テラーノベル
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「ちょっと話、聞かせてくれないかな」
自分のトラウマをここまで掘り返してきた相手に、どうしてこんなことを言ったのだろう。
後ろでイロハが、全身に力を入れて、レンを見守っていた。いつでも動けるように、
質問を投げかけられた本人ーーヒナはというと、困惑して、目を丸く見開いているだけ。
どうしてそんなこと言ったんだろう。
この場にいる三人は、全く同じことを考えている。
一瞬の静寂を打ち破ったのは、ヒナだった。
「なんで?」
レンは戸惑いながらも、こう答える。
「なんで、この組織にいるのかな〜って」
なるべく語尾を柔らかくして話すが、少し震えているのが、イロハには分かった。
「それは、お兄さん言っていいこと?」
「うん、教えてほしい」
そこまで言ったところで、イロハに肩を掴まれて耳打ちをされた。
やや不満げな顔で、ささやく。
「そんなの聞いてどうするのよ」
レンもヒナに聞こえぬよう、声を最小限に抑えて、「放っておけない」と述べる。
「別に知らなくてもいいじゃない」
「だって、母親と離れたって……I.C.O.のせいでしょ」
「ここにいる理由によっては、助けてあげたいって?」
「そう、なんでわかったんだよ」
後ろではヒナが、二人のやり取りを黙って見つめていた。割って入ることもなく、ただ静かに耳を傾けている。
「いや、考えが単純すぎるし、さっきまであなたのこと傷つけてたのよ?」
呆れたような指摘に、レンはちっとも怯まなかった。
「でも、それが組織の命令だったりしたら?」
「……」
イロハが逆に怯むが、それでも彼女は続けた。
「そういうのは置いといて、純粋に気になるだけなんじゃないの?あの子とその母親の関係が」
レンが 完全に黙り込む。返す言葉もない。
すべて、イロハの言う通り。
見破られて、恥ずかしさが込み上げてくる。
その沈黙を見て初めて、イロハは自分の言葉がレンの心のなにかに触れてしまったのだと勘違い。
レンは、顔を俯かせて、小さく頷く。さっきまでの穏やかな表情は、陰が加えられていた。
慌てて、「えっと……レン」と話題を振ろうとするが、
遮るように、
「何から話せばいいの?」
ヒナの、迷いを押し殺した声が空間中に響き渡った。
それに比べて、レンは唸りながら、曖昧に答える。自分で言っておきながら決めていなかった。
「……I.C.O.に入ったきっかけとか。」
レンの声を受け取ると、ヒナは顔を上げた。天を見て、天を見上げ、遠い記憶を探るように視線を泳がせる。何度か言葉を選ぶように口を開きかけ、 ようやく小さく息を吐いた。
「……ママが、警察に連れてかれたの」
「警察?」
一気に、聞き手の二人の顔が曇る。「警察」、「連れてかれた」というワードが、頭を埋め尽くす。
ーー母親は、何をしたの?
