食事を終えると二人はデザートを楽しんむ。
デザートは『さつまいもとリンゴのモンブラン・アイスクリーム添え』だった。
綾子はさつまいもとリンゴのモンブランは初めて食べると言って感激しながら食べていた。そんな綾子の事を微笑んで見つめていた仁が言った。
「なんか初めて会った気がしないよね、あ、正確には二度目だけど」
「はい、やっぱり普段からお話ししていたからでしょうか?」
「だね。それにしてもネットでの出会いって不思議だな。普段の生活では知り合えない人と知り合えるんだからね」
「ほんとそうですよね。まさか有名作家さんとこうしてお会い出来るとは思ってもいませんでした」
「正直に言ってくれないか?」
「はい?」
「俺と知り合う前にもこうやってメル友と会ったりしたの?」
「いえ、ないです」
「本当に?」
「はい。そもそもメールが続く人がいませんでしたから」
「そっか」
「あの……神楽坂先生は?」
「俺もメールが続いたのは綾子ちゃんだけかなー。あ、それとその『先生』っていうのやめないか?」
「え、でも…」
「なんか『先生』って言われると背中がムズムズするんだよなー」
「フフッ、そうなんですか?」
綾子は笑う。
「じゃあ神楽坂さん?」
「仁でいいよ」
「え?」
「仁!」
「仁……さん?」
「『さん』なんていらないよ」
「え、でもそれはさすがに……」
「じゃあ最初はつけてもいいけどそのうち取っ払ってね」
「自信はありませんが」
「ハハッ、努力してみよーか」
「…………」
綾子は困ってしまう。
その時仁は隣の椅子に置いてあった紙袋を綾子の前に置いた。
「?」
「メル友記念のプレゼント」
「メル友記念?」
「俺達がメル友からリアル友になった記念かなー? あとはドラマ制作ご協力のお礼も兼ねて?」
「え…そんな…いただけません」
綾子はその紙袋が銀座の老舗デパートの物である事に気付き言った。
「あ、それは君にだけじゃなくて理人君の分も入ってるんだ」
「理人に?」
「うん、木のおもちゃ。木の車? お供え代わりに。食べ物にしようかなーとも思ったんだけれど何か記念になる物がいいかなーってそれにしたんだ」
「…………」
綾子はまた目頭がジンと熱くなる。
思えば理人が亡くなって以降実の父親である隼人でさえそんな気遣いは一度もなかった。
彼は三回忌にも来なかった。
それなのにただのメル友の仁がそこまで気遣いをしてくれた事に綾子は感動しつつも申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「お気遣いありがとうございます」
「いや、君から色々話を聞いてたらさ、なんか親戚のおじさん的な感覚になっちゃってさ。ちょうどおもちゃ屋の前を通ったし」
「ありがとうございます」
綾子はお礼を言うと包みを開けた。
包みの中にはシンプルで上質な木のおもちゃが入っていた。
「あ、これデブレスカ社製の? 理人、この電車シリーズを持っていてすごく気に入っていたんです。ありがとうございます。きっと天国で喜んでいるわ」
「それは良かった。もう一つも開けてみて」
綾子はためらっていたが仁が引く様子がなかったので諦めて袋から包みを取り出す。
そしてピンク色のリボンを解き細長い箱を開けるとジュエリーケースが出て来たので驚く。
細長い箱を見て綾子はボールペンか万年筆だと思っていたようだ。
しかしここまで開けてしまったのでそのまま蓋を開いてみる。その瞬間更に驚く。
「わぁ、素敵」
蓋を開けた瞬間何かがキラリと光った。そこにはダイヤを胸に抱えた天使のネックレスが入っていた。
(こんな高価な物をどうしよう……)
綾子が見てもそれはデパートの宝飾売り場で売られている一流の品だという事がわかる。
「エンジェルへのプレゼントがエンジェルっていうのが洒落てるだろう?」
仁は笑みを浮かべて得意気に言う。
「とっても素敵ですがこんな高価な物を、私いただけません」
「言ったろう? それにはお礼も含まれているんだ。君のお陰であっという間に原作が仕上がったんだからね。その代わりギャラは出ないぞ」
仁はチャーミングな笑顔で冗談めかして言う。
「でも……」
「デザートを食べ終えたらカフェに移動してドラマの概要に目を通してもらいたいんだ。しっかり読んでもらった上で君の許可が欲しい。その間の時間も拘束しちゃうのでそのバイト代込みって事で」
「それにしては高価過ぎます」
綾子は途方に暮れる。こんな時はどうするのが正解なのだろうか? 綾子が悩んでいると突然仁が立ち上がり綾子の椅子の後ろに来た。そしてケースからネックレスを引き抜くと綾子の長い髪を掻き分けてから首に着ける。その際仁の指が首に触れて思わず綾子はピクッと反応する。しかし仁は特に気にする様子もなく留め具をはめた。
そして席に戻ると仁が言った。
