綾子は集中して原稿を読んだ。
少し憂鬱に思っていた交通事故のシーンは詳細には描かれていなかったのでホッとする。
理人をモデルにした子供も『美亜』という女児に替えられていたので安堵した。
(色々気を遣ってくれたのかな?)
主人公の女性『透子』が離婚後軽井沢へ移り住む設定は綾子と同じだった。
そして綾子の工場は『缶詰工場』に変えられている。
主人公の『潤』と『透子』がメールフレンド募集のサイトで知り合うシーンは仁と綾子の出会いそのままだった。
ハンドルネームも『God』と『エンジェル』をそのまま使っていた。
更に読み進めていくと道の駅でのシーン、そして仁が綾子に送った公園の写真のシーンもリアルに再現されていた。
読みながらまるで自分自身の体験を振り返っているような気になる。
(これが映像になってリアルに再現されるなんて不思議…でも楽しみかも)
そう思いながら綾子は更に読み進める。
物語は途中不穏な空気が漂い始める。
『透子』の元夫『健斗』は離婚後事件を起こす。
その事件とは映画監督の『健斗』がその立場を利用して女優達を次々薬漬けにしてレイプするというショッキングなものだった。
原作内では『健斗』は違法薬物を常習者であると描かれていた。
そこで綾子はハッとする。
結婚していた当時綾子が隼人のスーツをクリーニングに出そうとした際ポケットの中に見た事のない薬を発見した事がある。
家には置いていない薬だったので当時綾子は不思議に思った。
その薬には毒々しい色がついていたので綾子は隼人が浮気の際に使う精力剤か何かだと思っていた。
しかし今になってみればあれは違法薬物ではなかったのか? 綾子はそんな風に思えてきた。
そこで原稿を読むのが止まっていた自分に気付き綾子は慌てて続きに目を通した。
このドラマの面白い所は『潤』と『透子』、そして『健斗』と浮気相手の『ゆりか』の二組のカップル両方に焦点を当てていた。二部構成で成り立っていると言ってもいいかもしれない。
つまり主役は男女二人ずついるような感じだ。
もちろんメインの主役は『潤』と『透子』だが途中だけ二組のカップルが同時進行で物語を作っていく。
その構成はまさに『陰と陽』『光と影』『善と悪』そんなイメージがぴったりかもしれない。
その後『健斗』の悪行は業界内に徐々に広まり中には被害届を出す女優も出てくる。
そして後に『健斗』は逮捕される。
それを機に『健斗』が交通事故を起こした際助手席に『ゆりか』が乗っていたことが発覚してしまう。
当時二人の情報を掴み記事にしたのに揉み消された記者が執念のリベンジで再度二人を取り上げる。
それにより『ゆりか』は女優声明を断たれる事となりその後AV女優へ転落していった。
一方もう一組のカップルには光が差していた。
『透子』はメル友の『God』が作家の『潤』と同一人物かもしれないと思い始めていた。
そんな中二人はクリスマスイブに対面を果たす。そこから物語は真のラブストーリーへと進んでいく。
仁が描く恋愛ドラマはとても深く優しく優しい描写に溢れている。
それはドラマのままでは勿体ないと思うほどの感動的な描写に溢れていた。
映画にした方がいいのではと思えるほどのストーリーだった。
(凄いわ……)
今まで神楽坂仁の小説を全て読んできた綾子だったが、この原作を読んで神楽坂仁の新たな一面を発見したような気がする。
それほどその恋愛模様は繊細で切ない描写に溢れていた。
気付くと感動のあまり綾子の頬には一筋の涙が伝っていた。
(やっぱり神楽坂仁って凄い作家だったんだわ……)
そして最後のクライマックスに目を通す。
『潤』と『透子』はクリスマスイブの日に結ばれる。そして『潤』は『透子』にプロポーズをした。
『透子』は感動の涙を流しながらYesと答える。
最後のシーンは二人が軽井沢の教会で結婚式を挙げるシーンだった。
その時『透子』のお腹はほんの少しふっくらとしていた。