イロハは真っ先に、その質問が思い浮かんだ。なにか大きな罪でも犯したのか。
その心を読み取ったのかと思うほど、ヒナが続ける。
「お金を盗んだの、お金がなかったから。でもすぐにバレて、ママは警察と一緒にどこかに行っちゃった。ヒナは……あ、施設に行ったんだ」
「なんで、今はここにいるの」
レンが、続きを妨害しないような質問を投げる。
ヒナは目をぱちくりさせながら、ゆっくり「えっと」首を傾げて、こう言う。
「抜け出したの。ママに会いたかったから。警察に連れてかれたけど、悪いことはしてないもん。だって、ヒナのために盗んだお金だから。
だけど、見つけられなかった。たくさん走って、お腹が空いても、喉が渇いても見つけられない。
ママのいるところがどこか分からなくて。」
「でも」と付け加えて、一度、息を整える。
肩の力を抜いて、レンの顔を見つめる。その表情は、味の無い水に、砂糖がほんの少し加えられたような微笑みだった。
「そんなときにね、リアスが助けてくれたの。
リアスはママのいる場所を知ってて、ヒナがリアスのお願いを叶えたら、ママに会えるようになるって」
語る目は、希望に満ち溢れていた。本当に母親に会えると信じ込んでいるみたいだ。
ーーいや、違う。リアスがそんな良い奴なわけない。
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花桜月華
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羽海汐遠
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急に、身体が熱くなる。自分でも何かがはち切れそうなのがよくわかる。
苦虫を噛み潰す勢いで歯を食いしばると、つとめて声量を抑えた。
「お願いってなに」
その言葉の裏に、「リアスのお願いなんて聞くものじゃない」という意味も孕んだつもりだったが、ヒナはまっすぐに受け取って、まっすぐに言う。
「試作体になる、実験に協力すること」
二人の顔が、みるみるうちに青ざめていく。
ーーそれって、フユリを苦しめた罪深い行為だったはず。それをこの子は、自分の意思で受けいれたって言うの?
「実験……あっ、ねぇ」
「?」
つい、イロハが口を挟む。
「試作体実験って……結局、何が目的」
柔らかくもない、かと言って冷たくもない温度の質問は、ヒナの顔を無に戻した。でも、指を指して、答えは返ってきた。
その指の先には、レン。
レンは、驚いた表情を見せたが、すぐに険しい顔になった。組織と自分に関することで、いちいち驚くのさえ疲れてきた。
答えも、予想通りのもの。
「お兄さんの持ってるのその能力、それを使える人を作るため……って言われた気がする。でも最近は、実験はしてないよ。お兄さんが能力持ってるからね」
ヒナが、目を細める。
「ありがとう。お兄さんのおかげで嫌いな実験しなくて済むよ。痛くて怪我して、血を流しても、怒られるだけだもん」
言葉を失う。
自分の、自分さえ理解できていないこの能力は、家族を失った原因でもある。だが、こうやって実験を免れることができる子がいるのは、救いでもあるのかもしれない。
そんなわずかな希望は、次の台詞で全てがひっくりかえった。
「でも、試作体は必要なくなったんだって。あなたがいるから。だから最近、他の子たちは捨てられてる 」
「捨てられてる?」
イロハが鸚鵡返しをする。ヒナは言い淀むことなく、言った。
「死んでるの、みんな。いらないって言われて」
その口ぶりは、まるで日常的なことを話しているみたいに、恐怖もなにも混ざっていなかった。
スーパーへ買い物に行く、とかそんな具合の。
誰も何も言わなかった。
意味を理解するには、相当の時間が必要だった。
ヒナは気にせず続ける。
「一人ひとり、役に立たない人から死ぬ。みんな順番に、何を言っても死ぬ。ヒナはひとり残された。まだ使えるから。
だけどヒナは、今やってる仕事に失敗したら、死ぬの、今日に」
「今日に」のところだけが、やけに熱が籠っていた。絶対に死ぬわけにはいかないという固い意思が伝わってくる。
そうなれば、母には会えないから。
「ごめんね。だからお姉さんたちにはここでヒナにやられないといけない。ヒナは……死にたいわけじゃない」
