その頃、藤堂組ナンバー2の藤堂則之は血相を変えてテナントビルに入って行った。
そこには梅島会の違法賭博場がある。
ビルの中では梅島会の若頭・梅島龍平(うめしまりゅうへい)が則之を待っていた。
「遅くなって申し訳ありませんっ」
「随分といいご身分じゃねぇか。一体俺を何時間待たせるつもりだ?」
「す、すみません」
「……ったく。で、例の情報は持って来たか?」
「それが……」
「ハァッ? まさか手ぶらじゃねーだろうなぁ?」
「じ、実は例の男が突然会社を退職してしまいまして……」
「それは知ってる。だから奴の居場所突き止めて情報を聞き出してこいって言ったんだよ。おぅっ? まさかやってねーなんて言わせねーぞ?」
「そ、それが……」
則之はしどろもどろになっている。そこには藤堂組ナンバー2としての威厳は全く見られなかった。
……
「マジでやってねーのか? おいおい冗談だろう? 藤堂組の若頭ってーのはそんなに仕事が出来ねーのか?」
「もっ……申し訳ありませんっ」
「ハハッ、マジかっ! 藤堂組では謝罪すればなんとかなるのかもしれねーが、うちではそんな甘ちゃん通用しねーぞ? この梅島に向かってそんなふざけた態度を取るんなら、ここで指一本でも落としてもらおうか?」
「ヒッ! そ、それだけは勘弁を!!!」
「だったらよぉ、お前が俺の大事な女とセックスしまくってる動画を世間に流してやろうか? ん?」
「そ、それも勘弁して下さいっ」
「ったくよぉ、美香みたいな上等な女をスパイに使ったのがそもそもの間違いだったわ。あいつはすっかり藤堂の男のセックスに取り込まれちまってる。だから俺なんかには見向きもしなくなっちまったよ。藤堂のセックスってぇのはそんなにいいのか? おうっ? 一体どうしてくれるんだ!」
「そう言われましても……」
「そうだなぁ……じゃあ代わりにとびっきりいい女を紹介しろよ。そうだなぁ、美香みたいにスレた女じゃなくて、今度は男慣れしていない初心な女がいいかな? おっ! そうだ、お前んとこの新人AV女優が評判いいみたいだよな……あの女を献上しろ。そうしたら今回のところは見逃してやる」
「あ、あの女優は駄目ですっ」
「なぜ駄目なんだ?」
「あの女は東条の女ですから」
「東条一樹の? ほぅ……そういう事か。だったら余計に抱きたくなるぜ……よしっ、あの女を連れて来い! さもないとお前のオヤジに全てぶちまけるぞ。そうなったら例え親子でもお前の命は危ないかもしれねぇなぁ……」
「そ、そんな……それじゃ話が違うじゃないですか……」
「なーに言ってんだこのクソ野郎っ! 俺もまさかよぉ、藤堂の跡継ぎがこんなにヘタレだとは思ってもいなかったぜ。おまえらみたいな弱小暴力団はなぁ、一日も早く消えちまえばいいんだ。そうしたら後は俺達が引き継いでやるから」
龍平はそう言い放つと、ニヤリと笑いながら出口へ向かった。
その後ろを子分たちがぞろぞろとついて行く。
そして龍平は外へ出る前に一度立ち止まると、則之の方を振り向いて言った。
「おっと……最後に一つ言っておくが、お前が熱を上げていた美香がセックスの虜になったっていう相手はなぁ、お前の事じゃないぞ。美香は東条一樹のセックスに溺れたんだとさ。お前が勘違いしていると可哀想だからあえて教えてやるよ。ハッハッハッじゃあなっ」
龍平が笑うと子分達も一斉に笑い出す。
今までに経験した事のない屈辱を受けた則之は、両手をきつく握りしめながらその場に立ち尽くしていた。
次の週、楓が仕事を終え帰り支度をしていると一樹が来て言った。
「楓、今日はメシはいらないから。帰りも遅くなるから先に寝てていいぞ」
「わかりました」
「じゃあ気をつけて帰れよ」
「はい」
美空愛育園でのクリスマス会以降、一樹の楓に対する態度はいっそう優しくなっているような気がした。
二人の間に特に進展はなかったが、楓が一樹と過ごす時間には常にあたたかい空気が流れている。
楓はフロアから出て行く一樹の広い背中を穏やかな表情で見つめる。
そんな楓を見て南がからかうように言った。
「なんか二人ともラブラブって感じ~♡」
「え? そうですか?」
