「月城さん……」
安心したからか、一気に力が抜けた。
「ケガはしていないか?」
優しく問いかけてくれる。
でも、これも演技なんだ。
そう思うと複雑な感情が込み上げてきた。月城さんが私に触れようとしてくれたのを手で跳ね除け、拒んでしまった。
彼を見ると、悲しそうな顔をしている。
どうしてこんな時にそんな子どものような顔をするの?
私は彼らにとって駒の一部に過ぎない。
「もう優しくしないでください」
助けてくれたのに、そんな言葉しか出てこなかった。
「颯との会話を聞いていたんだろう?」
私はこくんと頷いた。
「そうか」
しばらく月城さんは無言だった。
ふと月城さんの後ろを見ると、先ほどの男が立ちあがり、逃げようとしているところだった。
「月城さん!あの人、逃げてしまいます!」
そう伝えると
「心配ない」
月城さんが答えると、男は走って出口へ向かった。しかしその数秒後、バタっと人が倒れるような音がした。
「逃がすわけないだろ」
小野寺さんの声だ。
私は月城さんと目を合わせられずにいた。
「小夜、俺が憎くなったか?」
憎い、そんなことはない。私はただ、悲しいだけ。
なぜ悲しいんだろう。
それはやはり、彼のことが大切な人へと変ったからだ。昔のことも思い出し、彼が私に好意を抱いてくれたのではと期待をしてしまった。しかし現実は違う。
彼は私の頬に触れようとしたが、途中で手を止めた。
「もう触れないから、安心してくれ」
そう言って立ち上がろうとした。
ここで何かを伝えなきゃ、最後の別れになるような気がした。立ち上がろうとした彼の腕を掴み、動きを止める。
「どうした?」
「もっと、近づいて下さい」
月城さんは何も言わずに、私の言葉通りにもう一度片膝をつき、私と同じ目線になってくれた。
私が手を伸ばせば、彼の頬に触れられる距離だ。
彼の髪の毛の結紐を見る。間違いない、私が昔、彼に渡したものだった。
私は、彼の結紐に触れた。
「小夜……?」
「樹……くん。思い出したよ。ごめんなさい、すぐ気付けなくて」
一瞬、彼は目を丸くし、驚いた表情をした。
そして俯く。
すると彼は、私を急に両手に抱きかかえ、立ち上がった。
「月城さん……?」
いきなり抱きかかえられ、どうしていいのかわからず硬直する。
「あとは任せた」
彼は、黙って見ていた小野寺さんに声をかけた。
真剣な顔をしていた小野寺さんだったが
「へっ!樹、どこ行くの?」
キョトンと呆然としている。
月城さんは私を抱きかかえながら、スタスタと小野寺さんの前を通りすぎた。
「今日は、早退する」
小野寺さんは慌てて後をついてきた。
「ちょっと、待って!この後、いろいろとどうするの?こいつらは?訓練の指揮は?」
「お前が統率しろ」
「んなっ、無理言うなよ。上層部になんて説明すればいいんだよ!?」
「体調が悪くて帰ったとでも言え」
「お前が体調が悪いって、そんなこと信じてもらえるはずがないだろ!?」
「俺だって人間だ。体調が悪い時だってある」
月城さんは歩くのを止め
「こうなった原因は全てお前だ。責任をとれ」
小野寺さんを睨みつけた。
「わかったよ。やればいいんだろ。もうどうなっても知らないからな」
小野寺さんが了承をした瞬間
「ありがとう、頼む」
ふっと笑った。
私たちは部屋を出た。
目隠しをされていて見えなかったが、私が連れて行かれた部屋は、建物の地下室のようなところだった。
「他の隊員に見つかると面倒だから、少し走る。揺れるが、我慢してほしい」
私が頷くと、月城さんはすごい速さで走り出した。
建物の裏は林になっていた。林を通り、遠回りをして街へ出る。悲鳴をあげる暇もなく、気付けば街へ出ていた。
「どこへ行くんですか?」
「俺が泊っている宿だ」
ある宿屋に入ると、店主らしき人物が話しかけてきた。
「おかえり。おや、その子は?」
「俺の大切な人なんだ。泊めてほしい、部屋は一緒で構わない。宿泊代は後で払う」
店主さんは驚いた顔をしている。
「月城くんもそういう人がいたんだな。もちろん構わないよ、今日は客も少なそうだし、二階は空にしてやるよ。ゆっくり泊まっていってくれ」
「ありがとう」
月城さんは私を抱きかかえながら二階へ向かう。
「そうそう」
後ろから店主さんが声をかけてきた。
「しばらく風呂を貸し切りにしてやるから、二人でゆっくり入りな。温泉だから」
二人でという言葉に顔が赤くなる。
「それは嬉しい。ありがとう」
「月城くんにはいつも世話になってるからな。お嬢さんにおもてなしをしてあげないと」
ゆっくりしていきなと店主は伝えてくれた。
「ここが俺の部屋だ」
片付いており、荷物などもほとんどない。
「訓練所にも泊まれる部屋はあるが、休んだ気がしなくて。この街に来た時はいつもここに泊まるんだ」
私をゆっくりと畳の上に降ろす。
「小夜、ゆっくり話をしようか?」
「はい」
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