竹林の夜は静まり返っていた。焚き火の炎は小さく揺れ、藤原妹紅はその前に座っていた。隣には白影。彼は炎を見つめながら、何かを探すように沈黙していた。
「……炎は、記憶を呼ぶのかもしれない」
白影の声は低く、風の音に紛れるほどだった。妹紅は彼を見つめる。白と黒の瞳が、炎の光を受けて揺れていた。
「何か思い出したのか?」
白影は答えず、ただ炎に手をかざした。指先が火の粉に触れ、わずかに震える。
「夢を見た。いや……夢だったのかもわからない。ただ、炎の中に誰かがいた。顔は見えない。声も聞こえない。でも、確かにそこにいた」
妹紅は目を細める。白影の言葉は、彼の内側に眠る何かが揺れ始めている証だった。
「それは……お前の過去かもしれないな」
白影は首を振った。
「わからない。ただ、炎に触れるたびに胸がざわつく。君の炎は、僕の中の何かを呼び起こしている気がする」
妹紅は焚き火に薪をくべた。炎がぱちりと弾け、竹林に火の粉が舞う。
「炎は、焼き尽くすだけじゃない。照らすこともできる。私がここにいるのは、照らされるのを待っていたからかもしれない」
白影は妹紅の横顔を見つめた。彼女の瞳には、千年の孤独が宿っていた。だがその奥に、微かな光が灯っていた。
「君の炎に照らされて、僕はここにいる。なら、僕の中の影も、少しずつ形を持つかもしれない」
妹紅は微笑んだ。それは、炎のように儚く、しかし確かな温もりを持っていた。
「お前が何者かなんて、すぐにわかる必要はない。ここにいる。それだけで、十分だ」
焚き火が静かに燃え続ける。竹林の夜は、少しだけ柔らかくなった気がした。白影の瞳に映る炎は、彼の心の奥に灯る小さな火となっていた。







