パウダールームを出た花純は、廊下を進むと一番奥のドアをノックをして入る。
ドアを開けると、そこはリビングダイニングだった。
部屋には眩しいくらいの朝の光が注ぎ込んでいる。
部屋全体を見回した花純はその広さに驚いた。
(わっ、凄く広い! それに日当たりもすごくいいわ…)
その時、アイランド式のキッチンの方から声がした。
「気分は良さそうだな」
壮馬はエプロンをつけたままこちらへ歩いて来る。
そして花純の前まで来ると、屈んで花純のおでこに自分のおでこをくっつけた。
「ひっ……!」
花純はびっくりして後ずさりをする。
しかしそんな花純の事を気にする様子もなく壮馬は言った。
「平熱だな…食欲もあるみたいで良かったよ。あと少しで用意が出来るから座って待ってて」
壮馬はそう言い残すと再びキッチンへ戻った。
キッチンからはバターの香りが漂ってくる。
壮馬はスクランブルエッグかオムレツを作っているようだ。
「すみません、色々とご迷惑をおかけして」
「気にしなくていい」
壮馬は答えながらコーヒーメーカーに豆を入れた。
花純は壮馬の邪魔をしないようにとダイニングテーブルへ向かった。
その時、リビングの出窓に並んだ愛しい我が子達を見つける。
花純はすぐに傍へ駆け寄った。
あれほど無残な姿だった鉢は、どれも綺麗な状態に戻っていた。
「あっ、あの、これっ…」
その声に気付いた壮馬が言った。
「昨日暇だったからざっと直しておいたよ。とりあえずの応急処置だから、後でまた好きなようにしたらいい」
「ありがとうございます。でも土はどうなさったんですか?」
「うちにも観葉植物がいくつかあるからね。予備の土があった」
それを聞いて、花純は部屋の中をキョロキョロと見回す。
確かにリビングにはいくつもの大きな観葉植物が置かれていた。
そこにある鉢は副社長室にあった植物達と同じく、どれも生き生きとしてとても元気な状態だ。
(副社長も自分で植物の世話をするんだ…)
その時花純は思い出していた。
火災現場のアパートで、壮馬が手慣れた様子で植物の鉢を次々とビニール袋へ入れるのを。
あの時壮馬は土に触れる事を嫌がらずに自らその作業を買って出てくれたのだ。
その瞬間花純の心がじんわりとあたたかいものに包まれていく。
「トーストは一枚でいい?」
「あ、はい」
気付くと部屋中にコーヒーの良い香りが漂っていた。
ドリップが終わったようだ。
花純がダイニングテーブルまで行くと、壮馬はテーブルの上に皿を並べ始める。
(副社長が家事をするなんて思ってもいなかった)
普段きりりとした壮馬がエプロンをつけてきびきびと動く様子を見て、花純はなんだか自分がとっても貴重なものを見ているよ
うな気になる。
もしこれを動画に収めたらとっておきの極レア映像だ。
そんな事を考えていると準備が終わったようだ。
二人は向かい合って座ると朝食を食べ始めた。
白い皿には、レタスとプチトマト、それに少しいびつな形のオムレツにソーセージが二本添えられている。それにトーストとコ
ーヒーだ。
オムレツを一口食べた花純は、目をまんまるに見開いてから言った。
「美味しいです」
「それは良かった」
「副社長がお料理するとは思っていませんでした」
「独身が長いからね、最低限の事は一通り出来るよ」
「意外です……」
花純はそう言って微笑む。
そして気になっていた事を壮馬に聞いた。
「あの、お洗濯もありがとうございました。あと、お薬まで処方してもらったみたいで…私覚えていなくて」
「ああ、あれはね、俺の高校時代の同級生がちょうど近くでクリニックを開業しているんだよ。で、往診に来てもらったんだ。
そいつもこのマンションに住んでいるから帰る時についでにね」
「そうだったのですか…私全然記憶になくて…」
「ハハッ、そうだろうな。熱でうなされて朦朧としていたからね」
「でもお薬が効いたみたいで一晩で治っちゃいました」
「一晩じゃないよ」
「えっ?」
花純がキョトンとしていると、壮馬は微笑みながらテレビをつけた。
テレビに映し出されたのは、平日にしかやっていない朝の情報番組だった。
それを見て、花純は一瞬ぽかんとした表情になる。
それからハッとする。
「えっ? 今日は日曜日じゃないのですか?」
「今日は月曜だ」
「えっ? って事は?」
「そう。君は土曜の晩から今朝までぐっすり眠っていたよ。薬のせいもあるだろうけれど、よほど疲れていたんだね」
花純は一瞬頭がパニックになる。
まさか今日が月曜だとは夢にも思っていなかったからだ。
そこでハッとする。
「しっ…仕事っ!」
花純が慌てて携帯を取りに行こうとするのを見て、壮馬が言った。
「優香さんには電話を入れてあるから大丈夫だ。今日はゆっくり休みなさいと伝えてくれって」
「…………」
「食欲もあるし今日一日休めば明日からまた出勤できるさ。だから心配しないで今日はゆっくり休むといい」
壮馬はそう言ってトーストを口に入れた。
「はい……」
花純はガックリと肩を落とす。しかしそこでまたハッとした。
「副社長こそお仕事は?」
「俺は有休を取った」
壮馬はさらっと言ったが花純はびっくりしていた。
「すみませんっ、本当にご迷惑ばかりおかけして…」
「気にするな。ちょうど休もうと思ってたところだったんだ」
壮馬は穏やかに言うと、トーストを口に入れた。
花純はガックリと肩をうなだれつつ、もう一つ気になっていた『パジャマへの着替え』についてを壮馬に聞く事は諦めた。