる。
「拒絶しないの〜、愛してあげるって言ってんじゃん」
赤い槍が一直線に突き出された。
ワタシは半歩だけ身体をひねる。
穂先が服を裂き、肩をかすめて通り過ぎた。
「惜しい惜しい。」
ワタシは軽口を叩きながら、さらに一歩後ろへ。
「君、本当に逃げる気?お仲間は捨てる感じ?」
「違うって」
ワタシは肩をすくめる。
あのフタリを置いていくとか、そんなことできるわけが無い。
「ちゃんと案内してあげてるの。」
「どこに?」
「なーいしょ」
ワタシが笑うと同時に、アマレーの姿が消えた。
「うわっ!」
次の瞬間には、目の前。 赤い槍が真横から薙ぎ払われる。
咄嗟にレイピアで受け止めた。
受け取った愛は、重い。
腕が惨めなほどに震えている。
「へぇ、まだ動けるんだ。」
「不死身ですから」
力を逃がすように剣を滑らせる。
そのまま身体を半回転させ、後ろへ飛んだ。
ふわっと着地。
そして一歩、 また一歩。ゆっくり後退していく。
「まだ下がるの?」
さすがに訝しむ表情を見せるアマレー。逆にこれでも分からないようじゃ、おかしいよね。
「散歩中だから。」
「変な人。」
「今さら?」
鼻で軽く笑う。
軽口を交わす暇も惜しい。
アマレーは槍を突き出しながら、一歩、また一歩と距離を詰めてくる。
ワタシはそのたびに、半歩だけ後ろへ。
木を一本、横切り 岩を避けていく。
少しずつ、木の本数が減っていき、開けた場所へと近づく。
「逃げても無駄だよ〜」
「だから違うって〜」
鞭を振るう。
くねくねと畝りながら、脇腹を狙うも、
アマレーは槍で弾き返す。
その反動で、また一歩だけ前へ近づいてくる。
……そう。それでいい、 それがいい。
「なんでそんなに下がるの?」
「だから案内。」
「どこに?」
「秘密。」
「知りたいなぁ」
その一言と同時に。
アマレーは迷いなく自分の腕へカッターナイフを走らせた。
血が噴き出す。
赤い雫は空中で集まり、新しい槍を形作る。
「まだ作るの?」
思わず呆れる。
「オマエ、そのうち干からびるよ。」
「愛だからね」
即答だった。
「もっと君を愛したいもん。」
……やっぱり理解できない。 理解したくもない。
「それに」
小さく呟いた後、
新たな槍を握ったアマレーは、獣みたいに地面を蹴る。
速いーー。
「っ!」
槍が腹を狙う。
ワタシはレイピアを盾にした。
防ぐことに成功したが、すぐに二撃目。
三撃目も飛んでくる。
このレイピアを折る気なのか?
火花が夜へ散る。
腕が悲鳴を上げる。
視界が揺れる。
「あたしの能力には、時間制限があってね」
さっきまで使っていた槍を、アマレーは捨てた。
その瞬間、槍はドロドロと土の上にこぼれて、地面と一体化する。
「君のももう終わりだよ」
すると、予言は最悪なことに的中した。
ワタシが盾として信頼していたレイピアがみるみるうちに溶けていったのだ。
服はさらに汚れ、手のひらはアマレーの愛ーー血で溢れている。
影も形も、消えていく。
武器がひとつ、消えた。
武器がないのは、もう戦えないことを意味する。
見下すように「かわいそー」と言うアマレーを他所に、ワタシは別のものを見ていた。
それでも。
あと少し。
あと数歩。
その景色が視界へ映った瞬間。
ワタシは、小さく口角を上げた。
「……つーいた。」
アマレーが眉をひそめる。なにか察したか。
ワタシは返事をしない。
代わりに、右手をゆっくり持ち上げた。
そこにはもうレイピアはない。
「武器も無いのに、何する気?」
「別に?」
左手を軽く振る。
黒い鞭が夜風を裂いた。
「最後に、ちょっとだけ散歩の締めをしようかなって。」
「……?」
アマレーが首を傾げる。
その一瞬。
ワタシは腕ではなく、彼女の足元へ鞭を巻き付けた。
乾いた音が森中へ響く、 土が舞い上がる。
「なっ……!」
アマレーの、今日一番の驚きの顔。
後方に体重が偏って、バランスが崩れる。
それこそが、ワタシの欲しかったもの。
「そーれぇ!」
ワタシは全身の力を振り絞り、鞭を大きく振り抜いた。
アマレーの身体が宙へ浮く。
投げ飛ばす先はーー。
月明かりを映す、静かな水面。
「鏡花水月」という言葉が一番似合いそうな、湖。
「……あ。」
その声は、驚きだったのか。それとも 理解だったのか。
次の瞬間には、 大きな水柱が夜空へ舞い上がる。
湖面に幾重もの波紋が広がった。
しばらく静寂。
風だけが、水面を優しく揺らしている。
「……ふぅ。」
肺の奥に残っていた空気を、ゆっくり吐き出す。
膝が笑う。上手く力が入らない。
「昔のヒトは、面白いもの作るねぇ。」
目の前の湖を見つめ、小さく笑う。
この湖は、罪人に、自分自身と向き合わせる場所。
その名も。
“懺悔の湖”。
戦って勝つ必要なんて最初からなかった。
ここまで連れて来れば、それで終わりだった。
落ちれば最後、戻ってこれるヤツはそうそう居ないらしい。