「うん、よく似合ってるよ」
綾子は戸惑うような表情をしたまま頬を染めている。そして指でペンダントトップを触りながら言った。
「本当にいいんですか?」
「もちろん。逆に貰ってくれないと困っちゃうよ。俺だと首が太くてつけれねーし」
綾子は仁がエンジェルのネックレスを着けた所を想像して思わずクスッと笑った。
「お、笑ったな」
「あ、いえ……想像したらおかしくて」
「だったら素直に受け取りたまえ」
「はい…ありがとうございます。メル友記念、大切にします」
「うん、それでよろしい」
二人は声を出して笑い合う。
そこで今度は綾子がプレゼントを取り出して仁の前に置く。
生成りの包装紙に白いリボンがかけられた包みを見て仁が不思議そうな顔をする。
「メル友記念と色々励ましていただいたお礼です。手作り品なのでお恥ずかしいのですが」
「え? 俺に?」
「はい。時間がなくて急いで作ったのであまり綺麗に仕上がりませんでしたが」
「開けてもいい?」
「もちろん」
綾子はニッコリ微笑む。
予想もしていない事態に仁はかなり驚いていたがすぐにリボンを解いて包みを開ける。すると中からはナチュラルブラウンのフレームに入った刺繍が出て来た。
刺繍は秋を感じさせる落ち着いた色合いの樹木の絵柄だった。赤や黄の葉が折り重なる様子がとても美しい。
木の根元には落ち葉が積もっている。それを見て仁は思い出した。これと同じ風景をあの日写真に撮った事を。
「これはあの時の風景だね?」
「そうです。偶然ですがデザインが似ていたのでそれにしました」
「そっかーなんか嬉しいなー。これはいわゆる君と俺との歴史の一コマなんだよなー」
(『君と俺との歴史の一コマ』…素敵な言葉……)
さすが作家だ。なんでもない会話にさりげない素敵なフレーズが含まれているので綾子は小さな感動を覚えていた。
「あ、お部屋に合わなければ無理して飾らないで下さいね」
「いや、うちの部屋に合う合う。俺の家って天然木の家具が多くて山小屋みたいだから絶対合うよ」
「あ、たしか登山もされるんでしたよね?」
「そう、ナチュラルな雰囲気が好きなんだよなー」
「それなら良かったです」
「ありがとう。仕事机の前の壁に飾らせてもらうよ」
「はい……」
気に入ってもらえたので綾子はホッとする。
デザートを食べ終えると二人は店を出た。仁がご馳走してくれたので綾子はお礼を言う。
「じゃあちょっとカフェに移動しようか。ここから15分くらいかなー? 少し外れの方に夜0時までやってるカフェがあるんだ、そこでいい?」
「あ、はい」
綾子は最近旧軽銀座や駅周辺のカフェに行くようになっていた。
いつもは明るいうちに行くので夜遅くまでやっているカフェが郊外にあると知り驚く。
この町に住んでいる綾子よりも仁の方がこの辺りには詳しそうだ。
「じゃあ乗って下さい」
仁が助手席のドアを開けてくれたので綾子は車高の高い車の助手席に乗り込む。ドアは仁が閉めてくれた。
それから二人の乗った車は郊外のカフェを目指した。
「これが噂のjeepですね」
「ハハッ、そうだよ」
「ローンで買ったっていうのは嘘ですよね?」
「嘘でしたー」
そこで二人は同時に笑う。
「前にお会いした時は車が違ったような?」
「ああ、あれは国産車の方だね」
「2台お持ちなのですか?」
「うん。あっちはまだ買ったばかりなんだ」
「そうなんですね」
やはり車は両方とも仁のものだった。綾子の推理は当たっていた。
元夫の松崎もかなりの高収入だったがベストセラー作家でもある仁はさらにそれの上をいくのだろう。
林の中の道を快適なドライブは続く。
外はだいぶ冷え込んでいたが車内は暖房が入っているのでとても快適だ。
いつもよく通っている道なのに助手席にいると景色が違って見えるから不思議だ。
その時仁がカーラジオをつけた。つけた瞬間『依子さんのディープな恋』の主題歌が流れ始める。
「あっ、これ」
「随分とタイミングがいいな」
「そういえば次のドラマの主題歌ってもう決まったのですか?」
「うん、今一応候補に上がってるのが『solid earth』の『天使が舞い降りる夜』なんだ。おそらくそれで決まりそうだな」
「本当ですか? 私あの曲大好きです」
「いい曲だよね。ボーカルの沢田海斗が息子が生まれた時に作った曲なんだってね」
「はい、とても優しい曲なので大好きです」
綾子は自分が好きな曲が主題歌になると知り嬉しかった。
やがて車は林の間の小道を右折し50メートル程進む。その突き当りにカフェはあった。
「こんな所にカフェがあったんですね」
「うん、隠れ家っぽくていいだろう?」
駐車場に車を停めると二人は車を降りた。
綾子が車から降りる際、仁は素早く助手席側に回り綾子に手を差し伸べる。
綾子はその手につかまり車高の高い車から降りた。
(紳士だわ……)
