テラーノベル
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「もう私たち、完全に終わったね……」
目の前の婚約者が、彼に向かってポツリと零した。
豊田にある、双子の弟が暮らす自宅マンションの、すぐ近くにある公園。
住宅地にそぐわない、かなり広い公園の奥には四阿が数ヶ所あり、中心には円形の大きな噴水池、それを取り囲むように、ベンチが設置されていた。
それにしても、こんな寒空の中、過去を暴露する羽目になって、最悪なクリスマスイブだ、と彼は思う。
社長夫人という肩書きを欲しがっていた弟の彼女を、彼が甘い言葉で誘い、あっさりと寝取った。
婚約までこぎつけ、二ヶ月ほど前には、ハヤマ ミュージカルインストゥルメンツの創業パーティで、大々的に婚約発表。
結婚前の遊び納めとして、他の女と浮気していたところを、弟と、弟の現在の彼女にバレてしまい、挙げ句の果てには、婚約者にも知られて、先ほどまで四人で顔を突き合わせて、修羅場を繰り広げたばかり。
『奪ったものは、いつしか必ず奪われる。せいぜい気を付けるんだな』
弟が捨て台詞を残して恋人と一緒に立ち去り、この広い公園には、フィアンセと二人きりである。
自業自得だ、というのは分かっているが、まさか聖なる日の前夜祭に、こんな事になるなんて思いもしなかった。
彼は、二〇二四年十二月二十四日という日を、一生忘れないだろうな、と、頬を濡らしている婚約者を見やりながら、漫然と考える。
「婚約は……破棄します。私から、父と、あなたのお父様に…………伝えておきますので」
普段、気楽な言葉遣いで話す婚約者が、改まった口調になり、彼は我に返った。
「いや、親父には俺から伝──」
「いえ。あなたが不貞を働いたのですから、私から伝えさせて頂きます」
彼女の冷淡な言葉に遮られ、彼は顔を僅かに顰めた。
(もし、この女が社長である父に、俺の不貞を暴露したら、次期社長の座を引きずり下ろされて、失脚……いや…………下手したら、首が飛ぶかもしれない……)
彼は、ポーカーフェイスを保ったまま、頭の中で思考を巡らせる。
父親の意向で、予め敷かれていた人生のレールの上を、迷わずに歩き続け、ようやく見えてきた、『一国の主人』という地位。
いやしかし、と彼はさらに考える。
(いち社長である親父が、こんな女の話を、鵜呑みにはしないだろうな……)
「…………分かった。君のお父さんにも、俺の親父にも、君から伝えてくれて構わない」
彼は、俳優のように整ったクールな顔立ちを、神妙にさせつつ、心の中でほくそ笑み、高(たか)を括る。
「…………さよなら。お元気で」
フワリと揺れる巻き髪のロングヘアに、真っ白なコートを纏った、元フィアンセの小さな後ろ姿を見送ると、彼は天を仰ぎ、大きくため息をついた。
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