アイツから聞いたことだから、真意は不明だけど。
ワタシはくるりと踵を返す。
「さよーなら」
一歩踏み出す。
「また、いつか。」
手を振った後、走り出した。
ようやく、フタリと会えそうだ。
「レン、どう?スッキリした?」
「あ……うん。お陰様で」
まだグズグズと鼻を啜りながら、レンはそう言った。 ようやく止まった涙は、しょっぱい味がする。
鼻を赤くし、目は腫れている。涙の跡が残るその顔を、イロハは静かに見つめた。
ーーレンが泣いている姿って、わたし、見たことあったかしら。
レンに深い事情があるのはずっと前から知っていたが、今この場で、それがどれだけ残酷なものかを目の当たりにした。
ーー泣き喚くほどに、辛い思いを押し込んできたんだ。きっと彼は、ずっと我慢してきたんだ。
胸の奥から怒りが込み上げる。
レンを傷つけたやつらを、わたしは絶対に赦さない。
「あの、イロハ……もさ。泣いてるけど大丈夫?」
レンはつとめて、いつも通りの声色で尋ねた。
「……ふぇ?」
反射的にイロハは、自分の頬に手を当てた。
「いや、『ふぇ』じゃなくて。……もしかして気づいてなかった?」
「ええっ、泣いてるの?わたし。」
信じられないというように、イロハは慌てて涙を拭った。手に温かい液体が付いたところで、ようやく自分が泣いていることに気づく。
「うん、すっごい泣いてたぞ。おれみたいに泣き喚いてた訳じゃないけど。」
気まずそうに、頭を搔く。
「……うそ」
「ほんと」
「分からなかった」
「気づかないものなのか?」
苦笑するレン。
その表情を見て、イロハもほんのり微笑んだ。
「だってわたし、レンのことで頭がいっぱいだったもの。」
ほんの一瞬、レンは泣きそうな顔を見せたが、すぐに顔の影を濃くした。
「……ありがとう、イロハ。おれ一人だけだったら無理だったよ」
レンは真っ直ぐに礼を口にした。
「…それはそうでしょう。誰だってトラウマを掘り起こされたらそうなるわ」
「そっかな」
「そうよ」
ゆっくり、時間が流れていく。
水面は揺れていない。レンの感情も落ち着いた。イロハだって心に余裕が生まれてきた。
この状況下で、唯一余裕が無いと言ったら、それは誰だろう。
「おかしいよ」
芯の通った、幼い声。
その声の方に、二人は同時に振り向いた。
そこには、裾を握りしめて俯いている、ヒナがいる。
善悪も曇りもなかった顔が、影に包まれている。
イロハの顔に、驚きと警戒が混ざる。
レンの顔に、不安と恐怖が混ざる。
「こんなの知らない」
今にも泣きそうなほど、震えた声を発するヒナを、二人は黙って見ることしか出来なかった。
「だって、ただママに会いたいだけなのに。」
裾が皺になるほど、指先に力がこもる。
「言われた通りにしてるだけなのに」
今度は髪を引っ張って、頭を抱える。いじめられて動けなくなった子供のように。
「……なんでヒナが悪いみたいになってるの。
あなたたちが泣いてたら、ヒナが悪い子になる。」
しゃがみ込む。
レンもイロハも、何も返せなかった。
一人ヒナは続ける。
「ママに会っちゃダメなの?」
ーー違うもん。
リアスが言ったもん。
「この仕事をしてくれたら、ママに会わせてあげる」って。
「泣かれたらヒナ、なんか変になるんだよ。
モヤモヤして、すごく気持ち悪いんだよ。 」
どんどん熱を帯びていくヒナの言葉。
困惑と激昂の中、頭に浮かんだ言葉全てを吐き出す勢いで、叫ぶ。
「どうすればいいの?じゃあ、どうやってママに会えばいいの?」
何も無い真っ白な空間に、ヒナの感情が響き渡る。
母に会いたい。
でも、レンが泣いた。
赤い血が頭から離れない。
胸の中で、答えのない感情だけが渦を巻いていた。
ーーこのこと知ったら、ママは怒るかな。
頭の片隅でそう考えていた。
その時。
「よくわかんないけど」
レンがやっと声を出した。
泣き叫んだ後の、少しかすれた声は、逆にこの空間内で目立ちやすく、ヒナの耳にも届いた。
ーー初めて会った時から、ずっとこの子「ママに会うため」と言っている気がする。
今は、母親とは離れて暮らせない状況なのか?
思い当たる理由はいくつもあった。
けれど、どれも確かめようのない俺の想像。
イロハは不安そうに「レン」と名を呼ぶ。
その呼び掛けを他所に、顔を上げ、ヒナのしゃがみ込む姿を直視する。
レンはなぜこの子が「ママに会うため」にこの組織にいるのかが、非常に気になってしまった。
無意識のうちに、質問を投げかけてしまった。
それは、よかったのか。誰にも分からない。
ゆっくり、顔が上がる。
目を小さく見開いて、レンの顔一点を見つめる。
その視線に答えるように、少しだけ、不器用に笑った。
「もうちょっと話、聞かせてくれないかな。」
第三十四の月夜 「差し伸べる手」へ続く。
コメント
2件
マシロさん生きててくれて良かった😅ヒナちゃんも幸せになってほしいな、と願います。