テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#普通
野々さくら
543
805
44
ありあ
159
しかし次の瞬間だった。
日本列島を包み込んでいた眩い光は、まるで最初から存在しなかったかのように静かに消え去る。
空を覆っていた神々しい輝きも失われ、夜空は元の静けさを取り戻していた。
吹き抜ける風だけが、そこに流れる沈黙を揺らす。
坪野は呆然と空を見上げた。
「な、なんだ!?」
理解が追いつかない。
今確かに、創世の神は坪野に応えたはずだった。
「何が・・一体何が起こったんだ!?」
信愛も困惑した表情で辺りを見回す。
「え!?な、なんで!?」
坪野は震える声で叫んだ。
「イザナミは!?イザナギは!?
修理固成はどうなった!?」
その時だった。
静かに目を開いた銚子が、穏やかな笑みを浮かべる。
「どうやら未遂に終わったようね・・・」
坪野は息を呑む。
「なぜだ!?」
銚子は静かに坪野を見つめ返した。
「白縫銚子!貴様には胎内回帰の
願望がある筈じゃないのか!?」
銚子は首を傾げる。
「私に胎内回帰の願望が?」
少しだけ考えるように目を伏せると、小さく息を吐いた。
「それはつまり、あなた流に言うなら
私には自殺願望がある、そう言いたいの?」
坪野は力強く頷いた。
「ああ・・間違いなく96年当時の
貴様には 胎内回帰の願望があった筈だ!」
その言葉には確信があった。
銚子の過去を、自分は誰よりも理解している。
そう信じて疑わなかった。
坪野は続ける。
「我々の圧力に屈したメディアによって貴様は
インチキ霊媒師の烙印と共に迫害され
味方など誰一人居ない!そんな状況だった筈だ!」
銚子は静かに頷く。
「確かにそうね・・・」
遠い記憶を辿るように目を細めた。
「あの頃の私だったら
自殺願望があったかもしれないわね」
誰も信じられなかった。自分以外は敵。
当時の銚子は間違いなくそう感じていた。
「全員敵・・腹の中では皆、私の事を
インチキだと嘲笑っているに違いない
そう思っていたから・・・」
坪野は一歩踏み出す。
「ならばなぜ・・・」
その問いに、銚子優しく微笑んだ。
「でも私には味方が居た・・・」
坪野の眉が大きく動く。
「味方だと!?」
銚子はどこか懐かしそうに目を細める。
「私の夫よ・・・」「貴様の夫だと!?」
坪野に驚きの表情が浮かぶ。
「まさか・・・白縫多摩雄か!?」
銚子は穏やかに頷いた。
「ええ、そうよ・・・」
あの日々を思い返すように言葉を紡ぐ。
「憔悴していた私に、夫は寄り添ってくれた
インチキだと周りが心無い言葉を私に投げかける中
ただ一人・・私の心の拠り所で居てくれた・・・」
坪野は何も言えなかった。
しかし銚子は続ける。
「それに今だって・・・」
信愛へ優しく視線を向ける。
「愛する夫と、愛娘と共に歩む人生」
その笑顔には一点の曇りもない。
「自殺願望なんてあるわけがない!」
坪野の顔色が変わる。
「ま、まさか・・・」
その瞬間、長年積み上げてきた確信が音を立てて崩れ始めた。
「ならば・・私の計画は・・・」
震える声で呟く。
「30年以上も前から、すでに
破綻していたとでも言うのか・・・」
銚子は静かに首を振った。
「あなたは誰の力も借りず、自分一人で
生きて来た・・・そう言ったわね?」
坪野は睨み返す。
「だったらどうした!?」
銚子は穏やかな声で続けた。
「誰の力も借りずに生きる。それは
とても辛い孤独な人生だったかもしれない」
一呼吸置く。
「けどそれは同時に──」
その瞳が真っ直ぐ坪野を射抜く。