完全に、沈黙に包まれた。
イロハの敵対視する心が警戒の鐘を鳴らす。
攻撃が来るかもしれない、と剣の柄に手を添える。
足元の水は、ありえないほどに澄んでいる。ヒナの顔も、レンやイロハの顔も、変わらず鏡のように写している。
ヒナは動かない。
次の言葉を探すように、ただ立ち尽くしていた。
レンも、張り詰めた空気の中、なかなか口を開かない。ここで口を開いたら、いけないような気がする。
ーーそれでも、言いたいことがある。
母親に会うために死と隣り合わせになるなんて、いいはずがない。こんな場所に、ヒナはいるべきではない。
唇を結び、舌で濡らした後、ようやく口を開いた。
「だったら、一緒に逃げよう」
自分でもわかるくらいに、震えていた。
つとめて、表情だけでも柔らかくするために、ふぅっと息を吐いた。
ーー無茶なことを言っているのは、承知の上だ。
相手はレンのトラウマを掘り起こしてきたのだ。普通なら恨むべきだろうか。
誰も何も、言わない。イロハも、ヒナも、瞬きもせずに固まっている。
自分の言葉が届いてないのではないか、はたまた、実は時が止まってて、誰も動いていないのではないか。
そんな馬鹿なことを考えたが、すぐに打ち消される。
「……逃げる?」
ヒナが、眉を動かさずに、口だけを動かした。今までの間は、返答に困っていたのか驚いていたのか、表情では分からない。
「そう」
「それじゃ、ママには会えない」
「でも、ここにいたら君が死ぬ。死んだら、それこそママには会えない」
「……仕事に失敗しなければいい」
その声には、自分に言い聞かせるような弱さが混じっていた。イロハが「レン」とさらに警戒の色を増すが、反応はしない。
「仕事……お兄さんをやっつけるの」
「……それで、ママに会えると思う?」
「……」
ヒナは目を大きく見開いた。それだけで十分だった。
なんとなくだが、事情はわかった。ヒナは、母親ーー家族に会いたい、会うためにここにいる。
決して悪者でもなんでもない、むしろ被害者と、レンは考えた。
ーー放っておくなんて、できるわけが無い。
レンが一歩踏み出すたび、水面が静かに波紋を広げる。
「レン……」
イロハは小さく息を呑む。
ほんの一瞬だけ迷ったあと、小さく苦笑した。
「……ほんと、お人好しなんだから」
そう呟いて、レンの隣へ並ぶ。
レンは小さく笑って頷くと、再びヒナへ向き直った。
「行こうよ」
屈んで、手を差し伸べた。
イロハも真似するように、手を突き出す。
「ほら、行きましょ」
「……」
ヒナの視線が、レンへ移る。
次にイロハへ。
二人とも、急かすことなく、ただ手を差し伸べていた。
不思議なものでも見るかのように眺めている。
自分よりも大きな手が二つ。
一つは少しゴツゴツしたもの、あと一つは白く細いもの。
ーーこれはどっちを選べばいいんだろう。
恐る恐る、小さな手が持ち上がる。
指先が、ゆっくり近づいていく。小さな掌は、最初こそ迷っていたが、やがて震えが収まっていく。
顔を上げて、二人を直視すると、レンも、イロハも笑っていた。
怒っていない。
急かしてもいない。
ゆっくりと伸びた小さな手は、
レンの掌へ重なった。
その瞬間だった。
触れ合った掌から、白い光が弾けた。
耳をつんざく轟音とともに、大地が震えた。 水面は鏡のように砕け、無数の光片となって舞い上がる。
空間そのものが悲鳴を上げるように震え、水面が荒れ狂った。
レンとイロハは咄嗟に、ヒナの手首を強く掴んだ。そのまま、二人の腕の中へと引き寄せる。
「な、何が……!」
辺りいっぱいが真っ白だった空間に、少しずつ亀裂が入っていく。
「ヒナさん!!これ、あなたの能力!?」
イロハが声を荒らげるのとは対照的に、ヒナは首を振った。
「違う……できっこない」
ーーじゃあ、一体。
考えている暇もない。このままでは、荒波に呑まれて逃げるどころじゃなくなる……!
イロハがレンに意識を向け、口を開こうとした時だった。
視界が、真っ白になった。
そして――。
第三十五の月夜「別世界の迷路」へ続く。
コメント
5件
漫画みたいに脳内再生できる! 登場人物に好感持てるのほんとに大きい
三人とも助かって欲しいよね……🥲 レンは相変わらずいい奴で、イロハもその影響を少し受けてるみたいですね。