テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
海辺での再会から数時間後。
撮影が終わった目黒蓮は、病院の廊下に立っていた。
白い壁、静かな空気。
さっきの〇〇の姿がら頭から離れない。
「…誰ですか?」
あの言葉が、何度も繰り返される。
「目黒さん。」
呼ばれて顔を上げる。
白衣を着た医師が、静かにこちらへ歩いてきた。
「少しお時間よろしいですか」
「…はい」
案内されたのは、小さな診察室。
椅子に座ると、自然に背筋が伸びる。
「まず、彼女の状態についてお話します。」
落ち着いた声。
でも、その一言一言が重い。
「〇〇さんは現在、重度のうつ病の状態にあります。」
目黒蓮の指先が、わずかに動く。
「強いストレスや精神的負荷が長期間続いたことで、心の機能がかなり低下しています。」
静かに、でもはっきりとした説明
「感情の起伏がほとんどなく、”何も感じない”状態になることもあります。」
さっきの〇〇の表情が、頭に浮かぶ。
「…はい」
医師は少し間を置いてから続ける。
「そしてもう一つ、大きな症状があります。」
目黒蓮の喉が鳴る。
「記憶障害です。」
「… 」
「特に、”自分を守るために消してしまった記憶”が多いと考えられます。」
〇〇の言葉が浮かぶ。
「目黒さんのことも、その中に含まれている可能性が高いです。」
その一言で、胸が強く締め付けられる。
「…じゃあ」
やっと出た声は、かすれていた。
「…思い出すこと、あるんですか?」
医師は慎重に答える。
「可能性はあります。」
「ただしーー」
一瞬、言葉を選ぶように目を伏せる。
「無理に思い出させようとすると、逆効果になることがあります。」
「…逆効果?」
「はい。強いストレスとなり、症状が悪化することもあります。」
目黒蓮は、ぐっと拳を握る。
「…じゃあ俺、どうすればいいんですか?」
医師はまっすぐに目黒蓮を見る。
「”新しく関係を築く”ことです。」
「…え」
「過去に戻ろうとするのではなく”今の彼女”と向き合ってください。」
静かな言葉。
でも、それはあまりにも難しくて。
「彼女にとってあなたは、”知らない人”です」
はっきりとした現実。
沈黙が落ちる。
でも、それは絶望じゃなかった。
「…分かりました」
目黒蓮はゆっくり立ち上がる。
「俺、ちゃんと向き合います」
ドアに手をかけて、一度止まる。
「…あの」
振り返る。
「また、好きになってもらえますかね」
医師は少しだけ微笑んだ。
「それは、あなた次第かもしれませんね」
廊下に出る。
窓の向こうには、あの海。
「…上等じゃん」
小さく笑う。
「初対面からでも、落とすし」
ポケットに手を入れて、歩き出す。
もう迷いはなかった。
“過去の恋人”じゃない
“これから出会う人”として。
もう一度、恋をする準備は出来ていた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!