広大な宮殿の奥深く。秘め事のように外界から隔離された場所がある。
幾千もの女人たちが住処、後宮。
その場所は、主である王が通ってくるのを待ち、日々住人たちが美しさを競い、桃源郷と見違うかぐわしさを放っている。
むろん、緋色の壁で取り囲まれた夢のありかとして、王以外の男子の立ち入りを認めていない。
ゆえに、束ねるも、女自らの手にゆだねられていた。
女官長その人に……。
後宮をまとめ上げるだけでなく、政に口を出すことも由とされていて、時に、王をしのぐ勢いを見せていた――。
ドンレのずる賢く光る小さな目は、黒衣を纏《まと》おうとしているグソンの体躯《たいく》に釘ずけになっていた。
自分の寝室に、男を忍ばせていることが発覚すれば やっとの思いで上り詰めた女官長の地位など、いや、命がなくなるに違いない。
だが、グソンは後宮に立ち入りを許されている宦官。
男とはいえないだろう。
それに……。
人払いする必要があるほど重大な話をしていたのだ。
政《まつりごと》のために、グソンと会っていただけなのだから……。
よりよき政のための、密な語らいは、無事終わった。
その証しに、男の体は衣装に包まれてしまう。
ドンレは、目の前から若い肌が消えるのを苦々しく見た。
「王は、まだお下がりのようで。お陰で私も、こうして気兼ねなくドンレ様にお会いできます」
戯れに笑う、グソンの顔には、交わりの後の疲れなど微塵も読み取れない。
すがすがしさ――。
張りのある肌――。
密会するたび、ドンレは、男の若さに溺れていった。
それだけ自分が歳をとったということなのか。
ドンレはあらゆる若さに、嫉妬していた。
――かの屋敷から花信が届いた時も……。
煮え湯を飲まされたような、腹立ちを覚えたものだ。
そして――。王の足は、後宮から離れきっている。
王が後宮に寄り付かない。それでは、次位はどうなる?
王には、子がない。
空席を狙い、血気さかんな家臣が、反乱を起こすかもしれない。
男とはそういうもの。隙あらばと、立身出世を狙っている。
このまま、外の人間に王座が奪われてしまったならば、ああ、今ある栄華など、簡単に消え去ってしまうだろうに。
だからこそ、後宮に。王子を……。
一度上り詰めた地位を、ドンレは失いたくなかった。