テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
机の脚が床をこする音が、やけに耳に刺さった。
遥は、何も言わずに窓際の席に腰を下ろす。
教室には誰もいない。ただ、日下部が教卓の前に立って、ぼんやりと何かを眺めている。
「……帰らないの?」
遥が、ぽつりと尋ねる。
声に棘はなかった。ただ、あまりにも普通すぎて、逆にひっかかった。
日下部は少し肩を揺らし、曖昧に笑う。
「うん……あとで」
視線は遥に向かないまま、何かから逃げるように教卓に指先を置いた。
その沈黙を、遥は破らなかった。
ただ、小さく机に頬杖をついて、じっと彼を見ていた。
日下部は、気づいていながら、それを感じていないふりをした。
いつもなら、こういう時間が心地よかったはずなのに。
そのとき、教室のドアが音もなく開いた。
「……あれ。いたんだ」
蓮司だった。
笑っていた。声は軽いのに、足音だけが無意味に重く響いた。
遥と日下部のあいだに、風のように滑り込む。
「仲良し、なの? ふたり」
その言葉に、遥のまなざしがわずかに変わった。
だが、答えはない。
「ねえ日下部。さっきの、まだ痛む?」
その瞬間、日下部の肩がピクリと跳ねた。
だが蓮司は構わず、机に腰をかけ、遥の視線を真正面から受け止めた。
「遥って、優しいよね。ほんと」
それは、明らかな挑発だった。
でも遥は動じなかった。ただ、静かに目を細めた。
「……知らない」
その一言に、蓮司の笑みが深まった。
「知らない、か。いいね。優しい人ほど、残酷だよ。見て見ぬふりって、やさしさって名前のナイフだもん」
その言葉に、日下部はゆっくりと視線を遥に向けた。
まるで、答えを求めるように。
だが遥は、ただ目を伏せた。
「オレは……」
何かを言いかけて、止めた。
言葉にならなかった。声にしてしまえば、何かが壊れてしまう気がした。
蓮司は、それを「見た」。
そして、にやりと笑う。
「じゃ、またね」
そう言って去っていった。
日下部は、声も出せずに立ち尽くしていた。
遥は立ち上がると、窓の方へ歩き、
外に沈む光を見つめながら、ぽつりとつぶやいた。
「……ほんとは、聞きたくないことばっかだよな」
その背中に、日下部は何も言えなかった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!