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管野アリオ
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#セックスレス
深冬芽以
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洗面所のドアをノックし、ゆっくりとドアをスライドさせる。
同時に浴室からシャワーの水音が聞こえた。
洗面所内の物干しポールに掛けられたハンガーには、きちんと折りたたまれたスラックス、洗濯機の横のかごには、彼が脱いだワイシャツや靴下なんかが投げ入れられている。
真っ白なワイシャツとインナーシャツ、グレーのボクサーパンツと靴下。
だから、赤い染みが目についたのは、必然。
ワイシャツを手に取ると、ジャケットと同じ香水が鼻をついた。そして、合わせ目のボタンのすぐ横の染みの正体に、息を呑む。
口紅。
リップクリームやグロスじゃない。口紅、だ。
マットで、一部だが唇の皺もはっきり見える。
わざと……じゃ――。
女の勘、とでもいうのだろうか。
とにかく、夫のワイシャツについた口紅は、女性が意図的にそうしたものだと思った。
なぜ……?
そんな、考えるまでもない疑問に自嘲し、ワイシャツを持ってキッチンに行く。
それから、食器用洗剤を口紅の染みに垂らした。
こんなわかりやすい挑発、古すぎじゃない……?
口元が緩む。
コップにもべっとり痕がついてるでしょうね。
ペーパータオルで染みを挟む。
これが付いたのは、飲み会の前? 最中? 後?
ペーパータオルの、染みの移っていない部分で、もう一度挟んで押す。
意中の相手は祥平じゃなくて、ただ祥平がそばにいた時にふらついたりしてぶつかった、本当の事故だった……とか?
何度もペーパータオルでシャツを叩く。
祥平は口紅の痕《これ》に気づいたのかしら……?
気づいたら言うだろう。
汚れてしまった、と。
言わなければ、私に誤解させることぐらい考えるはず。
でも、酔ってたから……。
シャワーで酔いが醒めたら、言うかもしれない。
きっと、言ってくれる。
香水の移り香が臭いと言ったくらいだ。
何度もシャツを叩く。
何度も、何度も、何度も。
「詩乃?」
ハッとして手を止め、夫を見るより先に手元のワイシャツを見てハッとした。
ぼうっとしながら叩き続けたシャツは、薄い染みがじわりと広がって、二センチくらいの大きさに滲んでいる。
私は慌ててペーパータオルを取り替えて、染みを叩き直した。が、染みが薄くなることはなかった。
「どした?」
祥平が私の手元を覗き込む。
「あ~……、ごめん」
『なにが?』と聞こうとして、言葉が喉につかえた。
たった三文字を発する声が、酷く祥平を責めるようなイントネーションになりそうだと思ったから。
言葉は、その声色や抑揚で随分と意味や重みを変える。
今の私は、とても棘のある言い方をしそうだと、自覚があった。
それで、良かった。
私が、つかえた言葉を呑み込んでいるうちに、夫がそれを証明してくれた。
「接待だったんだけどさ? 取引先の女の人で、なんかやけに口紅の色が濃い人がいて」
「ぶつかっちゃったの?」
私はペーパータオルごと、ワイシャツを強く握り締めて聞いた。
「うん、帰る時に」
「大丈夫だった?」
「なにが?」
「ふらついてたから、ぶっつかったんでしょ?」
「あ、うん。なんか、すごいハイヒール履いてたんだよね」
「そう……」
若い子なのかな、と勝手に想像した。
「詩乃」
「うん?」
「なんか、気にしてる?」
「え?」
「すごい、握りしめてるから」
祥平に指さされた手元を見ると、ワイシャツが私の両手にしっかりと握り締められて皺々になっていた。
パッと手を離して皺を伸ばすも、濡れたまま刻まれた皺はくっきりと痕を残している。
コメント
1件
読み終えました。第15話、お疲れ様です…!冒頭のシャツの染みを発見してからの心理描写が、手に取るように伝わってきてドキドキしました。洗剤を垂らして叩く動作の繰り返しに、認めたくない気持ちと平静を装おうとする必死さが滲んでいて。ラストの祥平の「握りしめてる」の指摘で、もう詩乃さんの心の揺れが全部表に出ちゃってるんだな…と切なくなりました。続きがすごく気になります!