テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
その夜から、紫野は国雄の部屋で生活をすることになった。
入浴を済ませた紫野は、必要最低限の荷物を手に、国雄の部屋を訪れる。
覚悟はしていたつもりだったが、実際にその時が訪れると、どうしても心が揺れる。
ドキドキと高鳴る鼓動を抑えながら扉をノックをすると、すぐに扉が開き国雄が優しい笑顔で迎えてくれた。
「どうぞ、入って」
「お邪魔します」
「必要なものは持ってきた?」
「はい」
国雄は紫野が抱えていた荷物を受け取った。
「君の部屋は近々改装する予定なんだ。中に扉を作って、この部屋と行き来できるようにするらしい。それまでは、少し狭いけれどこの部屋で我慢してくれるかな?」
「はい」
長男の嫁を迎えるにあたり、若い夫婦が生活しやすいよう国雄の両親が部屋を改装してくれるらしい。紫野は、その気持ちが嬉しかった。
紫野の私物を収納できるよう国雄がたんすの引き出しをいくつか空けてくれていたので、彼女はひとつずつしまっていく。
その荷物の中に、ドロップの缶があることに気付いた国雄は、缶を手に取って紫野に尋ねた。
「これは?」
「あ……それは、あの日、国雄様からいいただいたドロップの缶です」
「懐かしいな……大事に持っていてくれたんだ」
「はい。綺麗に洗って、今は趣味で集めたボタンを入れています」
紫野の答えを聞いた国雄は、蓋を開けて缶を傾けてみる。すると、手のひらの上にいくつものボタンがこぼれ落ちた。
「本当だ、ちょうどいいね」
「はい」
紫野は、少しはにかんだように微笑む。その笑顔は、幼い頃の彼女の面影と重なった。
国雄は缶をテーブルの上に戻すと、静かに紫野に近付いた。そして彼女の肩に手を添えると、真っ直ぐな眼差しで彼女の瞳を覗き込んだ。
「今夜、本当にいいんだね?」
「はい……ご迷惑でなければ……」
「迷惑なわけないだろう。僕は、この瞬間をずっと望んでいたんだ……」
「国雄様……」
国雄は紫野を愛おし気に見つめると、ゆっくりと彼女に唇を重ねた。その優しい口づけに、紫野の心はたちまち満たされ、身体が熱を帯びていくのを感じた。
国雄は一度唇を離し、再び彼女に問いかけた。
「怖くない?」
「ほんの少し……」
「大丈夫だよ……僕を信頼して……」
「…………」
国雄の真っ直ぐな瞳に圧倒された紫野は、恥ずかしさに耐えきれず目を反らした。その瞬間、彼女の身体がふわりと浮いた。
国雄は軽々と彼女を抱き上げるとベッドへ向かった。紫野の心臓の鼓動は、ますます速まる。
そこからは、二人だけの甘く濃密な時間が過ぎていった。
男性に対し恐怖心を抱いていた紫野を思い遣りながら、国雄はゆっくりと優しく恋の手ほどきをしてくれた。
緊張で身を固くしていた紫野だったが、彼の熱心な愛の奉仕により徐々に身体を開いていく。
紫野は、男性に愛されることが、こんなにも素晴らしいものだと知らなかった。
国雄の動きに素直に反応する紫野を見て、彼は嬉しそうに微笑んでいる。やがて二人は、絶頂へと上りつめていった。
二人の感度が最高潮に達した時、国雄は紫野をきつく抱き締めながら耳元でこう囁いた。
「紫野、愛してるよ……君を一生大切にするから……」
「は…い……国雄様……ああっ……」
国雄のすべてを受け入れながら、紫野は恍惚とした表情を浮かべていた。
初めて感じる鋭い感覚に戸惑いつつ、彼女の脳裏にはあの懐かしい光景がぼんやりと浮かんでいた。
それは、茜色に染まる棚田で、幼い紫野がまだ青年だった頃の国雄と共に、美しい夕焼けを眺めている場面だった。
(初恋の人と、やっとひとつになれたのね……)
感極まりながら、紫野は最後の悦びの声を上げていた。
茜さすあの丘で出逢った二人は、今、ようやく一つに結ばれた。