そこで物語は終わっていた。
全てを読み終えた綾子はフーッと息を吐く。
正直自分をモデルにした原作を読んだら当時の辛い思いが蒸し返されるのではと少し不安だった。
しかしそんな心配は全く無用だった。
不安なんかよりもむしろ清々しい気持ちになっている自分に気付く。
ドラマ原作は仁が言った通り『復讐物』ではなく見事な『純愛物』に仕上がっていた。
彼がこれまでに書いてきた小説は読者に生きる力と勇気を与えてくれた。しかしそれはドラマも一緒だったのだ。
このドラマの本質には気軽な遊び感覚でしたつもりの不倫が人を壊し家庭を破壊し命までも奪うという事が描かれている。
そして人間としてまっとうに生きる為には何が大切なのかを見る者に問いかけていた。
ただの不倫+純愛ドラマというだけでなくヒューマンドラマとしての要素も含まれている。
(このドラマを観て愚かな行為をする人が少しでも減ればいいのに……)
切にそう願う。
綾子は紙の束をトントンと揃えるとクリップで一纏めにする。
そしてカウンターの方を振り返り仁に言った。
「仁さん、終わりました」
その時カウンターでヒロと話し込んでいた仁が振り返り綾子の所へ戻って来た。
そして椅子に座ると同時に聞く。
「どうだった?」
「素晴らしかったです! 絶対ヒットしますよこのドラマ!」
「おーありがとう。嬉しいけどなんかテレビ局の人みたいな感想だなー」
仁が笑ったので綾子はハッとして頬を染める。
「すみません、なんか鼻息が荒くなってしまいました」
「冗談だよ。でもそう言ってもらえて嬉しいよ。で、大丈夫かな? これが放映されても君は大丈夫そう?」
「大丈夫です。むしろ大々的に放映して真実が明るみになればいいなって思いました」
「そっか。ただ真実が明るみに出ると君にも迷惑がかかるかもしれない。もしかしたらマスコミが押し掛ける事だってあるかもしれないよ」
「大丈夫です。受けて立ちます」
綾子は仁の目をしっかり見据えて答えた。そして続ける。
「理人の……理人の敵を取りたいんです。私はあの人達に制裁を加えたいんです……だから覚悟は出来ています」
仁は綾子の澄んだ瞳を見てそれが彼女の本心だという事がわかった。
しかし念には念を入れて更に聞く。
「松崎はもしかしたら違法薬物に関わっているかもしれない。そうなると最悪警察が君に話を聞きに来るだろう。それでも大丈夫? その覚悟も出来てる?」
「もちろんです。もし協力を求められたら喜んで協力させていただきます。だって私は何も悪い事をしていませんから」
「そっか、わかった。じゃあこれで進めさせてもらうよ、ありがとう。ご協力には感謝します」
「こちらこそありがとうございます。よろしくお願いします」
仁にお辞儀をした綾子が顔を上げた時、綾子の瞳は強い意志と自信に満ち溢れていた。
その顔を見た仁はこんな風に思った。
(母親の愛は強いな……)
息子を思う母の愛を少しも無駄にはしないようにと仁は改めて気を引き締めた。
その後仁は原稿をバッグにしまうとカウンターに向かって叫ぶ。
「ヒロ、パフェ2つよろしくー」
「承知しましたー」
「長い文章を一気に読んだから疲れただろう? あとはパフェでリラックスタイムだ」
「わ、嬉しいです」
綾子はニコニコと微笑んでいる。
今日の綾子はフワッとした白いセーターにブラウン系のロングフレアースカートを履いている。
スラリとした綾子にはよく似合っていた。
彼女はジーンズ姿も似合うがエレガントなスタイルは更に似合う。
(綾子を連れてパーティーに行けばつまらねぇパーティーも楽しくなりそうだな)
仁はそう考え笑みを浮かべる。
その時綾子の胸元で揺れる天使のダイヤモンドがキラリと光った。
(プレゼントして良かったな、すごくよく似合ってる)
仁は満足そうに微笑んだ後考える。
(さーて、こっからどう攻めりゃーいいんだ?)