手慣れた様子の仁のエスコートぶりを見て綾子は感動する。
カフェは森に囲まれていた。白い漆喰壁で出来た可愛らしい建物はまるで絵本の中に出てきそうな雰囲気だ。
ライトアップされた店はぼんやりと夜の暗闇に浮かび上がり幻想的だ。
店の前にあるシンボルツリーには白と青の上品なイルミネーションが光っていた。
仁がドアを開けて中へ入ったので綾子も続く。
「いらっしゃいませ、あ、仁さんじゃないっすかー!」
「どうもー」
「お久しぶりです。今年のお正月以来ですか?」
「だね。ちょっと間が空いちゃったな。元気にしてた?」
「はい、絶好調です」
「あれ? 奥さんは?」
「嫁は今妊娠中でして」
「そっかー、ヒロもいよいよオヤジかー」
「はい」
「良かったな―おめでとう! 奥さんの身体大事にしろよ」
「はい、ありがとうございます。あ、奥のお席にどうぞ」
「サンキュー」
二人が窓際の席に着くとヒロがお冷を持って来て言った。
「それにしても仁さんが誰かを連れて来るなんて珍しいですね」
ヒロは綾子にニッコリ笑って言った。
「うん、綾子ちゃんだ、よろしくなー」
「どうも、店長のヒロです」
「初めまして、内野です」
「仁さんいつの間にこんな美しいカノジョさんが?」
「え、あ……」
綾子が違うと言おうとすると遮るように仁が言った。
「美人だろー? もうゾッコンでさー参っちゃうよなー」
「ハハハ、参ってどうするんっすか。仁さんにもやっと春が来ましたね」
「だなー」
「ご注文は何にしますか?」
「ん-、パフェを2つとコーヒーを2つ。あ、綾子ちゃん飲み物はコーヒーでいい?」
「あ……はい」
勝手にパフェも頼まれてしまったので綾子は戸惑う。
「ここのパフェは一度食べた方がいいから今日は無理やりでも食わすぞー」
と仁が言ったので綾子は苦笑いをして了承する。
「パフェ二つにブレンド二つですね。少しお待ち下さい」
ヒロがニッコリ微笑んで厨房に戻ろうとすると仁が付け加える。
「あ、パフェはもうちょっと後にして。先にちょっと用事があるんだ」
「承知です。OKになったら声かけて下さい」
「うん、わかった」
ヒロはカウンターの奥へ戻って行った。
そこで綾子が聞いた。
「仁さんもパフェを食べるんですか?」
「うん、たまに食べたくなるんだよ。書くと頭使うだろー? だからかな? 脳が甘いものを欲するんだろうなー」
「有名作家さんがまさかパフェ好きだとは知りませんでした」
綾子はクスクスと笑い出す。
そこで仁が言った。
「夜のパフェっていうのもなかなか刹那的ではあるな。こう、なんというか一時的な享楽とでも言うのかなぁ?」
「きょうらく?」
「そう享楽。享楽ってーのは快楽にふけって楽しむ事よー」
「あ……さすが作家の先生」
「だからその『先生』はやめろって」
そこでまた綾子はクスクスと笑った。
「そんな事より、アレを読んでもらわなくちゃな」
「はい」
仁はバッグからドラマの概要が入ったクリアファイルを取り出すと綾子に渡した。
「ドラマの内容をざっと要約して書いてあるから読んでみて」
「わかりました」
「俺はしばらくあっちにいるからゆっくり集中して読んで」
「はい」
仁がカウンターへ向かうと綾子は早速原稿を読み始めた。
コメント
18件
すごく自然で、とってもイイ感じのお二人✨ 紳士的でスマートなエスコート、優しくて気配りのある仁さんは やはり素敵~💓 さりげなく 彼女にエンジェルのネックレスを付けてあげたり、 プレゼントの刺繍フレームをとても喜び🍂🍁✨ 「君と僕との歴史の一コマ」なんて言われたら.... 綾子さんもきっと彼を好きになっちゃう⁉️💓キャアー( 〃▽〃) 最初から彼女のことは「綾子ちゃん」呼び、 自分のことも名前呼びさせ😁 カフェでも店長に、まるで「彼女」のように綾子ちゃんを紹介、 溺愛を隠さない仁さん🤭💕 紳士的だけれど 彼女をおとす気満々💘、グイグイ攻めてますね~💖🤭 今後の二人の恋の進展に 期待したいです👩❤️👨💕 海斗さん率いる「solid earth」の曲がドラマ主題歌候補になっているのも嬉しい~🎶 ワクワクo(^o^)o ストーリー、内容を読んだ綾子さんの反応も 気になります👼✨ドキドキ....
仁さん、綾子さんがドラマの内容読んでる間、きっとドキドキだよね❣️私もドキドキだよー💓😳そしてドラマの主題歌って大事!!その曲を聴いただけでイメージが広がっていくから✨…あっ!!月遊び🌕✨読んでこなきゃ💦💨💨💨
仁さんから理人君へのプレゼントを見ながらあの男はただ自分の欲望の為にだけで綾子さんを抱き生まれた理人君にすら父親として接せず綾子さんは何を良しとしてあの男との結婚生活を送っていたのだろうかと思うとホント切なすぎる。仁さんのその温かい大きな(たぶん)懐で綾子さんを受け止めて幸せにしてあげて欲しいと思った。