「助けを求めれば助けてくれていた筈の人の手を
無意識に拒絶し続けた人生とも言えるわ」
坪野は目を見開いた。
「なんだと!?」
銚子は静かに頷く。
「確かにあなたのような経験を
した事がある人は決して多くはない
あんな経験をすれば、人を信じられず
修理固成を成し遂げようとした事にも納得できる」
その言葉は責めるためではない。
理解しようとする言葉だった。
「理想論と、人は鼻で笑うかもしれないけど」
銚子は優しく微笑む。
「人というのはね?この自分を
心の底から信じてくれる人が
ひとり居るだけで変われるものなの」
坪野は俯いたまま動かない。
銚子は静かに言葉を続けようとした。
「あなたにだって──」
その時だった。
「ふざけるな!」
怒号が響く。
銚子の言葉を遮るように、一人男が拳銃を突きつける。
その目は狂信に染まり切っていた。
「我々には・・この天縁教団しかない
坪野康仙様こそ我々にとっての救世主」
拳銃を握る手が震える。
「貴様らを──」
だが、その言葉を坪野が静かに遮った。
「よしなさい・・・」
男は戸惑う。
「教祖様・・・ぐすっ」
坪野は小さく首を振る。
「君たちが手を汚す必要などありません」
「ですが・・・このままでは教祖様の悲願は・・・」
坪野は寂しげに微笑んだ。
「我々の悲願は、すでに破綻していたんですよ」
男は言葉を失う。
「教祖様・・・ぐすっ」
嗚咽だけが夜の静寂に響く。
坪野は空を見上げ、小さく呟いた。
「そうか・・・」
そして、自嘲するように笑った。
「私は、人の助けを拒絶していただけだったのか」
坪野はゆっくりと頭を下げた。
「申し訳ありませんでしたね・・・」
その声には、先ほどまでの威圧感はもうなかった。
ただ、一人の老人としての後悔だけが滲んでいる。
静かに顔を上げると、信愛たちを見渡した。
「君らに出会った時には、すでに計画は頓挫していた」
その事実を噛み締めるように、苦く笑う。
「それなのに私は、それに気づいていなかった・・」
自嘲するように目を閉じる。
「それどころか、更には君らを巻き込み
限りある貴重な時間を奪ってしまった」
深く息を吐き、再び頭を垂れた。
「申し訳ありません・・・」
その謝罪に、男たちは慌てて首を振る。
「謝らないでください!」
一人の男が前へ出た。
瞳には涙が浮かんでいる。
「業務上横領という身に覚えのない罪を
擦りつけられ、人生に絶望していた私に
教祖様は道を示して下さいました」
別の男も静かに口を開く。
「私もです、教祖様」
拳を握り締めながら、震える声で続けた。
「私は家庭内暴力の冤罪に苦しみ
人生や、自分の命さえも諦めていました」
その男は坪野を真っ直ぐ見つめる。
「ですが教祖様に出会い、私の人生に光が満ちた」
その言葉に、坪野は目を潤ませた。
「ありがとうございます」
静かに、しかし心からの感謝を口にする。
「君らは私が心の底から
信用する事が出来た数少ない人間ですよ」
一人ひとりの顔を見つめながら微笑んだ。
「本当にありがとう・・・」
男たちは言葉を失う。
ただ、教祖を見つめることしかできなかった。
「教祖様・・・」
誰かが小さく呟く。
その一言には、崇拝ではなく、純粋な敬愛と寂しさが込められていた。
コメント
1件
LastFile後編−タルタロスの泪− 34 読み終えたよ〜!😭✨ 300話おめでとう! 光が消えて計画が破綻した瞬間から、坪野さんの心の変化が丁寧に描かれてて感動した…「人の助けを拒絶してただけだった」って気づくシーン、涙腺崩壊したよ。最後の信者たちの言葉も温かくて、坪野さんに少しでも救いがあって本当によかった…次回も楽しみにしてるね!🌸