その時綾子が仁に聞いた。
「そう言えば原作の中で『潤』が3人の女性にメールを送ったってありましたがあれは?」
綾子が率直に質問してきたので仁は焦る。
「あ、う、うん……そうそうあれはフィクションフィクション!」
あまりの仁の慌てぶりに綾子はクスッと笑って言った。
「正直に白状しちゃいましょう」
すると仁は観念したように言った。
「まードラマの中のやりとりはまんまです。ハンドルネームはもちろん変えたけどね」
「へぇ、じゃあ丸の内の秘書さんとか年収を聞かれたっていうのも本当なんですね?」
「そう、いや参ったよ。丸の内の秘書さんの方は結構気が強そうな人でさぁ。最後はブロックされたのも本当だし」
「フフフ、それは災難でしたね。でも私も結構気が強いのでご注意を」
「マジか? じゃー綾子ちゃんを怒らせないようにしないとなー」
「でも今日は大丈夫かもしれません。だってこのパフェ美味し過ぎてほっぺたが落ちそうですから」
「ハハハ、食べ物で操れるならお安い御用だ。ところでさ、俺は明日の午後東京に帰るんだけど昼はあの蕎麦屋に一緒に行かないか?」
「道の駅の?」
「うん、蕎麦食って帰ろうかなと。本当はまだこっちにいたいんだけどどうしても東京での仕事が入っているからさー」
「いいですよ。何時に待ち合せますか?」
「俺が迎えに行くよ」
「え? でも道の駅からそのまま帰った方が早くないですか?」
「いやいや、やっぱりデートでは女性をエスコートしないとね」
「フフッ、仁さんって昭和っぽいですね」
「よく言われるよ」
そこで仁がおかわりしたコーヒーを飲む。
「それからさー、クリスマスの事なんだけどクリスマスは俺もこっちで過ごそうかなって思っててさぁ」
「そうなんですか?」
「うん。去年もクリスマスから正月明けまでこっちにいたんだ。静かだから執筆が捗るんだよ。で、今年もこっちで過ごそうかなって」
「はい」
「でさ、綾子ちゃんクリスマスの予定は?」
「特には……」
「叔母さんや家族が来るとかはないの?」
「はい」
「じゃあ決まりだな。クリスマスは俺と一緒に過ごしなさい」
綾子は驚いて口をポカンと開けている。
「駄目とは言わせねーぜ」
仁がふざけた言い方をしたので思わず綾子が吹き出す。
「フフフ、仁さんって面白いですね」
「そりゃーそうさー俺といると楽しいよー。ま、そういう事で綾子ちゃんのクリスマスは俺と一緒ね」
「わかりました。でもクリスマスってイブですか? それとも25日?」
「両方」
「…………」
「駄目?」
「駄目じゃないですけど私なんかと二日も過ごしたら仁さんのお時間が勿体ないですよ?」
「勿体なくなくないよ」
「それ勿体ないの意味になってますよ」
「うーん、じゃあ勿体なくなくなくないだな」
「フフッ」
「じゃ、そういう事でよろしく」
「わかりました。楽しみにしています」
綾子は平然と答えたが内心はかなりドキドキしていた。
まさかクリスマスを有名作家と過ごす事になるとは思ってもいなかったからだ。
しかし今はあれこれ考えるのはやめようと思った。そうでもしないと今に集中出来ないからだ。
そしてその後も綾子は仁との楽しい会話を続けた。
2杯目のコーヒーを飲み終えた二人は店主のヒロに挨拶をして午後10時半過ぎにカフェを出た。
外に出ると冷え込みは強まっている。
綾子の家までは10分ほどで着いた。
綾子が車を下りようとすると仁が運転席から降りて来て助手席側まで回る。
そして手を差し出した。
綾子は恐縮しながらその手を取ると、
「一人で大丈夫ですよ、私結構お転婆なので」
「そうはいかないだろう、大切なレディーだ」
「フフッ、また昭和っぽい」
「しょうがないだろう、俺は昭和生まれなんだからさー」
「あ、開き直ってる」
綾子はクスクス笑いながら車を降りた。
「今日はご馳走様でした。素敵なプレゼントもありがとうございました」
「こちらこそありがとう。じゃ、明日はそうだなぁ11時頃迎えに来るよ」
「はい」
「じゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
仁は車に戻ると綾子に手を挙げてから走り去って行った。
綾子は仁の車が見えなくなるまで手を振って見送った。
コメント
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仁さぁ〜ん❣️もう、この後の綾子さんとの予定をドラマの原作で決めちゃってるし💖😆👍こうなったら脚本家の北山ちゃんに思い切りロマンチック💕な演出をお願いしちゃってくださぁ〜い💓😆👍
「駄目とは言わせねーぜ」 ....なんて、ちょっと強引で俺様っぽい素振りをしたり、 おどけたりしているけれど 本当は 綾子さんにゾッコンで 傷ついた綾子さんを何よりも 誰よりも気遣っている仁さん....✨ 彼は 焦って綾子さんが嫌がること等は 絶対にしないだろうし、 クリスマスイブに向けて、 じっくり優しく彼女に愛を伝えていくのでしょうね....🥺💖キャアー( 〃▽〃)ウットリ♡ 何となく 現在こちらで更新中の「恋愛小説家の恋」に登場する健吾さんを思わせるような 一途で優しくて カッコ良いヒーロー 仁さん、今後の更なる活躍が楽しみです✨
↓酷い誤字脱字だらけですみません。(。>ㅅ<。)՞՞ ❌ もうそう爆睡中です ⭕️妄想爆速中です 以外最新の注意を払います。