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◆小泉淳子《あつこ》
先日、圭子と一緒にいた匠平に礼の言葉を投げ掛けた折、彼は少しの愛想も返して
はくれず、一度自分を一瞥しただけで、彼の元へと歩いて行く妻の圭子に視線を移
し、そのあとは、圭子の手から娘の座っているバギーを引き受け、代わりに押しな
がらさっさとエントランスをくぐり抜けて行った。
一生懸命サービスした自分に素っ気なく過ぎやしないかと、淳子は少しいらっと
した。
けれど、妻の前で流石に他の女にデレデレできないかっ、と考え直した淳子は、
イライラを引っ込めることにした。
そしてそのあと、自宅での仕事が途切れた隙に匠平の帰宅する頃を狙って、仕事
であるマッサージを盾に次の約束としてアロママッサージの予約を取り付けよう
と考えた。
初めてのあの日、素っ気なくそそくさと匠平は帰って行き、また後日会った時
にも確かに素っ気なかった。
しかし、最初の時は思いがけずの出来事にアタフタしてのことだったろうし、
二度目は近くに妻がいたので、親し気にできなかったのだろう。
圭子に同僚との付き合いでと言い置き、我が家に再度来てもらい、私からの好意
を伝えれば自分の美貌とこのしなやかな肢体に必ずや彼は溺れるはず、そう淳子
は心算した。
◇ ◇ ◇ ◇
今回のゴールデンウイークを匠平は、1日有給を入れたため土曜を入れると
6日間まとまった休日を取ることになり、家族とまったりと過ごし、普段
忙しくてストレスが溜まる一方だがよい骨休みになった。
匠平は化学メーカーに勤めていて多忙な日々を過ごしているが、化学製品や素材
製品の分野では生産技術の進化が事業の成功に繋がるため、やりがいを感じてい
て、大学に残り研究者の道を進む選択肢もあったが開発に携わると決めたことに
後悔はなかった。
そして今日は休み明けの初日、少々疲れたが翌日からまた2日間の休みなので
英気を養い、次の週初めからは仕事に本腰を入れなきゃな、などと、妻と娘の
待つ我が家へと急ぎ足でマンションのエントランスへと匠平は足を踏み入れた。
いつものように数メートル先のエレベーターを目指し足早に歩を進め始めた時、
共用ラウンジにいたであろう小泉淳子が顔を見せたのである。
匠平には悪い予感しかなく、自然と口元が引き締まる。
「匠平くんっ」
「こんばんは」
俺は普通に挨拶をしてやり過ごし、足を止めずにそのままエレベーターに
乗ろうとした。
すると、すかさず彼女は俺の横に張り付いて言った。