冷え込む夜の駅に、コートを着込んだ男性が佇んでいた。男は進だった。
彼は、最終列車の到着を待ちながら夜空を見上げていた。今夜は雪雲のせいで星は見えない。
汽笛が鳴り響き、列車が駅に滑り込んできた。それに気付いた進は、背筋を伸ばし足早に改札口へ向かった。
最終列車から降りた人々が一斉に改札へ向かう中、進の視線がある一人の女性に吸い寄せられる。
田舎の駅には似つかわしくない派手な化粧と身なりの女性。
彼女は、進の姿を見た瞬間、一瞬動きを止めた。
そこで、二人の視線が絡み合う。
次の瞬間、ハイヒールの音がカツカツと鳴り響き、女性が進に向かって走り始めた。走る振動で、彼女が胸に着けていたブローチがキラキラと輝く。
進は彼女を受けとめようと、両手を大きく広げた。その腕の中に、女性がものすごい勢いで飛び込んできた。
そして二人は強く抱き合った。
女性は進の肩に顔を埋めながら、こう囁いた。
「まったく……こんな田舎だなんて、聞いていないわ!」
その言葉に、進は可笑しそうに笑いながら答えた。
「じゃあ、東京へ戻る?」
「はぁっ? 何言ってんのよ! あなたが電報を送ってきたんでしょ!『今すぐお前に会いたい』って!」
女性は睨むような表情を見せたが、その瞳には愛が満ち溢れていた。
「お前に会いたかったのは本当だ」
「どういう風の吹き回し? あんなに『俺は特定の女は持たない主義だ』なんて、小説家気取りで言ってたくせに!」
「あれは本心じゃない」
「本当に困ったさんね。天邪鬼なあなたに付き合える女なんて、そうそういないわ」
「分かってる。だからお前を呼んだんだ」
「本当に? 実は、何人もの女性に同時に送ったんじゃない?」
「いや、お前だけだよ。嫁は一人しか選べないからな」
その言葉に女性はハッと息をのみ、瞳を潤ませる。
「私をお嫁さんにしてくれるの?」
「ああ」
「本当に?」
「本当だ」
「でも私、ちゃんとプロポーズされてないわ」
「そんなの、言葉にしなくても分かるだろう? 俺とお前の仲なんだから」
「駄目よ! 女はね、ちゃんと言ってほしい生き物なの! だから『言わなくても分かるだろう』なんて甘えないで!」
「本当に、お前は手のかかる女だな……。じゃあ、今から言うからちゃんと聞けよ」
進はそう言って、深く息を吸い込むと真剣な眼差しで言った。
「ユキ、俺と結婚してくれ!」
進のプロポーズを聞いたユキの瞳には、みるみる涙が溢れる。やがて、その涙は頬を伝って流れ落ちていく。
彼女は慌てて涙を拭うと、笑顔でこう答えた。
「もちろんよ、ダーリン!」
進は安堵の笑みを浮かべながらポケットからダイヤの指輪を取り出し、ユキの左手の薬指にはめた。
突然の婚約指輪に驚いたユキは、戸惑いながらも溢れる涙を止められなかった。
「気に入らないか?」
「ううん、素敵よ! 気に入ったわ!」
「それなら良かった」
「ありがとう、進!」
ユキはヒールを履いたまま思い切り背伸びをし、進の頬に両手を添えると唇を重ねた。
進はユキの華奢な背中に手を回し、彼女をしっかりと抱き寄せながら熱い口づけを返した。
駅舎の外では、街灯に照らされた小雪がチラチラと舞い降り、まるで二人の婚約を祝福しているかのようだった。
コメント
23件
進とユキなんて、まるであのあの、、、もしやマリコさん!と思っているのは私だけですかね。私の中で進とユキは永遠のカップルです。
ついに結ばれたね( ˘͈ ᵕ ˘͈♡) 男性恐怖症気味な紫野ちゃんを優しく導いてくれた国雄さんの愛が深い💕💕 幸せいっぱい紫野ちゃんの心の中には茜色の空が輝いてるね💕ふふふ進さんもお幸せに🤭
とうとう、やっと💕結ばれたー😻 紫野ちゃん&国雄さんおめでとう✨ 初恋が実る 素敵過ぎます🥰🥰 これからも2人で沢山の思い出を重ねていってください✨ そして、進さんもプロポーズ大成功🙆お幸せにーーー🥰