「そうよぉ~。なんかお互いを想い合ってるって感じがひしひしと伝わってくるわ」
「えー? そんな事ないですよぉ……」
楓は咄嗟にとぼけるが、なんとなく自分でもそう感じていた。
上手くは言えないが、一樹との間にある絆のようなものが日増しに強くなっている気がする。
「南さんはこの後お友達と会うんですよね?」
「うん、だから今日は楓ちゃんだけヤスに送ってもらって」
「はい。楽しんできて下さいね。じゃあお先に失礼します」
「お疲れー」
楓は南に手を振ると、フロアを後にした。
地下駐車場へ行くと、既にヤスが車の中にいた。
楓の姿を見つけるとすぐにエンジンをかける。
「すみません、お願いします」
「お疲れ~、じゃ行こうか?」
「はい」
車はいつものようにマンションへ向かって走り出した。
「今日はスーパーに寄らなくても平気?」
「大丈夫です。社長は今日遅くなるみたいでご飯はいらないんですって」
「了解」
「なんか最近忙しそうですが、何かありました?」
ここ最近一樹が忙しそうにしているので、楓はそれとなくヤスに聞いてみる。
「ああ、ちょっと梅島の事で色々と問題がね……」
「問題?」
「うん。まあもうちょっとしたら落ち着くとは思うけど。そうそう楓さんも一人の時には充分注意するんですよ。梅島は敵対する組の家族や知人にも平気で手を出すような輩ですから。一人の時は絶対に玄関を開けないで下さいね」
「わかりました。でも、なんか映画とかドラマの世界みたい……」
「ハハッ、映画やドラマは作り物だから実害はないけど、リアル世界でのドンパチはマジ死人が出ますからね。だから用心するに越した事はないんです」
『ドンパチ』『死人』という言葉を聞き楓はギョッとする。
(映画の世界みたいに本当にドンパチがあるのかな?)
「わ、わかりました。気をつけます……」
「ハハッ、まあ基本うちの組は何事も穏便に済ませたい方なんで心配はいりませんよ。ただもし相手が仕掛けてきたら受けて立つ事もありますんで……あくまでも念の為にって事で。あ、あともう一つ注意して欲しいのが、梅島には覚醒剤中毒の奴が結構多いんです。だからスーパーなんかで買い物をする際には周りにも充分気を付けて下さいね。シャブ中の奴らは突然奇行に走って何をしでかすかわかりませんから」
さらに楓はギョッとする。
「えっと……その覚醒剤中毒の人っていうのは見ただけでわかるものですか?」
「俺達はすぐわかりますよ。まあシャブ中の特徴で有名なのは、手が震える、目付きがヤバい、挙動不審、やたら汗をかく……あとは感情の起伏が激しいとかかなぁ? あ、それと末期になると顔や身体に傷やかさぶたが増えますね」
「え? なぜ傷が?」
「重いシャブ中になると幻覚が見えるんです。幻覚でよくあるのが自分の皮膚の下をウジ虫が這いまわっているとかね。だからつい自分で皮膚をひっかいて虫を取り出そうとするんです。それで傷が出来るみたいですよ」
「えーっ、怖い! そんな風になっちゃうんだ……」
「そう。だから薬なんて絶対にやらない方がいいです。まあヤクザの俺が言うのも何だけどね、ハハハッ」
そこで楓も釣られて笑う。
その後も覚醒剤の話で盛り上がっていると、車はマンションへ到着した。
楓はヤスに礼を言ってから車を降りると車が走り去るのを見送った。そしてエントランスへ向かう。
その時楓を呼び止める女性の声が響いた。
「長谷部楓さんですか?」
突然声をかけられた楓が驚いて振り向くと、そこにはモデルのように美しい女性が微笑んで立っていた。
コメント
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美香は美香でも、叶美香やったらええねんけどなぁ。 もう、わたしの脳内は、『仁義なき戦い』のテーマが流れる準備万端。
もう来た⁉️美香⁉️いや、違うかも、、、 お願い🙏助けて😱💦
( ;´Д`)ヒィィィィ。楓ちゃんに目をつけるだなんて💦 それにちゃんと部屋まで送り届けて欲しかった。 これは美香よね?逆恨みからの女の敵は女という😨😨 しかも失うものはないだろう怖さが不気味。 一樹さんどうかガードが薄く危険にさらされてる楓ちゃんを守ってね🙏🙏